51 ジャッカルの黄昏 βテスト版
数十? 否。
では数百? これも否。
西方、中立都市の方角からアイゼンブルク目掛けて向かってくるHuMoの群れは実に数千機にも上っていた。
「凄い……」
ゆっくりと高度を下げながら“射手座”のマモルは赤茶けた大地が数千のHuMoが上げるスラスターの噴煙によって青白く染まっていく様をただただ瞬きもせずに見守る事しかできない。
「まるで……、まるで夜明けみたいだぁ……」
夕焼けを思わせるほどに鮮やかな赤茶の大地が青く塗り替えられていく様子を“射手座”は朝日に例えた。
人類が他の星系までその活動を広げた時代。
それでも人類は争いを止めず、せっかく開拓した惑星でもその所有権を巡って日夜戦争を繰り広げているという設定の世界。
AIである“射手座”はゲームの世界も、またそんな世界を作り出した現実世界の人類も袋小路に入っているのだろうと思っていた。
そういう意味でこの惑星に付けられた「トワイライト」という名も、プレイヤーたちの活動の拠点となる中立都市の「サンセット」という名も皮肉が効いていてお似合いだと内心ながら気に入っていたのだ。
ところがどうだ。
βテスト最終日。
機動要塞とその周囲の多数の機動兵器を除けば本当に何もない戦場と化した荒野に少年型の人工知能は夜明けの光を見た。
それはただ言葉通りの「夜が明ける」という意味合いだけではない。
作り物で、ムラのある、地上を駆けてくる多数のHuMoを駆る者たちの誰も狙ってやっているわけではない偽りの夜明けに“射手座”は人類が有史以前からその光を見た時に感じていたであろう“温かさ”“優しさ”を感じ取っていたのだ。
「少年。戦況はどうか?」
「か、会長殿ですか!?」
そして“射手座”の元へ数千のHuMoの戦闘を突っ走る白い機体から通信を入ってくる。
カトーたちや“射手座”自身の機体と同型のミーティアながらその機体の右肩には赤い薔薇が、そして左肩には白い百合が描かれている。
彼女を知らない者がその溌剌とした声からを聞いては想像もつかないかもしれないが、かのミーティアを駆る者こそが日本のオタク文化の生き字引、戦後の貸本時代からどっぷりその手の文化に染まり切った人生を送ってきた通称「百年女王」。
「戦況を知らせぃ!!」
「ハッ!! 第3大隊全機及び協力者を合わせた戦力全てを投入済みでありますが、戦況は芳しくなく……」
「結構!! 味方の窮地に駆けつける、これぞ戦場の華よなぁ!! 第2大隊、第4大隊、突撃!! 目に付いた敵、全てを擦り潰せッ!!」
戦う貴腐人の会、その会長の下知は下った。
猛スピードで駆けてくるHuMo群の戦闘集団にいたミーティア部隊がさらに増速。
長期戦などまるで考えていないかのようなその加速ならばすぐに火盗改本体と合流してくれるだろうと“射手座”もホッと胸を撫で下ろす。
「しかし、何故? それにこれだけのヒロミチお兄さんやらその他にも会のメンバー以外の者まで……」
「うん? 緊急ミッションが出たのを知らんのか!? それにしてもカトーの奴め、こんなお祭り騒ぎを自分たちだけで楽しもうとは水臭いよなぁ」
会長の言葉に“射手座”が慌てて確認してみると確かにミッション一覧に「緊急ミッション!! 皆でクソデカ要塞を潰してβテストを締めくくろう!!」なるミッションが一覧の戦闘に赤字で載せられていた。
「このミッションに失敗したら中立都市が焼かれるとか。そんなの誰だって後味が悪いだろう? これを見て参加しないプレイヤーなどおらんよ」
「後味が悪い、ですか……」
「ゲームなんてそんなもんだろう? みんな気持ち良くなりたいんだよ。敵を上手に倒したい、ハメ殺したい、賞賛されたい、クレジットを稼ぎたい。あ~、面白かったとβテストを締めくくりたいんだな、皆」
そうなのかもしれない。
会長の言葉に“射手座”もしみじみとそう思う。
カトーや総理もそうだ。
かつてのミッションで後味の悪い思いをして、それを今のヨーコを見て思い出してしまうのなら彼女に関わらないという選択もできたハズなのだ。
少年の担当プレイヤーや、その他、カトーの配下である火盗改のメンバーだってそれは同じ。
カトー本人とは違い、火盗改のメンバーにヨーコとの因縁は無い。
それなのに彼女たちはβテスト最終日にわざわざ激戦の地へと飛び込んでいった。
いくらここがゲームの世界でシステム上、苦痛は軽減されているといっても軽減されているだけでGに身体が軋む辛さも、敵の弾が身を穿つ痛みも確かに存在するというのにだ。
きっと彼ら彼女たちもヨーコやアグを放っておけば後味が悪い。それまで世話になった中立都市が消し炭にされては悔いが残ると思っているのだろう。
そしてアイゼンブルクを止めてアグを助け出し「あ~、良かった、良かった!」と気持ち良くなりたいのだ。
ゲーム内でいくらクレジットを稼いでもRMTが規約で禁止されている以上、現実世界での利益には直結しない。
なのに傭兵たちは砲弾飛び交う戦場に飛び込んでいく。
「それが黄昏を塗り替える光。……ジャッカルの黄昏」
「うん? 何の話だ?」
“射手座”は自分の言葉から零れた言葉が気恥ずかしくて会長の声を無視して大地を青く塗り替える傭兵たちの群れをただ見ていた。
無数のHuMoの群れの中からぼつぼつと白い噴煙を引いてミサイルが撃ちあがりはじめる。
アイゼンブルクの防空システムはほぼ破綻しているとはいえ、迎撃の時間的猶予のある長距離ミサイルはあまり有効とは思えなかったが、これだけのジャッカルがいるのだ。
ここはむしろ機動要塞に弾を浪費させるために戦闘に入る前に使ったと思うべきであろう。
だが、それよりもむしろ“射手座”には盛大に上がっていくミサイルたちが景気付けの花火のようで胸のすくような思いであった。
……なんで番外編の、それも脇役の脇役がタイトル回収しとるんや?




