54 戦士、燃ゆ
重い金属同士が叩きつけられる音が響き渡る。
何度も、幾度も。
周囲のあちこちから轟いてくる砲声やら爆発音も聞こえていないかのように竜波とガングードは互いの装甲を削り合っていた。
プロテクターを付けたかのように肥大した竜波の拳や脚が打ち付けられる度に敵の装甲にヒビ割れが奔っては細かい破片が飛び散り。
焦れる総理の隙を突いて繰り出される鉈のように肉厚のナイフの一閃もまた竜波の装甲を削り落としていた。
焦れる。
両者とも焦れていた。
戦いは殴り合いの距離での白兵戦に終始している。
だが、その焦りの度合いは総理の方が大きかった。
ガングードbisのパイロットも焦っている。
それは間違いない。
たった1機の竜波を相手にここまで手間取らされているのだ。
それに中立都市より数千機の傭兵どもが増援に駆けつけ、ついに機動要塞アイゼンブルクはその足を止めてしまっていたし、彼と同格のエース級パイロットが駆る飛燕二式も落ち、つい先ほどニムリオンも反応が消失。
焦りが無いわけがない。
だが、それ以上に総理の焦りは大きい。
「……何故だ? なぜ『こーど:ぼんばいえ』が使えん!?」
誰かに聞かずともその理由は分かっていた。
歯噛みしながら老人は圧し折れんばかりに操縦桿を押し込み、床ごと抜けてしまえとフットペダルを踏み込む。
だが、反撃のナイフが脇腹に叩きつけられ、その衝撃に揺さぶられた総理は損害を確かめるためにサブ・ディスプレーへと視線を移す。
幸い、HPを削られた以外に損傷は無い。装甲は抜かれているが頑健な機体フレームによって刃を押しとどめ、その奥のジェネレーターやらラジエーター、その他の重要な装置にはダメージが入らなかったようである。
そうやってほんの僅かな時間、サブ・ディスプレーに目をやっただけだというのに敵は次の一撃を繰り出してきていた。
「チィっ!? じゃ、じゃが、まだ……」
竜波の首を狙ってきた一閃。
ギリギリで前腕を上げてガードする事ができたために何とか阻む事ができた。
敵もナイフを振り切る事ができなかったために威力は上がりきっておらずになんとか装甲も抜かれてはいない。
だが、総理の反撃の拳はスウェーで躱される。
いつもならば……。
そう思いながらも総理は操縦桿にフットペダルを操作して敵機に食らいついていくが、明らかな劣勢。
機体性能の差に必死に食らいついているに過ぎない事は明白であった。
「CODE:BOM-BA-YE」
総理の補助AIであるマサムネが上級AIに問い合わせた結果、彼の身に起きる特異な状況を運営チームはそう呼んでいるそうだ。
闘争の中で飽くなき闘争心が過剰に脳内物質を分泌した結果、総理の意識は乗機へと乗り移る現象。
HuMoをコックピットから操縦するのではなく、自分自身が一時的にHuMoになる。
当然ながら運営チームも完全に想定外の事象。
機体を自分の肉体のように動かし、センサー類からの情報を自分の目や鼻、耳のように感知する事ができる「CODE:BOM-BA-YE」がいつものように発動できていたならば総理はこれほどに苦戦する事もなかっただろう。
先ほど損傷を確認するためにサブディスプレーに視線を移した隙を突かれるような事もなかった。
ダメージ・コントロール・システムが損傷個所を把握できているのならば「CODE:BOM-BA-YE」を発動中の総理は意識の片隅で損傷を認識できていたのだ。
なのに発動する事ができない。
理由は単純。
総理の深層心理が彼の闘争本能にリミッターをかけてしまっていたから。
ヨーコと再会し、彼女を守ってやりたいと思った。
アグと出会い、彼女といればヨーコもβテスト終了までは穏やかに過ごしていけるのだろうと思っていた。
だが、彼の希望的観測は脆くも崩れ去ってしまっていた。
アグは囚われ、ヨーコは総理たちとともに戦場へ。
たとえそれがヨーコが望んだ事だといえど、老人は己の無力さを嫌というほどに思い知らされていたのだ。
無論、彼自身が敗北を良しとしたわけではない。
しかし、それでも「何事も自分の思い通りになるわけではない」という至極当たり前の事を突き付けられて彼の闘争心は限界を知ってしまった。
(負けてやるわけにもいかん、せめて刺し違えて……)
そんな事、数日前の総理ならば考えただろうか?
(“あの男”ならばもっと上手くやれたのだろうか……?)
本来の総理ならば絶対にそんな事は考えたりはしなかった。
代議士であった事、党の重要ポストや閣僚を歴任した以上に“あの男”と対等に渡り合った事こそが彼のプライドの根底であったのだから。
ヨーコとの再会は彼を極々普通の人間に変えてしまっていたのだ。
だが、そんな彼の元へと通信が入る。
電波による通信でなければ、レーザーにより直通通信でもない。
プレイヤーとそのユーザー補助AI専用のホットライン。
通信相手は彼の相棒であるマサムネから。
「ガングードを引き付けながら要塞の方へ、こちらへ来てください!!」
「は? 何を言っておる?」
マサムネが指示してきた地点は事前に取り決めていた要塞内への突入のための橋頭保の予定地点。
マサムネや虎D、クロムネが向かっていた地点である。
データリンク・システムにより彼らから送られてきた情報によると今も彼らは敵の雑魚と戦闘しながら要塞への突入路を守っているようであった。
そんなところに中ボス格のガングードを引っ張ってこいとはどういう意味であろうか?
