60 血染めの聖剣
管制室を制圧した後にヨーコとアグ、総理がHuMoを残してきた格納庫へと戻ってきた時には増援の傭兵たちの機体も数機ほど侵入してきていた。
「首尾は上々ってところかい?」
陣笠を被ったかのような特徴的なレドーム付きのミーティアを見てアグの表情も綻び、小さく跳びはねながらカトー機に向かって大きく手を振る。
「はいはい。無事で良かったけど、とっととHuMoの中に乗り込んじまいな!」
まるでせわしない子供を宥めるかのような口調ではあったがカトーの声は機外スピーカーを通しても分かるほどに喜びと安堵に満ちたものであった。
その声が一転、真剣なものになるとヨーコたちと共に要塞内へと突入していた総理へと向けられる。
「そっちの首尾は?」
「管制室は制圧済み。生き残りには停戦命令を出させた後で縛り上げてきたわい!!」
「うん」
ヨーコとアグが戻ってくるまでたった1人で管制室の司令部要員数十名を相手取っていた総理の戦闘能力をさも当たり前かのように適当な返事を返すカトー。
それに対して増援に駆けつけてきた傭兵たちは既に事態が収束に向かっている事で不平を言うが、それを無視してヨーコたちは自分たちの機体へと乗り込んでいく。
「そういや虎さんはいったい何だったんだ? 『ポッケに放射能除去キャンディーが入ってた』とか言ってどっか行っちゃったけど……」
「さあてのう。……案外、動画配信業の話かもしれんぞ?」
「かもなぁ……」
総理の竜波カスタムにヨーコのミラージュ・シンも片膝立ちの状態から起き上がり、格納庫に残る動かないHuMoは虎Dの王虎だけとなっていた。
管制室から敵味方それぞれ数千機のHuMoが入り混じっての大激戦ともなれば管制室から停戦命令が出されたとはいえ、戦闘が完全に終結するのにはしばらくの時間を有するであろうが、外のマサムネやクロムネのところにも増援が駆けつけていて戦力的に余裕はありそうだという話である。
一行は警戒しながら虎Dの帰還を待つ事になった。
だが、そんな中、格納庫内に警報音が鳴り響いてHuMo用エレベーターが起動し始めた事を知らせてくる。
そのエレベーターはヨーコたちが要塞内への侵入に使ったのとは別のもの。
位置的には外部へのものではなく、上階の格納庫から降りてくるもののようであった。
「なんだ……? 虎さんなら生身なんだし、HuMo用のエレベーターなんて使わないよな……」
エレベーターは彼らの考えがまとまるよりも前に到着し、両開きのスライドドアが開いて姿を現したのはたった1機の赤いHuMo。
「単機だと……?」
「おい。そこの赤いHuMoのパイロット、停戦命令が出ているのは知っているな?」
血に染まったかのような黒みがかった赤いHuMoがエレベーターから降りるのと同時に増援に駆けつけていた傭兵たちが前に出る。
「コイツ……、やる気か!?」
「ジジババガキンチョは下がってな、ここは俺らに任せてもらおうか!」
「要塞内に突入して何にも無しじゃ冷や飯ぐらいもいいとこだしな!」
「いや……、待て!! チィっ!!」
4機のHuMoを駆る傭兵たちは気心の知れた仲間同士であったのだろう。
3機の横隊の後ろに1機が控える陣形で赤いHuMoめがけて一気に距離を詰めていく。
ただ1人、仲間を制止する者もいたが陣形を崩す事を恐れてか、半ば条件反射のように仲間たちへと付いていった。
「速いッ!?」
「う、上だ!!」
「落ち着け!! 広いとはいえ所詮は格納庫の中、そんなに動き回れるものか!!」
「間違いない……」
急速に接近してくる4機小隊に対して赤いHuMoはミサイルを一斉発射。
その噴煙に紛れて一気に天井スレスレにまで飛び上がっていた。
傭兵たちはミサイルの相手をオートのCIWSに任せてライフルを天井の敵機めがけて乱射するものの、天井に脚部を擦らせて盛大に火花を散らしながらそこだけ重力が反転したかのように天井を駆け回る赤い機体に命中弾は無い。
「マズい……。総理さん、カトーさん、私たちも参加しよう!」
4本のライフルの火線にミサイルやらグレネード弾やらを回避し続ける赤い機体の動きに尋常ならざるものを感じたヨーコが声を上げた瞬間であった。
まず最初は傭兵小隊前列の中央にいたクーガー。
天井から爆発的な推力で駆け下りていた赤い機体はビーム・ソードの一閃でランク10の機体を斬り捨ててしまっていた。
「野郎ッ!! ホクトが!!」
「だが降りてきたのなら……、って!?」
「下がれ! ジジババと連携を取るぞ! 敵は『エクスカリバー』だ!!」
赤い機体にライフルを向けた別の1機が何かに足を取られて倒れる。
いつの間にかその脚部にはワイヤーが。
そのワイヤーの反対側は赤いHuMoの左手首へと繋がっていた。
「後退するぞ!!」
「畜生、ナンちゃんまで! 何なんだよ! そのエクスカリバーってのは……」
