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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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53 地獄の鬼よ、剣で泣け

 紅蓮の炎で焼かれた、そこはまさに地獄であった。


 視界は赤と黒に埋め尽くされている。

 ニムリオンのパイロットは悪態を付きながら機体を動かし続けていた。


 突如として上空から現れた急降下爆撃隊により、ついにアイゼンブルクの脚の1本は破壊されてしまった。


 幾つもの破孔から溢れ出る燃料やらの油脂類は引火し、その周辺を灼熱地獄へと変えていたのだ。


 高熱量の燃料に粘性の高い潤滑油の混じった物が燃え盛るさまはまるで広範囲にナパーム弾でも撃ち込まれたかのようで、その燃え盛る炎の高さは一般的なサイズのHuMoの背丈を優に超えている。


「そこッ!! ……違うか。あの婆さん、どこへ行きやがった……?」


 炎と燃焼によって巻き上げられた周囲の空気が作り出す突風の中でニムリオンのパイロットは斬りかかってくる寸前まで接近を許してしまっていたタイフーンにライフルの連射を浴びせて撃破する。


 アイゼンブルクの全長80kmにもなる巨体を支える脚もまた山のように大きく、そこから炎上しながら降り注ぐ油脂類は辺り一面あちこちにほのおの壁を作り上げていたのだ。


 機体の頭部に取り付けられているアイ・カメラなど光学機器はほとんど意味をなさないといっていい。

 なにしろ真昼間だというのに視界が黒と赤に染まってしまっているという事は光学カメラが炎に照らされて感度を自動的に落としてしまっているという事。

 仮に手動で感度を上げても、今度は炎が発する光によってメインディスプレーは白飛びしてしまうだろう。


 ふと思いついたニムリオンのパイロットはコックピット・ブロックの内壁全面に表示されるメイン・モニターを光学カメラから熱感知カメラ(サーモ・グラフィー)に切り替えた。


「そこッ!! チィ、また違う……」


 当然、サーモグラフィーに切り替えても周囲は高熱源に埋め尽くされた状況。

 それでも周囲よりも温度の低い人型の物体を認めて、そこにライフルの連射を浴びせると目標は沈黙。


 だが男が探し求めていたつい先ほどまで戦っていたミーティアではなく、それは疾風タイプ。


 後退したのか?


 辺り一面が炎に覆い尽くされたこの状況。普通ならばそれが当然の選択のように思えた。


 パイロットの勘というべきか、ニムリオンのパイロットには確信めいた予感があった。


 あのミーティアは後退などしておらず、今も虎視眈々と自分を狙っているのだろうという確かな予感。


 剣1本しか有してないにも関わらず、遮二無二、突っ込んできては斬りかかってきたミーティアの鬼気迫る様を思い出すと背筋が寒くなるほどだ。


 堅牢なセンチュリオンの下半身に軽量なニムロッドの上半身を組み合わせ、さらにABSOLUTE技術陣により改修したニムリオンの方が運動性も加速性能も遥かに優れている。


 それでも殺りきれなかった。


 間違いなく敵ミーティアのパイロットも凄腕。

 それなりの場数を踏んでいるのであれば間違いなく知っているであろう押し引きの妙。それをかなぐり捨てて幾度となく斬りかかってくるあの老女の気迫。


 それがどうして場の状況が悪くなったからといって引いたと思えるのだろう。


 サブ・ディスプレーのレーダー・マップを見てみると、周囲には多数のHuMoがいるようだがABSOLUTE側の機体はほとんどいない。


「中立都市の傭兵(ジャッカル)、聞きしに勝るイカレっぷりだな……」


 核兵器の熱線に耐えるHuMoといえど、それは核の熱線はほんの一瞬で通り過ぎていくからだ。

 複合装甲や機体フレーム自体がヒートシンクの機能を持ち、熱を流す機能がある故にHuMoは短時間の熱線には強い。


 だが、それもこのような周囲を炎の迷路に取り囲まれたような状況ではその放熱機能も限界に達し、遂には機体機能を損傷、酷ければそのまま爆散してしまうだろう。


 彼の味方であるABSOLUTE側のHuMoはそれが分かっているから炎から逃れようとして、そこを次々と撃破されている。

 だが中立都市の傭兵どもはコックピットの中でこんがりグリルされるのが夢だと言わんばかりに炎の中に飛び込んでくるのだ。


 セントリー。

 ムスタ。

 旭光。

 ノーナ。

 モスキート。

 タイフーン。


 ニムリオンのパイロットはサーモグラフィーに映る人型を次から次へと撃ち続け、また敵の火線を回避して炎の迷宮を駆け回っていた。


 そうこうしている内にニムリオンも炎を避けながら進んでいるとはいえ、徐々に機体の表面温度は上がっていく。

 機体の耐久力も徐々に減少をしている。


 それでもあのミーティアの姿は無い。


 一度、退くべきか?


