55 抹殺者と蜃気楼
中立都市から駆けつけたプレイヤーたちとその補助AIの増援は数千機。
アイゼンブルクも本来ならばその巨体に配備された夥しい火器によって近寄ってきた敵を排除するようになっていたが、すでに火盗改の核攻撃によってその能力は喪失。
だが要塞内から出てくる雑魚キャラも限りがないかのようにその数を増していき、要塞周辺は乱闘状態に近しいものとなっていた。
「烏澤!? クソッ!! 烏丸に続いて烏澤まで……」
飛燕二式の反応消失に続いてニムリオンまで撃破されキヨは歯噛みしながらテルミナートルの両腕を振り回す。
左右の十指から放たれるターボ・ビームの奔流は大地を舐めるように周囲を薙いでいって、それだけで10機以上の傭兵たちはガレージバックする羽目になっていた。
「お前の相手はこっちだろッ!?」
「フン! せっかちなガキは嫌われるよ!!」
キヨの注意を引き付けようとミラージュのクラブ・ガンがテルミナートルに直撃するが、漆黒のHuMoは左手だけを深紅のHuMoに向けるのみ。
その他のビーム砲は傭兵たちへと向けられ容赦無くプラズマ・ビームの雨を浴びせ続けていた。
「あのテルミナートル、どうなってんだ! 強すぎるだろ!?」
「アレの中身、プレイヤーだ!! そうじゃないと説明が付かん!!」
「はぁ……!? どういうこったよ! ……うわぁ!?」
「ミラージュが味方かと思ったら、最後まで楽はさせてくれねぇってか!!」
「しょ、照準が正確過ぎる!?」
“天才”という個性を持たされたヨーコが心血を注いで作り上げた規格外のミラージュはともかく、プレイヤーたちが駆る一般のHuMoにとってはキヨのテルミナートルに多数搭載されたビーム砲の1門1門が脅威である。
実体弾とは比較にならない弾速のビーム砲相手に火盗改の面々ほどの技量があれば回避する事も可能であっただろうが、一般的なプレイヤーにそれを要求するのは少々、酷な話であっただろう。
このゲームのデザイン的には受けちゃいけないような敵の攻撃は地形や建築物などを利用して射線を切る事が推奨されているが、よりにもよって火盗改が戦場に選んだのはだだっ広い平原。
戦闘に参加するためには否応無しに平地で身を晒して敵の攻撃は機体の機動力で回避しなければならないのだ。
「皆! 下がれ! テルミナートルにはテルミナートルだ!!」
「よせッ!! 向こうはガッチガチに強化されてんだぞ!?」
「なあに、1対1ならばともかく、ミラージュと協力して2対1の状況になれば……、ごふっ!?」
黒いテルミナートルに次々と撃破され続ける友軍機に業を煮やしてか、モスグリーンのテルミナートルが突撃を敢行する。
その機体のパイロットが言うように、あるいは2対1の状況を作れていたのならば状況は好転していただろう。
だが緑のテルミナートルは全身に取り付けたロケットブースターに点火して加速して一気に黒い同型機の元まで駆け寄るも、そのまま殴りつけられるだけの木偶と化してしまっていた。
「こ、こんのぉぉぉぉぉ!!」
「メンド臭いなぁッ!? そんな腕前で戦場に出てくんなよ!!」
鈍重に見えたキヨのテルミナートルも、同型機との格闘戦となると素人を翻弄するボクサーのように一方的に拳を打ち込めるだけの動きを見せる。
運営チームの一員でもあるキヨあるいはネームレスというプレイヤー。
同僚ですら知らない事であったが重度の廃課金者である。さらにいうならば仕事があるためにイベントには参加しづらい環境にいたために知る者は少ないがその技量もトップ層に比肩しうるだけのものを持っていた。
運営チームの中では彼女は「鬱シナリオ好きの困ったちゃん」という評価であったが、そのような者だからこその発想。
キヨというプレイヤーは自分が夢想するシナリオの中に放り込まれても生き残れるだけの技量を磨き上げていたのだ。
大型機の大質量を乗せた拳の殴打で緑のテルミナートルの腹部装甲は大きく歪み、キヨはそこから右腕を差し込んで五本の指のビーム砲を斉射。
あっという間に傭兵側のテルミナートルは撃破されてしまった。
その誘爆の余波でさらに数機のHuMoが破壊されるが、被害は傭兵側のみ。
ABSOLUTE側は黒いテルミナートルが盾となったために被害は無し。
「チイィ! このままじゃ傭兵たちの被害が膨らんでいくばかりか……」
一連の流れを見ていたヨーコは意を決してフットペダルを踏み込む。
プレイヤーたちが死亡判定を受けてもガレージでリスポーンするとは知らないヨーコに取って、たとえ商売敵の傭兵たちではあっても対アイゼンブルク戦という状況下では中立都市から駆けつけてきた者たちが次々と蹴散らされていく様は看過できるものではなかったのだ。
ホバー・システムを最大限に稼動。
加速してテルミナートルとの距離を詰めていく。
胸部大型ビーム砲はテルミナートルのビーム・バリアに阻まれ、ミサイルもクラブ・ガンも僅かずつしか削れない。
ならば接近戦しかないとヨーコは判断していたのだ。
「こういう使い方もあるから『棍棒・砲』ってんだ!!」
ミラージュが持つ長砲身203mm砲、クラブガン。
砲身に被せられたジャケットはただのサーマル・スリーブではない。
いざという時の打撃用の兵装としての利用法も考慮された頑健な物である。
速度が乗った状態でミラージュはクラブ・ガンを振り上げ、そして敵テルミナートルとのすれ違い様に叩きつけた。
そのつもりであった。
「それを待っていたよ!! ヨーコちゃん!!」
「何ッ!?」
キヨのテルミナートルは両腕に加えて片膝を上げたガードで棍棒の一撃を防いでいた。
その衝撃に接触面には盛大に火花が飛び散り、テルミナートルの地に残した足は大きく地面に食い込むが、それでも倒れるという事はなかったのだ。
さらに漆黒の大型HuMoはヨーコが離脱していく前にその大きな手でミラージュのVLS兼肩部装甲を掴んでもいた。
「……捕まえた」




