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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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38 AIの権利

 やがて事務所からヨーコが浮かない顔で戻ってくる。


 アグを連れ去った謎の女がお尋ね者のリストに載っていないか確認してこいと言われたのに、ハンドルネーム「ネームレス」は運営チームの一員である以上、敵性NPCやハイエナ・プレイヤーのようにブラックリスト入りしているわけもないのでそれも当然だろう。


「済まねぇ……。傭兵組合のリストには載ってないみたいだな……」

「いや、謝る事じゃあないよ」

「何か他に手がかりはないのかな……?」


 ヨーコからすればネームレスは完全に正体不明、防犯カメラに残されていたその容姿以外に何の手がかりもないわけで、すっかりと気落ちして肩を落としてしまっていたが総理やカトー、マサムネもそんな彼女に気休めにもならない慰めの言葉をかけるばかりであった。


 だが、しばらく考え込んでいた虎Dが口を開くと状況は一変。


「……手がかりならあるっスよ! これ以上ないほどにね」

「なんじゃと!?」

「虎さん、そりゃどういう事だ?」


 虎Dがタブレット端末を開いてそこにいた面々に見せたのはこの大陸の地図であった。


 その地図に表示されていたのは各陣営と中立都市の境界線に機動要塞アイゼンブルクの現在地点、そしてリアルタイムで更新されている機動要塞の進行予想。


「アイゼンブルクはまだ止まってはいないっス。何でだと思うっスか?」

「そりゃ、まだアグちゃんを回収できてはおらんのじゃろうから……、そうか!!」

「アイゼンブルクの向かう先にアグも行く!?」


 さらに虎Dがタブレットを操作して新たに地図に表示させたのは現在、機動要塞がいるウライコフ陣営の部隊配置であった。


「御覧の通り、先の一戦で艦隊が壊滅させられてからウライコフ側はアイゼンブルクを遠巻きに監視する方向にシフトしたみたいっス。当然っスよね、アイゼンブルクに手は出せなくとも、アレが宇宙を股にかける犯罪組織ABSOLUTEの物だってのは分かっているのにその目的は分からないんスから……」


 地図に映し出されているウライコフ側の部隊は機動要塞の射程範囲内には近づかないようにしていながらも、その予想進行線近くに幾重にも配置されていた。


「ウライコフとしてはABSOLUTEの目的が分からないのが不気味。何をしでかすか分からないから監視を厳にしているといったところっスかね?」

「そうなると、アグちゃんをアイゼンブルクに引き渡すのは中立都市側に越境してきてからって事かの?」

「つまり……」


 アグを連れ去ったネームレスが単独あるいは極めて少数で動いているであろう事は想像に難くない。

 つまり彼らではウライコフ側の警戒網を突破してアグを機動要塞に送り届ける事はできないというのは自明の理であった。


 そこまで話が進むと徐々にヨーコの表情に明るさが戻ってくる。

 それと同時に胸の奥からめらめらと湧き上がってくる闘志が瞳に宿ったように鋭さを増していく。


「ようするに予定通りって事か!?」

「それにアグちゃんの奪還任務が加わっただけで、アイゼンブルクに痛撃食らわして動けなくするってのは何も変わらんね」

「そういう事になるかの?」


 いつの間にか、そこにいたのは連れ去られた友人の身を案じる10代の少女ではなかった。


 そこにいたのは肉食獣。


 ハイエナと呼ばれる獰猛で、残忍。

 そして仲間思いの(ケダモノ)


 果たしてネームレスと名乗る運営チームの女は本当に理解していたのだろうか?


「あのアマ、きっちりカタに嵌めてやる……」


 自らが仕組んだシナリオにより、かつて仲間たちのことごとくを炎で焼かれたケダモノの暗い情念を。


 自らの身体に当時の事を思い起こさせる炎の柄のタトゥーを刻み込むに至った決意の重さを。


 そのハイエナから友人を奪うという事がどのような意味を持つというのか?


 もしかするとネームレスと名乗る女、自分の勤めている会社で扱っている人工知能(AI)の程度を見誤っているのではないか?

 そう思わざるをえないほどにその場にいた生身ある者はアグの顔に張り付いだ形相に息を飲んだ。


「ヨーコちゃん、駄目っスよ~! そんな怖い顔してちゃ……」


 だが、そんなヨーコを窘めたのは虎Dであった。


 総理もカトーもかつての事を思い出し、当時の己の無力さを恥じ、ヨーコがそのようになるのも自分たちが不甲斐なかったからと彼女に向き合うのを避けてしまっている中、虎Dだけがヨーコと真正面から向き合っていた。


「冗談なら後にしてくれよ。私はあの女をミンチにするか、それともプラズマに変えて塵も残さないか考えるのに忙しいんだからさ」

「大事なのはアグちゃんを救いだす事っスよね?」


 虎Dが腰を屈めてヨーコと視線の高さを合わせた時、いつもその顔に張り付いていたヘラヘラとした笑みは消え失せていた。


「私は人間……、いや、心ある者はすべからく幸せになる権利があると思うの。アグちゃんもヨーコちゃんもね。でもね、権利って持ってるだけじゃ意味なんてないのよ」


 それはまるで歳の離れた妹に話しかけるような落ち着いた口調であった。


「だからアグちゃんはここにいられなかった。ヨーコちゃんと一緒にカミュ君を待つ道だってあったハズなのにね。でも自分のせいで街が空襲を受けるなんて状況で強く自分の意思を保つ事なんてできないわ。でもヨーコちゃんは違うでしょう?」


 虎Dはヨーコから視線を離してミラージュを、竜波を、建御名方を、ミーティアを見渡して、さらにその足元で動き回る人々を、最後に近くにいた総理やカトーたちを見渡してから、またヨーコの瞳を見つめる。


「ヨーコちゃんには権利を行使するだけの力がある。だから道を間違えないで欲しい。アグちゃんを連れ去った女の事はついで仕事で良いのよ、それだけは間違えないで……」


 その言葉が虎Dの本心からのものだというのはスッと胸で理解できる。

 不思議な感覚であった。


 事実、先ほど彼女が「人間」という言葉を「心ある者」と言い換えたのは虎Dが高い人間性を持たされた人工知能をもその範疇に含めていたからであり、故に彼女は不完全な形でゲーム内に実装されてしまったアグを助けるためにここに赴いてきていたのだ。


 虎Dの考えでは幸せになれる可能性などない、ただの雑魚キャラは思考能力や人間性に制限の加わったAIモデルで十分であり、プレイヤーと触れ合うため不自然に思われないよう高い人間性を持たされたAIはプレイヤーの介入しだいで幸福になれる余地が十分に用意されているべきだと思っていた。


「そう……、だな……」


 虎Dの真摯な言葉にヨーコも我を取り戻したかのようにバツの悪い顔をして顎をポリポリと掻いてみせる。


「まっ、アグちゃんを取り戻した後は好きにすればいいっスよ!! なんならミンチにした後で蒸発させても良いんじゃないっスか!? ヨーコちゃんにはその権利もあるっスよ!!」


 先ほどまでの真面目な顔から一転、気付いた時には虎Dはいつものアーパーに戻ってしまっていた。


「いや、そんな権利なんていらねぇよ……」


 虎Dとしてはヨーコの過酷な生い立ちの元凶を作ったのは自身の後輩であり、ゲーム内でなら消し炭にされても文句は言えないだろうというくらいの気持ちであったが、当然ながらそれを「権利」と言われてもヨーコは戸惑うばかりである。

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