 ニムリオンのパイロットは先ほどから幾度も同じ自問をしていた。


 この炎の中をスラスターを使って空中に逃れる事で、一時後退する。

 要塞内で完全ではないにしても機体の応急修理をして弾薬も補充してから再出撃。

 こうやっていたずらに機体を焼かれ続けるよりはよほど賢明な選択肢に思える。


 無論、高く飛び上がる事によって周囲の敵機、あの凄腕のミーティアどもの他に中立都市から増援にきた傭兵どもの対空砲火によって幾らかの被弾は受けるであろうが、それでもすぐ使くの要塞内に逃げ込むくらいはできるであろうし、被弾によって機体機能の損傷を受けようとも上手く機体を制御する事ができるという自信もあった。


 だが。

 だが、だ。

 それをあのミーティアのパイロットが見逃すだろうか?


 それを思うとそう易々と後退に踏み切れずにニムリオンは炎の中を敵を倒しながら進んでいたのだ。


 熱感知カメラでは高温故に白く映る炎の中から現れる炎よりかは温度が低い赤や黄色の人型にライフルの連射を浴びせる。


 幾度、そういう事を続けただろうか?


 だが、不意にニムリオンのコックピット内に衝撃が走って、機体は停止していた。


「な、なんだ……!?」


 周囲は白いまま、辺りには炎しかないハズ。


 だが続けて入ってきたレーザー通信から聞こえてきたあの老女の声に男は驚愕、だが、それ以上に彼を驚かせたのはレーザー通信の相手の距離であった。


 直進するレーザーは測距器などにも使用される。

 レーザー通信も相手先との距離を正確に把握する事ができるのだ。

 そのレーザー通信が示していたあの老女のミーティアとの距離はわずか数メートル。

 全高16mのニムリオンの感覚でいうなら目と鼻の先である。


 だが見えない。

 ミーティアの姿が見えないのだ。


「アンタがサーモグラフィーを使うのは分かっていたよ。それなりに目端の利く奴なら誰だってそうする……」


 すでに幾らフットペダルを踏み込んでも言う事を聞かなくなったニムリオン。


 それでも男がタッチパネル式のサブディスプレーを熱感知カメラから光学カメラへと切り替えると、そこにはあのレドーム付きのミーティアの頭部が大きく映し出された。


 直前まで白い高温の炎しか映し出されていなかったメイン・モニターに急にミーティアが現れる。


 そのトリックに気付いた時、すでに彼は敗北していたのだ。


「……そうか。機体を炎の中に飛び込ませて焼いていたのか。これまでずっと。サーモグラフィーに炎と同じように映るように……」


 ミーティアの装甲表面は白い塗料が溶けてドロドロ。頭部に被せられた傘のようなレドームも端が溶けていて既にその機能を停止している様子。

 さらにアイカメラも機能を停止しかけているのか明滅している状況。


 向こうもギリギリであったのだ。


 ニムリオンのパイロットが炎の中で戦い続けるか、それとも一時後退するかの選択を迫られている中、ミーティアのパイロットはただニムリオンを仕留める事だけを考えて機体を炎に焼かせていたのだ。


「死ぬのが怖くないのか……?」

「……悪いけど、あの子の邪魔はさせないよ。誰にも」


 ミーティアがニムリオンの腹部に突き立てていた剣を引き抜く。


 最後の男の問いにミーティアの老女は答えなかった。


「死ぬのが怖くないのか?」

 その問いは即ち「自分は死ぬのが怖い」という事である。


 それを理解しているかのように老女の声は震えだしていた。


 たとえ相手が人工知能、倒されるために用意されたNPCだとしてもその命を奪う事に心を痛める事はある。されど、その刃は鈍らず。


「アンタ、名は…………?」

「火付盗賊改方長官、カトー」


 いつの世にも悪は絶えず。

 中立都市サンセットにおいて、かつて徳川幕府によって設立された特別警察の名を冠した傭兵部隊があった。

 凶悪な賊の群れを切り伏せるため凄腕のパイロットのみで結成されたその部隊の名は火付盗賊改方。


 その長官こそカトー。

 人呼んで「鬼のカトー」であった。


 ニムリオンのパイロットは去っていくミーティアの背を見送っていたが、やがてラジエーターの機能喪失によって機体内部の廃熱ができなくなった事によりジェネレーターはその熱で自壊。


 ほどなくして機体は爆散。

 パイロットも機体と運命を供にする事となった。

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