「そいつは私が相手します!!」
「じゃから、さっきから何を言っとる!? そっちにも敵がいるじゃろう!?」
「貴方じゃそいつの相手は無理だと言っているんですよ!!」
「は……?」
相棒の言葉に熱がふつふつの己の憶測から湧き上がってくるのを総理は感じていた。
「まさかβテストの内から介護の仕事をやらされるとは思ってもみませんでしたがね! ま、たまには老人愛護の精神でも見せてやりますよ!!」
「介……護……? 老人……愛……護?」
「どうせ現実でも近い内に他人にケツを拭かれるようになるんです!! だったら今、私に尻ぬぐいさせても良いでしょうよ!!」
「…………」
総理もマサムネとの付き合いは長い。
当然、すぐにこれが自分に発破をかけるために相棒が煽りを入れているのだと気付いていた。
かといって、それを許せるかどうかは別問題である。
高齢ゆえに前頭葉の小さくなっていた総理は単純な煽りで激昂。
胸の奥で燃え盛る炎はその激しさを増していき、すぐに細い肉体から溢れ出していく。
「ッッッけっんな!!!! クッッッソガキャアアアアアっっっっっ!!!!!!!」
その咆哮は聞く者が発している語を聞き逃してしまえば、人というよりむしろ獣に近いと思ったであろう。
早い話、総理はブチ切れていた。
そして、その結果……。
「な、なんだ、コイツ!? 気でも狂ったのか!? いや、それよりもどうやって!?」
ガングードbisのパイロットは戦慄していた。
操縦桿を握る手がびっしょりと汗ばんでいる。
顔は戦闘の火照りによって熱いのに、背を流れる汗は冷たい。
瞬間的にコックピット内の酸素濃度が薄くなってしまったかのように息をするのにも一苦労。
それほどに彼の目の前で繰り広げられている光景はあまりにも異様であった。
「自機の装甲を手で引き千切っているだと……?」
竜波はすぐ目の前にガングードがいるというのに自身の身を守る装甲をむしり取っていたのだ。
前腕の、胸部の、腹部の、肩の、手が届く限りの装甲板をフレームからひっぺがし、ガングードに投げつけて、最後に顔面を守るチンガードも引き千切る。
一体、竜波のパイロットは何でそんな機能を付けたのか?
HuMoの手を使って装甲を排除するなど異常である。
普通ならば出撃前に装甲を取り外すか、そうでなければフレームと装甲と接合箇所に爆薬を仕込んでコックピットからスイッチ1つで瞬間的に装甲を排除できるようにするだろう。
竜波のパイロットは何故、自機の手を使って装甲を排除するような機能を付けたのか?
あまりの不合理。
それ以上の殺気。
まるで竜波の2つのアイカメラから感じる殺気はパイロットの意思が機体に宿ったかのような……。
そして上半身の手の届く限りの装甲を排除し終わった竜波の“口”が開いた。
食事や呼吸の必要があるわけでもないHuMoに口などあるわけもない。
だが頭部のセンサー類やプロセッサーが発する熱を最大限に廃熱するために顎が展開してその内部のヒートシンクが剥き出しになったその光景はそれまでの異様な出来事とあいまって口を開けたように思えてならなかったのだ。
その“口”には歯や牙があるわけでもないが、代わりにその怒りを表しているかのように赤熱している。
「こ、こけおどしだろうに……!? き、消えた!?」
ガングードのパイロットが固唾を飲む。
ゴクンという音が聞こえた気がした。
その次の瞬間、敵の姿が消えていたのだ。
だが、消失したわけではない。
見逃してしまっただけだ。
だが、どこへ……?
その考えがまとまる前にコックピットに衝撃が走る。
「懐に……!? どうやってッ!?」
衝撃の原因は竜波の飛び膝であった。
姿勢を低くしてガングードの懐へと入り込んで、そのまま突き上げるような飛び膝蹴り。
さらに一旦、距離を取ろうとガングードがスラスターを吹かしたその瞬間、竜波の鋭い前蹴りが叩き込まれた。
スラスターで後退しようとしていたその刹那の出来事ゆえにガングードはバランスを崩して転倒。
そこに飛び乗って竜波は左右の拳の連打を繰り出し始める。
俗にいうマウント・ポジションである。
仮にガングードが生身の人間で、格闘技の覚えがあったならば両者の間に脚を出したり、あるいは相手の身体に脚を絡ませたりして敵の打撃の威力を殺す事もできたであろう。
だが当然ながらHuMoにそのような機能は無い。白兵戦方のガングードbisとてそれは同様。
やがて数度の拳の連打の後、ガングードの胸部装甲がたわんでしまったのを見るや竜波はそこへ手を差し込んで捻り、それをむしり取ってしまった。
胸部装甲が無くなったガングードの胸に剥き出しになったコックピット・ブロック。
竜波はそこへ思い切り振り上げた拳を叩き込む。




