40 三馬鹿
「でさ~! その上司って奴が酷い女でねぇ。私が寝る間も惜しんで作り上げたもんを駄目だって言って、そのまま受け取った試しがない」
アグは何故かキヨと名乗る謎の女の日頃の愚痴を聞かされていた。
中立都市を取り巻く3陣営の中でも最も強硬派で知られるウライコフとの境界線付近に民間人が寄り付くわけもなく、当然ながら荒野でアグはキヨと2人きり。
草もまばらにしか生えていない荒野にタープを設置して、その下でカセットコンロで湯を沸かして茶を飲みながら話をするくらいしかやる事などないのだが、名前すらもあやふやな者に心を開けるハズもなく、もっぱら話すのがキヨでアグはほとんど聞き役となっていた。
「貴女、普段はマトモな仕事をしてらっしゃいますの? どうも行き当たりばったりな感がしてマトモな社会生活ができるとは思いませんでしたわ」
「言うねぇ~! 行き当たりばったりってのは否定しないけどさ。まあ、今回ばかりは仕方がないっていうか、運命的なものを感じていてもたってもいられなかったっていうかさ」
愚痴を聞き飽きたアグの口から出た皮肉にも蛙の面に小便といった具合に何とも思ってはいない様子。
「正直さ、その上司がプロジェクトにかける熱量は知ってるけどさ、私だって誰よりもユーザーの事を考えて仕事をしている自負はあるんだよね! そうやって頑張った仕事を否定されちゃ腹も立つってもんだよ」
「まあ、貴女が?」
なぜキヨがABSOLUTEに肩入れするのかは未だに分かってはいなかったが、その彼女の口から仕事とやらにかける情熱の話をされてアグも少しだけ目の前の人物の事を見直そうとした。
だが……
「私にはどのような仕事なのかは分かりませんが、それだけ熱心に取り組んでいたらお客様も喜ぶでしょう?」
「別に喜んでほしいとは思っていないんだよねぇ」
「はぁ?」
「ユーザーたちに本物の絶望を教えてやりたい。それだけが私の生き甲斐。それなのにさ……」
「…………」
見直そうとして、やっぱりやめた。
「それをあの女、『これじゃユーザーが参っちゃうっス~!』とか言っておふざけみたいな要素を入れようとしちゃってさ」
キヨがしてみせた上司とやらの口真似がどこかアグも知る人物と被ってしょうがなかったが、さすがに気のせいだと思いたかった。
キヨという女はいわゆる狂人の類なのだろうか?
そう思えば彼女の行動も分からないではない。
ABSOLUTEの空襲に合わせて総理のガレージまで来てアグを誘い出し、総理やカトーたちに気付かれないようわざわざエアタクシーを使ってその場を離れた所までは鮮やかな手並みであったが、中立都市からの脱出に使ったのは目立つ上に燃費の悪いテルミナートル。
おまけに他に仲間がいるわけでもないのにウライコフとの境界線付近にてたった2人で機動要塞が来るのを待つとは無計画にもほどがある。
これもキヨが狂っているが故だと思えば、分からないではない。
いや、分かりたくもないし、理解しようと思うだけ無駄なのであろう。
「はあ……」
そう思うと途端に目の前の女と話をしているのすら虚しくなってアグは大きな溜め息を付く。
彼女の理解の範疇を超えた者と言えば、昨日できたばかりの友人もそうであった。
自称ハイエナで老齢の傭兵と仲良しの少女。
ヨーコとその周りの傭兵たちの行動も中々に素っ頓狂なものであったが、それでもキヨとヨーコは明らかに違っていた。
溜め息をきっかけに2人の間に静寂が荒野の風とともに流れ、その遥か彼方上空を小さな轟音が聞こえてくる。
「コックピットにでも戻ったらいかがです? 追っ手かもしれませんよ?」
「いいや、これは……」
アグとしては「お前と話しているのもうんざりだから目の前から消えてくれ」というぐらいのつもりで言ったのだが、思いの他、空から聞こえてきたスラスターの音にキヨは目の色を変えていた。
それも警戒とか敵意ではなく、明らかにその表情は歓喜のものである。
「へへっ! お迎えだよ、アグちゃん!」
空から聞こえてくる轟音は少しずつ大きくなり、アグの耳にもそれはただのスラスター音と風切り音ではなく、巨大な物体が無理くりに大気を切り裂いて発するものだと理解できるようになった。
それは全長200m前後くらいはあろうかという大型の空中艇であった。
航空力学というものには疎いアグにももう少し飛行に適した形状もあっただろうと思うような丸みを付けた四角い船体がゆっくりと降下を始めると同時に数機の機影が飛び出してくる。
「お~! F型ステルス艇! コイツでウライコフの警戒網を突破してきたってわけか!!」
ステルス艇とやらから飛び出した3機のHuMoの事などおかまいなしにキヨはその大型艇の威容に歓声をあげタープの下から飛び出していった。
『お前さんか? お嬢を確保したって連絡をよこしてきた悪党は?』
キヨの目の前にスラスターを吹かせて減速しながら降り立った下半身に比べて上半身が貧相な機体から男の声が機外スピーカーで飛んでくる。
戦闘機に脚を付けたような機体は警戒のためか駐機しているテルミナートルの背後を取ってその背部に砲を向け、最後にゆっくりと減速してきたのは随分とゴツい軽武装の機体。
「ニムリオン! 飛燕二式! そしてガングードbis!」
HuMoからライフルを突き付けられても構わずにキヨははしゃいでいた。
それはクリスマスのイルミネーションに夢心地になった子供のようであり、その変貌っぷりにアグはおいてけぼり。
「なんですの? このHuMo、随分と線が少ないというか……」
アグが困惑するのも当然だろう。
3機のHuMoはいずれも機体の装甲の分割線が少ないせいで形状自体は一般的なのに随分とのっぺりと見えるものたちであった。
アグのようなゲーム内の一般NPCは預かり知らぬ事であったのだが、これら3機はいずれもマンガ版の「敵機戦線ジャッカル」に搭乗する敵役のHuMoであり、荒野で両手を広げて踊り出したキヨに戸惑いながらもライフルを向けている上半身が貧相な機体が「ニムリオン」。
センチュリオンの下半身にニムロッドU2型の上半身を移植した機体である。
テルミナートルの背後を取った航空機型は「飛燕二式」。
作画の都合で原型機にあった機首の前翼が無くなっているが、これは機体の制御技術の向上によるものと設定が付与されている。
そして「ガングードbis」。
アグは軽武装の機体と認識したが実はこれでフル武装。
ナイフのみを武装とした格闘戦機である。
いずれもマンガ版の出身故に線が少ないのをCGモデルに反映された機体たちであった。
「アグちゃん! これがABSOLUTEのトワイライト派兵軍が誇る三馬鹿さ!!」
『いや、なんでアンタが自慢げなんだよ……。間違っちゃいないけどさぁ』




