41 菜園技師
アグとキヨはステルス艇に乗せられ、辿り着いたのは山のように巨大な黒い移動要塞。
その背の格納庫に降り立った艇から降ろされた2人は武装した兵士に監視されながら要塞の内部へと案内されていった。
「やあ! お嬢様、覚えておいででしょうか? 一度、お会いした事があるのですが……」
狭く息苦しい廊下を何度も曲がりながら進み、着いた先はどうやら管制室らしきだだっ広い部屋であった。
壁面や天井には様々な情報を表示し続ける種々のモニターがひしめき、司令部要員らしき者たちが無数に動き回ったり端末を操作している様は人間というより一個の機械か、あるいはその部品のようである。
その中でわざとらしく両手を広げて親愛の情を示して見せたのが頭の禿げあがった初老の男。
犯罪者とかテロリスト、あるいは軍人の類には見えないのは男がただ1人だけ医者が着ているような白衣を着ているからであろう。
「……すいません」
「いえいえ。あの時は私は貴女のお父様の主催したパーティーに呼ばれたその他大勢の1人にしか過ぎませんでしたからな!」
たとえ相手が悪逆非道の悪党であろうと知己だという相手を覚えていないのは失礼かとアグが謝罪するも、白衣の男は快活に笑って済ましていた。
だが、その様もアグにとっては吐き気を催すほどに醜悪なものにしか思えない。
老齢の男と言えば総理もそうであったが、彼とは人間としての格が違い過ぎるように思えてならなかったのだ。
あまりに軽薄で、総理のような誠実さの欠片も感じられない。
ただ歳を重ねてきただけの人間の末路をそこに見た気がした。
「それで、貴方は……?」
「これは申し遅れました。私は菜園片葉。この機動要塞の主任設計技師を務め、現在は運用評価試験を任されております」
菜園と名乗る男の顔に張り付いた微笑に粘っこい嫌なものを感じるが、これは別に自身を性的な目で見ているのではないだろうと堪える。
菜園の目に込められていたのは野心。
それもチャンスをものにしようとする者特有の熱のこもったもの。
だが、この時のアグはまだ自身を確保した事で父の覚えが良くなる事を菜園は期待しているのだろうとそう思っていた。
「ああ、もしかしてお怒りでおられますか? お嬢様の捕獲の依頼に『生死は問わず』の条件を付けた事に対して。申し訳ありませんでした。何分、お嬢様の事は極秘中の極秘事項でして齟齬があったようなのです」
「ああ、それで……」
「中立都市の闇サイトに依頼を出したものが確保を急ぐよう命じられてはいたものの、お嬢様が何者なのかを知らなかったようでして、その者の処分はすでに終わっております故、平に御容赦を」
人が1人、殺されているという話を聞かされて苦虫を噛み潰したような顔をしたアグに気付かないほどに菜園は浮かれている。
「ああ、それで君がお嬢様を連れ出してきてくれた傭兵だったね」
「どうも、キヨって呼んでくださいな!」
「ああ、これはどうもどうも!」
そして浮かれている者がもう1人。
アグがツレない事に菜園の話題はキヨへと変わり、互いにうやうやしく頭を下げて挨拶すると2人は今にも手を繋いで踊り出しそうなほどに意気投合した様子。
「貴女への報酬はおいおい、だが何よりも中立都市から離れられた事が何よりの報酬になると思いますよ!」
「命あっての物種と言いますからね」
「ああ、分かりますか?」
「どういう事ですか!?」
2人の会話を聞いてアグは語気を荒げる。
「中立都市から離れられた事が何よりの報酬」に対して「命あっての物種」という返し。
それではまるで中立都市にいれば命が無いと言っているようなものではないか。
「君ぃ、なんでこの機動要塞はこんな馬鹿デカいと思うんだい?」
「お嬢様、私はすでに機動要塞の運用評価試験をしていると申し上げました」
「意味が分かりません!!」
会話をするつもりがあるのかないのか。
浮かれポンチ2人はもしかするとただアグをからかっているのかもしれないという気がして苛立たせた。
ただ2人の表情が邪悪で禍々しいものに思えてならない。
そして、その直感は見事なまでに当たっていたのだった。
「せっかくお嬢様の捜索のためアイゼンブルクの起動許可が下りたのです。この際ですからデモンストレーションのため要塞砲で中立都市を消滅させてみようかと……」
「ちっちゃい空中軍艦をいっぱい作った方が便利なのに、わざわざこんなデカブツを作ったのにはそれだけの理由があるって事だよね!」
「ご名答ッ!!」
「なっ……!?」
中立都市を消滅させる?
ならばそこで暮らしている人々はどうなるというのか。
菜園が中立都市の人々に避難を呼びかけるなど到底思えなかった。なにより仮にそうしたとしてそれに従う者がどれほどいるというのか?
生活の場をただ黙って奪われるほど辛いものはない。
きっと多くの者は自分たちが作り上げた街と運命を共にしようとするのではないか?
だが、そこまで考えてアグの脳裏に別の思いが生じた。
「…………ぷっ」
「面白いでしょう!」
思わず吹き出してしまう。
やっと笑ったアグに菜園も気を良くして同意を求めるが、そのつもりはなかった。
「ええ、面白いですわね。獣の巣に踏み込もうとして危険に気付かないその鈍感さが」
中立都市の肉食獣を菜園という男は知らないようであった。
きっと要塞に引きこもって彼らの事を何も知ろうとしてこなかったのであろう。
彼らジャッカルの中にもアグを攫おうと襲ってきたような惰弱で、弱きに流れる者もいる。
だが、そうではない者も確かにいる。
有人が“本物の”と付けていたようなジャッカル。
彼らは少女1人のためにわずか30数機でこの山と同じようなサイズの要塞に挑もうという者たちなのだ。
総理、マサムネ、虎D、クロムネ、カトーにその仲間たち。
そしてカミュ。
さらに敵はジャッカルだけではない。
中立都市の経済活動にたかって生きる獣、すなわちハイエナだって黙ってはいないだろう。
要塞砲で中立都市を消滅させるという事は恐らく砲は超高出力のターボ・ビーム砲。
つまりは直射兵器なのだろう。
機動要塞が今も前進し続けている事からも分かるようにアイゼンブルクは中立都市を直接照準できる場所まで進まなければならない。
グンタイアリのように襲い来るジャッカルとハイエナの群れに耐えながら。
むしろアグは中立都市の人々よりも己の運命を嘆いた。
こんな醜い要塞の中で人生の幕引きとは己の宿業と諦める事はできても、せっかくできた友人にさよならが言えなかったのがただ心残りである。




