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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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26 Inspiration

 老婆の両の眼は大きく見開かれて、その者の驚愕をこれ以上ないほど如実に表していた。


「……ヨーコちゃん、生きていてくれたんだね」

「……ああ」


 ゆっくり、ゆっくりと老婆の右手が腰の刀へと伸びていく。

 その手が震える手が何を思っての事なのかはヨーコには分からない。

 だから問うように真っ直ぐな瞳でカトーの目を睨みつけていたのだった。


 やがて驚愕に凍り付いていたカトーの表情に色が戻る。

 震えていた手はしっかりと刀の柄を握り、その目は柔和な笑みを浮かべているかのよう。


 張りつめていた緊張がやにわに弛緩したように誰しもが錯覚した。

 その原因であるカトー以外の全ての者が。


 もし、この場に総理がいたならば気付いていたであろう。


 ヨーコとの再会に懐かしそうな顔を浮かべて全身の力を抜いていたように思えたカトーが、その実、次の一手のために全身をバネのようにしていた事を。


 全力を出すための脱力。


 その次の瞬間、銀の光が奔った。


 ヨーコが最初に感じた事はその光をただ綺麗だと思っただけ。

 瞬き一つしてから、それがカトーが刀を抜いたがためだと気付くが、慌てて自分の身体に目をやるがどこも斬られてはいない。恐る恐るアグを振り返るも彼女もまた無傷。


 ごとり……。


 代わりに鈍い音を立てて大地へと落ちていったのはカトーの両脇の男たちが手にした拳銃であった。

 男たちの拳銃が高強度ポリマーのスライドに金属製の銃身も一緒くたに中ほどから一瞬で切り裂かれていたのだ。


「ファっ!? な、何を!?」

「何しやがる!? このコスプレ婆ァっ!!」


 刀を納めた状態から抜刀し、両脇の男たちが持つ銃をただ一太刀で切り落とす。


 その妙技を目にして男どもはカトーの意思はもはや明らかだというのに足を一歩とて動かす事もできずにただ口々に老婆の翻意を責める事しかできなかった。


「どれ、アンタたちに1つ、昔の偉い人の名言を教えてやろうかね? 『百合に挟まろうとする男は殺せ』」

「……はぁ?」

「『戦う貴腐人の会』第3大隊“火付盗賊改方”。これより我らはヨーコちゃんに付く!!」

「ま、待てッ!?」

「問答無用ッッッ!!!!」


 高らかに宣言したカトーの手により男の1人は袈裟に斬られ、もう一人はその場で腰を抜かして手を前に出して剣戟を遮ろうとするものの、一刀流の達人であるカトーの剣がそれで止められるわけもなく瞬く間にガレージ送りにされる。


「……え、あ、えと、カトーさん、ありがとう?」

「ヨーコさん、そこは疑問形じゃなくていいでしょう」

「なあに、良いって事さね。私たちがアグリッピナを奴らに渡そうと思っていたのも本当の事だからね。かといって私にはヨーコちゃんを敵に回す事なんてできやしないよ……」


 今度こそ本当にカトーは脱力しきっていた。


 袖口から信号拳銃を取り出すと天に向けて放ち、目で追えるような速度で空へと駆け上がっていく信号弾が赤い花を咲かせるのを肩を落として見上げている。


「教えてくれ。なんでアンタほどの人が悪党に手を貸す?」

「詳しい話は後だ。ヨーコちゃんだって急いでいるんだろう? ただ1つだけ言わせてもらえるなら、私たちはアグリッピナを安全に送り届けるつもりだったよ」

「コイツらみたいな生死は問わないって連中から守るってか? それでABSOLUTEに引き渡してアグはどうなると思う?」

「そんな怖い目で見ないでおくれよ。年寄には堪える。……ま、そんな酷い事にはならないんだけどね」


 ついさっき見せた見事な剣戟がまるで嘘かのようにカトーの表情は年齢どおりに枯れきった老人のものとなっていた。


 縋るような目の老女がたまらなく哀れに思えて、ヨーコはそれ以上の追求を諦めて踵を返した。


 もっともカトーたちの計画は、「生死(Dead) or ()Alive(問わず)」の条件で出されたアグリッピナ捕縛の依頼を敢えて受ける事で他の参加者たちを肘鉄しながら彼女を無事に確保するというところまではヨーコも理解できるだろうが、その後、ABSOLUTEに引き渡されたアグが宇宙に送られる事はないという事まではNPCである彼女には理解できなかったであろう。


 そもそもこのゲームには宇宙マップなど存在しないのだし、それ以前にゲーム内世界であと数日でβテストは終了するのだ。


 カトーたちの計画はそこまでを見込んでのものであったが、それをNPCが理解する事はできないようになっている。


「……それじゃ、また後で」


 アグの手を引いて駆けだしていくヨーコの姿が見えなくなるまでカトーはただ突っ立ったまま2人を見送り、それからその場でへたり込むようにして傍らのガレージの壁を背に座り込み、懐からタブレット端末とイヤホンを取り出した。


 タブレット端末で音楽配信サービスにアクセスして聞くのは、9年前、脱出計画決行前夜にヨーコとともに聞いた曲である。


 あの夜、焚火を前にカトーは膝の上のヨーコとともに片方ずつのイヤホンで大好きな曲を楽しんでいたのに、いつの間にか殺し合う寸前の所までなってしまっていた。


 いや、寸前などという言葉では済まないのかもしれない。


 ヨーコがアグと乗っていた建御名方の撃破命令を出したのは大隊長であるカトー自身。

 ヨーコの仲間たちが今まさに戦っているのはカトーの仲間。


 それでもなんとかギリギリの所で踏みとどまれた。


 老婆の目から流れる涙はその僥倖故だろうか? それともかつての心残りに再び直面してしまったが故であっただろうか?


 戦う貴腐人の会、第3大隊長カトー・カイ。人呼んで「鬼のカトー」。

 その涙の理由を知る者はいない。


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