52 飛燕VS飛燕
「…………何故だ?」
飛燕二式のパイロットはとことん寡黙な男であった。
別に喋る事ができないわけではない。
彼の初出は児童誌で連載中のマンガ版「鉄騎戦線ジャッカル」であり、その中で「鋼鉄城の三馬鹿」として登場する3人の強敵の内、飛燕二式とそのパイロットはカーチャ隊長とホワイトナイト・ノーブルのかませ犬的な扱いというべきか、ビームライフルの見越し射撃であっという間に撃破されてしまったがために一言も台詞が無かったのだ。
そのマンガ版のキャラクターたちをゲーム内に実装する事が考えられていた時、それを逆手に取って飛燕二式のパイロットは極端に無口な男に設定されたのだった。
その男が言葉を漏らしていた。
誰も聞く者がいない孤独なコックピットの中で、寡黙であるようデザインされた男が、である。
それほどに彼が戦う飛燕を落とせない事が不思議であったのだ。
機体性能の差を活かしてケツを取ったつもりが、ヒラリ、ヒラリと舞うように射線から逃れていく敵機。
時に敵機は鋭いインメルマン・ターンで一気に反転して、追っているつもりの飛燕二式のパイロットをヒヤリとさせていたほど。
これが何度めかも分からないインメルマン・ターンで反転してきた敵機の射撃をやり過ごすも、今度は敵に背後を取られてしまった形。
だが飛燕二式は宇宙を股にかけるABSOLUTEの総力を結集して改造された機体群の内の1機。
敵の飛燕よりも飛燕二式の方が明らかに性能面では優位に立っているのだ。
後ろに付いた敵機を振り切るべく、二式のパイロットは旋回しながらもスラスターを全開にして増速。
「……なっ!?」
推力差で敵機を振り切ってひとまずは安心。さて次の一手は、と策を練ろうとしていた二式のパイロットが驚愕の声を上げる。
思いもよらぬ方向からの攻撃。
目の前にシャッターが下りたかのように天へと駆け上っていく幾つもの火線。
敵機は飛燕二式を追ってはこなかったのだ。
二式が旋回しだすや、ただ同じように舵を切るだけでは追尾しきれないと判断。そこから急降下する事でスラスターの推力に重力をプラス。
そこから上昇に転ずる事で旋回半径を縮小。
上昇しながら飛燕二式へと射撃を加えてきたのだ。
HuMoのパイロットとしてはあまりにも異質。
敵機が取ったのは「ロー・ヨー・ヨー」と呼ばれる空中戦闘機動の一つ。本来は戦闘機、航空機で行う戦技なのである。
「チィっ!! どういう経歴の傭兵だ!?」
敵の飛燕もしっかりと改修された機体ではあるようではあったが、かの機体に使われているキットはトクシカ商会製の、いわゆるGT-Works仕様。
全般的に性能は向上しているのだろうが、さりとて極端に尖った所のない仕様であるハズ。
間違いなく飛燕二式の方が性能は優れているハズ。
現に敵が使ったロー・ヨー・ヨーという戦技は速度性能で劣っていてそのままでは振り切られる時に使う技なのだ。
悔しいが飛燕を戦闘機として見た時、敵機のパイロットは自分よりも数段、上にいるようだ。
二式のパイロットが思い切り奥歯を噛みしめていたのは敵機の火線を避けるためのGに身が苛まれていたからだけではない。
「よう……」
なんとか敵の火線を回避しきり、戦いはまた振り出し。
背後の取り合い、古式ゆかしい犬の喧嘩になるかと思われた。
だが、突如として敵機から直通のレーザー通信が入ってきた。
「アンタ、HuMoのパイロットとしてはどうだか知らないが、戦闘機乗りとしちゃ二流も二流。いや失格だな……」
敵機のパイロットの言葉に二式のパイロットの脳は一気に沸点へと達する。
「ふざけるなッ!! パイロットとしての腕の差が多少こそあれど、二式の性能を持ってすれば!!」
創造主に寡黙であるべしと作られた男が吠えた。
だが敵機のパイロットは怒号など蛙の面に小便とばかりに気にしていないかのようで、それどころか煽るように機体を振てみせる。
そこでやっと二式のパイロットは気付いた。