赤いHuMoは残る傭兵にヨーコたちを警戒して回避行動を取りながらライフルを連射。
その凄まじい運動性での機動のただ中であるのにも関わらずに砲弾は次々と倒れた機体に吸い寄せられていき、あっという間に撃破されてしまう。
「『血染めの聖剣』ことエクスカリバー。マンガ版だと主人公がホワイトナイト・ノーブルと協力して倒した奴だ。間違いない、アイツはサイエン・カタハだ!! ヒガシっ!?」
赤いHuMo、エクスカリバーはミラージュ・シンのフォトン・ライフルを幾度も躱しながら後退を始めた傭兵の機体に向かっていく。
傭兵機のライフルを躱しながら左腕を敵に向けるが狙いはHuMoではない。
ロケットモーターで放たれたマグネット・アンカーが命中したのは傭兵の数十メートル後方の壁面。
だが、狙いを外したというわけでもない。
エクスカリバーはワイヤーを巻き上げながらスラスターの推力も合わせて一気に加速、壁面まで来ると今度は壁を蹴って一気に反転。
傭兵のHuMoは振り返る事もできないまま後ろからビーム・ソードで貫かれてしまっていた。
「チィっ!? サイエン技師、これほどの者だったとは!!」
仲間たちを失い、ただ1人となった傭兵はヨーコたちと合流すべく遮二無二、後退するものの、エクスカリバーは牽制のライフルやミサイルを掻い潜りながらライフルを放つ。
「クソっ!! こっちだ!! 私たちが相手になってやるってんだよ!!」
「おかしいですわ……」
コックピットで叫びながら虚しくトリガーを引き続けるヨーコであったが、ついに4機小隊最後の1機も撃破されてしまう。
そのヨーコの後席でアグが訝し気な声を上げた。
「あの傭兵さんはあの赤い機体のパイロットを菜園技師だと思っていたようですけど、そんな事ありえると思います?」
「そら、そうだけどよ。敵が目の前にいるんだ! パイロットが誰かなんてどうでもいいだろ!? 腕が立つって事だけ分かりゃあよ!!」
4機小隊を仕留めた後のエクスカリバーの標的はヨーコたちが乗るミラージュ・シンである。
ワイヤーとスラスターを使った凄まじい機動で再び天井まで駆け上がって今度は天井を蹴って加速。
ライフルの連射と合わせてビーム・ソードを振り下ろす。
ヨーコもミラージュ・シンを振り回して回避しようと試みるものの、後ろから聞こえてきた苦悶の声に気を取られた瞬間に被弾してしまう。
「だ、大丈夫か!?」
「か、構いません!! 私の事を気にせず思い切りやってくださいませ!!」
「済まねぇ! 少しだけ我慢しててくれッ!!」
そこで割って入ってきたミーティアと竜波によって追撃は阻まれたものの、赤いHuMoは囲まれる事も辞さない構えか、両機を適当にあしらって再びミラージュに狙いを定める。
「クソが!! ちょこまかと動きやがる!! どういう巻き上げ機だってんだ!?」
ヨーコのミラージュ・シンが装備するフォトン・ライフルもフォトン・ソードも当てる事さえできれば赤いHuMoにも有効なハズであった。
だが当たらない。
推力や機体の運動性だけならばミラージュ・シンの方がいくらか上であっただろう。
だが両手首に装備されたマグネット・アンカーに壁や天井、床を蹴って跳ねるように動き回るエクスカリバーの機動はHuMoとは別種の異次元のものかのように思えるほど。
ヨーコも敵に負けじとミラージュを駆け回らせるが、敵の火線を避けていった先には別の火線があった。
「きゃああああッ!!!!」
「くぅぅぅ……」
ガリガリを装甲が穿たれる音に振動、バランスを崩した機体が天井に激突してヨーコとアグは振り回されて頭をあちこちにぶつけていた。
幸い、ヘッドレストやらに守られて怪我は無かったし、被弾したのもCIWS兼用の小口径機関砲であったために被害はそこまででもない。
受けた損害以上にヨーコの脳内を占めていたのはある種の違和感であった。
いや、記憶をたどると違和感というよりも既視感に近いものだとすぐに気が付く。
敵の照準の癖、どこかで見た事がある。
それもつい最近。
パイロットなんて誰でもいいだろうとアグに言っておきながらこう思うのも馬鹿らしいのかもしれないが、それでもヨーコには赤い血に染まったかのようなHuMoに1人の女性の姿が重なって見えたのだった。
「アイツ……。キヨとかいう奴か……?」
「えっ……?」
ライフルで追い込んだ先に機関砲の射線。
それはあの黒いテルミナートルが多数のビーム砲でやってみせていた事と同種の技であった。
その効果は火盗改の腕利きたちには薄かったようだが、増援に駆けつけてきた傭兵たちには十分に有効で極短時間で多数のHuMoを撃破せしめていた技。
テルミナートルに比べてエクスカリバーは比較にならないほど凄まじい機動力を持っているようだが、十数門のビーム砲を同時に操作する技量があれば十分に同様の事ができるという事なのだろう。




