49 陽炎、立つ
巨大で重い金属が軋む音が響き渡る。
機動要塞アイゼンブルク、未だ止まらず。
目に見えて速度は落ちてはいるものの、一人一人が一流のプレイヤーと言っても過言ではないであろう火盗改の面々ですら要塞の脚の1本も破壊できずにいる。
だが、ついに3機のHuMoが要塞に取り付いた。
マサムネの建御名方、クロムネのプリーヴィド、虎Dの王虎である。
「それじゃ手筈通りにっと!!」
数多の脚を持つ要塞を虫か何かに例えるのなら、その頭部。
艦橋にほど近い位置の格納庫直通エレベーターに取り付いた3機は要塞上の敵機と戦闘を開始。
「前衛はウチの馬鹿に、そちらは後衛を頼みますよ!!」
「了解!」
王虎が機体本体と増設したスラスターを全開にしながら敵の防衛網へ飛び込んでその拳や脚を振るうたびにHuMoの構成部品だった物がスクラップとなって周囲へと撒き散らされていく。
複合装甲がまるで薄っぺらなFRPのような、いや、それよりももっと酷い。まるで飴細工か何かのように容易く砕かれていくのだ。
その姿はまさしく暴れ狂う虎の如し。
これが実装直前に弱体化を受けた竜波の本来の姿なのである。
総理の竜波との外見上のもっとも大きな際は手足の長さであろうか。
竜波のサイズはトヨトミ系という事もあり15m足らずの小型機であるが、虎Dが持ってきた王虎は脚部が長くなっているためにサムソン系やウライコフ系と同等の16mほどの全高となっていた。
当然、手足が長くなれば間合いも広くなり、さらに振るわれる打撃の威力も跳ね上がる。
βテスト期間中、とあるイベントの景品の内の1機種として動画配信サービスでの生放送にて虎Dが操縦した王虎は中立都市防衛隊のホワイトナイトを撃破してしまったという珍事を発生させてしまっていたほどなのである。
それこそが竜波のナーフの理由。
もし、これが一流の技量を持つパイロットがしでかした事ならばどうなっていたかは分からない。
だがVVVRテック社の上級AIによる解析の結果、弱体化前の竜波の性能をもっとも引き出せるのは腕利きのパイロットではなく、むしろ格闘技経験者であるとの結果が出てしまっていたのだ。
間合いの計り方。
敵の攻撃のいなし方。
転じて的確な攻撃を加えるという事。
今は王虎と呼ばれる弱体化前の竜波は格闘技者のそういった操縦に巧みに応えてしまうほどの性能を持っていたのである。
「ふふん。2人とも息ピッタリっスね!!」
「そら、そうでしょうよ!」
「同型のAIですからね。ま、普段から厄介な担当の面倒を見てるって共通項もあるんです。シンパシー感じちゃいますね」
一方、マサムネとクロムネのコンビ戦法も即興とはいえ中々に堂に行ったものであった。
虎Dが後先考えずにただ次から次へと手近な敵へと襲いかかり、その隙を高機動タイプのプリーヴィドが埋め、さらに両の腕を飛ばして敵機を牽制する建御名方が周囲の状況をコントロールする。
もはややられるために存在している雑魚キャラでは数がいても彼女たち3機を相手にするには荷が重いと言わざるをえない。
「こっちはなんとかなりそうっスね!」
「ええ」
「ただ問題は……」
そう虎Dたちがいかに局地的な優位を作り出しても、それは彼らの勝利に直結しないのだ。
「ビームバリアー!? あのデカブツ、艦船ばりのバリア発生装置を積んでいるっていうのかよ!!」
一方その頃、テルミナートルへの攻撃を開始したヨーコのミラージュ。
先手必勝とばかりに胸部大型ビーム砲を放ったはいいが、ミラージュの大型ジェネレーターからくる大出力の太いターボ・ビームが鈍重な黒いHuMoに命中するその直前で掻き消えてしまったがためにヨーコは驚嘆の声を上げていた。
ネームレス、あるいはキヨと名乗る者が駆るテルミナートルはもう手を付ける所は無いほどに強化されているというのにむしろ標準のものより機動性は劣化していた。
その理由は積載量ギリギリまで積み込んだオプション装備の数々によるもの。
機体本体に搭載されている固定装備の多数のビーム砲に加えて先ほどから火盗改の面々を苦しめていた多数のミサイルランチャーもそうであるが、ミラージュの大出力ビーム砲を防いだのは補助ジェネレーターと外部強制冷却ユニットによるものである。
火盗改のミーティアの一部が装備するビーム・ライフルなどの低出力ビーム兵器ならばポイントで強化された装甲で耐える事ができるというのに、キヨというプレイヤーは極短時間しか使う事ができないビーム・バリアーを長く使うためのオプション装備まで積み込んでいたのだ。
『真打登場ってところかい!?』
「お前が『ネームレス』か!!」
『今はキヨって名乗ってんだけどなぁ!』
「どうでもいいわ!!」
ビーム兵器が通用しないならばとヨーコはクラブ・ガンの照準をテルミナートルへと定める。
対する黒い大型機もミラージュへと向き直ってその全身のビーム砲を斉射。
「ちぃッッッ……!!!!」
衝撃。
警報。
シートの中で跳ねまわろうとするヨーコの身体がシートベルトによって抑えつけられ、代わりにその細い身体にベルトが食い込んでヨーコは苦悶の声を上げた。
あちこちから警報音が鳴り響いて、赤くコックピット内を染め上げるLEDによって機体のどこかに損傷が出た事が知らされる。
だが少女はメインモニターに映る敵から目を離さない。
ミラージュだって対ビーム兵器用の装甲は持っているのだ。
どうせ機体装甲やそれに近い位置の構造に熱的な異常が検知されたという警報だろう。
ターボ・ビームを撃たれたのだからそんなの当たり前だとヨーコは気にせずトリガーを引き続ける。
『避けなくて良いのかい? 今度はキミまで焼かれちゃうよぅ!?』
「うっせ!! そっちだって効いてないわけじゃないだろうが!!」
テルミナートルのパイロットが笑うのはかつてのヨーコの仲間たちの事。
だが、すでにヨーコにはそれに気付くだけの余裕も無かった。
クラブ・ガンと名付けられた長砲身203mm砲の直撃を受けるたびにテルミナートルの巨体はよろめき、だがしぶとくも立ち続けている。
その巨体のあちこちから白い煙が湧き上がるたびにヨーコは「やったか!?」と思うものの、それはミサイルの噴煙でありヨーコとキヨの戦いは持てるだけの火力をぶつけ合う根競べの様相を呈しだしていた。
片や鈍重な動きのテルミナートル。片やホバー走行のために速力はあれど小回りは効かないミラージュ。
2機の大型HuMoの戦いは距離を置いているにも関わらずにボクシングの、それもインファイトの殴り合いにも似ていただろう。
ミラージュの203mm砲弾が、ミサイルが、50mmの高速徹甲弾がテルミナートルを穿ち続け、同じようにテルミナートルの10を超えるビーム砲やらミサイルがミラージュを焼いていく。
いつしか紅に塗られていたミラージュの装甲は浴びせ続けられる超高温のプラズマ・ビームによって本当に赤熱し、その周囲にはその原型機を示すかのように陽炎が立ち上がっていた。