「い、いつの間に!?」
空中に2機の飛燕タイプ以外の反応がある。
地上の連中がバラ撒くミサイルやら砲弾ではなくHuMoだ。
それも36機。
中立都市からの数千機の増援部隊の中から上空14,000mへと一気に駆け上がっていたのはその速度性能からも分かるように飛行型。
だが飛燕のような戦闘機タイプではない。
飛燕を戦闘機とするならば、その機種は急降下爆撃機。
ランク8トヨトミ製HuMo「流星」であった。
流星の意図を察した飛燕二式はアイゼンブルクの元へと戻ろうとするも、それを許す敵機飛燕ではない。
高度14,000mまで駆け上がった流星隊はそこで反転、今度は地上目掛けて一気に降下していく。
各流星は胸に抱く形で大型徹甲爆弾を1基、さらに本来は対空ミサイルやガンポッドなど防御用火器を搭載するための背部小翼にも左右にそれぞれ徹甲爆弾を取り付けていた。
「護衛ごくろうさん!!」
「相変わらず頼りになるぜ!!」
「ありがと、ヒロミチお兄さん!!」
二式のパイロットの元へもオープン・チャンネルで流星隊のパイロットたちの労いの言葉が次から次へと飛び込んでくる。
「ヒロミチお兄さん」と呼ばれる凄腕プレイヤーが護衛する爆撃機編隊には防御用の兵器は必要ない。
その分、余計に機体に爆装を施す事ができる。
つまりヒロミチお兄さんが護衛する爆撃隊は本来の数倍の火力を有するという事になるのだ。
その流星隊がアイゼンブルクへと迫っていく。
機体はとうに音速を越え、投下された爆弾もまた超音速の壁を超えていた。
超音速の大型徹甲爆弾は次々に火盗改の面々が既に攻撃を加えていた機動要塞の1本の脚へと命中していき、そしてついに難攻不落とも思えたアイゼンブルクが止まった。
「あれ? 第一次攻撃隊で止まった? あの妖怪どもがあと少しってとこまで頑張ってたのか……?」
山のように、山脈のように巨大な要塞のそのとてつもない重量を支える脚が破壊される。
数十km離れた上空にも軋む金属の音が耳がつんざけるような音量で届いてきているがヒロミチお兄さんの声はなんとものんびりとしたものであった。
「おのれッッッ!!!!」
対する二式のパイロットは激昂。
赤黒く染まった顔で視界に映る敵機を睨みつけていた。
敵機を落とす事もできず。
母艦を攻撃しようという爆撃機隊に直前まで気付く事すらできず。
果てに敵の攻撃をなんら妨害する事もできずに母艦は動けなくなった。
確かに敵機のパイロットの言うようにこれでは戦闘機パイロットとして失格もいいとこである。
だが、かといって負けを認めて敵を黙って帰すわけにもいかない。
二式のパイロットは遮二無二敵を捉えんと無茶な機動を繰り返していく。
己の肉体の限界を超えた機動の数々に視界は徐々に赤く染まっていき、だが、ついに再び敵機の背後を取る事に成功。
己の肉体が戦えなくなる前に敵を捉える事ができた安堵とともに二式のパイロットは必殺の念を込めて機体に残されたミサイルを全弾発射。
「取った!! …………なっ!?」
男の意思が乗り移ったかのように6発のミサイルは敵機へと迫っていく。
敵もなんとかミサイルを回避しようと機体を振りながら加速するが、そんな程度でABSOLUTE技術陣が飛燕二式用に改造したミサイルが躱せるわけもない。
あと1秒、あと一瞬で落とせる。
二式の男がそう思った、その直後。
6発のミサイルは急に姿勢を崩したかと思うと、次々と爆発。
何が起きたのか?
分からない。
不良品?
6発のミサイル全てが?
ありえない。
男が最期に見たのは赤く染まり切った視界の中、爆炎を背に反転して二式目掛けて突っ込んでくる敵機、飛燕カスタムⅢの姿であった。
“究極の”と形容される空中戦闘機動「カスヤ・マニューバ」。
かの戦技を使える者はそうはいない。
その技を使える技量の持ち主、それがトップ・プレイヤーと呼ばれるヒロミチお兄さんであった。




