17 おでかけしよう!
食後、虎DとクロムネはHuMoを移送してくるとガレージを後にし、総理はアグとついでに着替えたヨーコに洗濯機の使い方を教えていた。
とはいえ基本的には電源ボタンを入れて「3D繊維プリンター+ナノマシンモード」に設定してあとは開始ボタンを押すだけ。
後は全自動洗濯機にお任せで乾燥までしてくれるわけで、すぐに3人はガレージ隅の休憩コーナーへと移る事となった。
「おお、そっちもクリーニングかの?」
すでにそこには食洗器に使用済みの食器を入れ終わったマサムネがいて、テーブルの上に薄手の毛布を広げて拳銃の分解清掃をしているところであった。
「ええ、私のが終わるまでもう少し借りてますよ」
「構わん。どうせ使わんのだから」
マサムネはアグを狙うABSOLUTEの構成員による襲撃を警戒してか、どっかりとソファーに座りこんだそのすぐ脇に総理の拳銃を置いたまま。
おまけに背にはアサルトライフルをおい紐で背負い、腰のベルトには拳銃用のホルスターの他にライフル用のマガジンポーチまで取り付けていた。
虫も殺さないように思える爽やかな微笑を浮かべる優男にはとても似合わない光景であったが、総理にはそれが頼もしく、それ以上に微笑ましく思えるのだ。
いつも飄々としているように思えるマサムネも、ヨーコとその仲間を救えなかった事を気に病んでいたのだろう。
それ故の気負い。
ヨーコとアグを今度こそ守り切ってみせるという決意。
βテスト最終日、総理とマサムネが挑むミッションは解法不明。報酬は無し。
ただ己の自尊心と少女たちの笑顔を守るためだけのファイナル・ミッションである。
「なんだ、なんだ? 全員揃って冴えないツナギになっちまったなぁ、おい!」
老人と青年が醸し出す張りつめた雰囲気に気付いたのか、ヨーコがわざとらしく明るい声を出して場を茶化す。
「まあ、そうですわね!」
アグとヨーコ、マサムネまで傭兵組合から支給されているOD色のツナギに着替えているのに気付いてアグが愉快そうに笑う。
「それじゃ、服だけではなくアクセサリーまでお揃いにしてみませんか?」
そう言ってマサムネがヨーコに渡したのは床の上に置いてあった軽量ジュラルミンのケース。アグにはマサムネや総理の腰にあるのと同じホルスター。
「……小物というには少しイカつくないか?」
ヨーコがケースを開けてみてみると、中身はスポンジ状の緩衝材で守られたアサルトライフルと付属品一式であった。
トヨトミ6.5mm突撃小銃。
マサムネが背負っているのと同じ折り畳み式のストックを有するモデルである。
「あら? 私のは随分と可愛いですわね」
アグに渡されたのはサムソン傘下の銃器メイカーで製造された5.8mm拳銃。
ゲーム内においては初期配布の拳銃を扱いきれない女性プレイヤーなどが多く購入する人気の小型拳銃であり、愛称は「ウッドペッカー」。
「でも、よろしいのですか? 総理さんの分は……」
「心配御無用。この爺さん、生身の傭兵仕事で塹壕戦に行っても、スコップ担いで敵の塹壕に飛び込んでいくんですから!」
「おいおい、マジかよ……」
「ハハッ、きっとボケちゃってるんでしょうよ!」
「お前のう……」
ヨーコもアグもマサムネの向かいのソファーに座り、テーブルの上の弾薬の箱を開けて自分に渡された銃のマガジンに弾を入れ始める。
「おっと、アグのはそっちの箱のだ。ちゃんと箱に『5.8mm』とか『10mm』とか書いてあるだろ?」
「あ、すいません。カミュの持ってる拳銃にはこっちの箱でしたので、拳銃っていっても色々とあるのですね」
「ヨーコちゃん、後の弾倉は儂が弾を入れとくから」
「おっ、サンキュ!」
総理がヨーコのジュラルミンケースから残りの弾倉を取ってマサムネの隣に座り弾を入れ始めると、ヨーコは銃本体に白兵戦用の折り畳み式スパイクやらダットサイトやらを取り付け、負い紐を自身の身体に合わせて調節し始める。
「ヨーコちゃん、フォアグリップも付けた方が良いですよ!」
「嵩張らねぇかな?」
「大丈夫でしょう。使わない時は折り畳んでおけますし、樹脂製ですからそんなに重さも変わりませんよ」
「へぇ~……」
細い体躯ではアサルトライフルの連射の反動を抑えるのは大変だろうとマサムネが助言すると、ヨーコも素直に聞き入れて銃身下部のマウントにグリップを取り付けてその折り畳みギミックを確かめていた。
「あら、ヨーコさん。銃には詳しくありませんの?」
「馬鹿を言うな、私ゃハイエナだぞ!? マガジンのバネが馬鹿になるのが嫌で普段はリボルバーくらいしか使わねぇんだ!」
「あれ? 今時、テンションかけ続けたくらいでイカれるバネなんてあるんですか?」
「そういえば、ヨーコさん。貴方、ここに逃げてくるまでも工具で戦ってましたわよね?」
現実世界の銃器ならば弾倉に長時間、弾を入れっぱなしにしておく事でバネがヘタれて給弾不良を起こしやすくなる事もあるが、あくまでこの世界はゲームの世界である。
銃の扱い方しだいで整備状況が悪くなるという事もあるが、バネのヘタれまで再現するのはさすがにユーザーフレンドリーとはいえない。
そういうわけで人類が他惑星まで活動領域を伸ばしている未来世界が舞台という設定を利用して、弾倉のバネは劣化しない素材で作られているという事になっているのだ。
つまりヨーコが言っているのは真っ赤な嘘。
マサムネとアグの指摘にヨーコは耳まで赤くしていた。
「うるせぇッ! そ、それじゃ、そう言うアグはどうなんだよ!?」
「……そういえば、私も銃なんて撃ったことありませんわ!」
ヨーコの反撃に、アグは目を丸くしていた。
「おいおい。マジで忘れていたのかよ……」
「それじゃ、後で射撃訓練場まで行きましょうか? いいでしょう?」
「そうさのう……」
マサムネの言う射撃訓練場とは、傭兵団地の外れにあるプレイヤー用の訓練施設である。
外れとはいえ傭兵団地の区域内にあるその施設はゲームシステム上、定められた特定のNPCでなければ近づく事はできない。
たとえば施設の従業員や、傭兵団地内のコンビニなどの関係者、あるいは中立都市防衛隊員。それにヨーコたちのようなプレイヤー同伴のNPCくらいのもの。
運営の2人組みの口ぶりからするにABSOLUTEの構成員たちはボツになったイベント用のNPC。
つまり追っ手が現れる可能性は限りなく低いように思われる。
「アグちゃんを守るにしても、追っ手を気にして引きこもっているのも癪でしょう? 2人が射撃場で楽しめるかはともかく、気晴らしにはなるでしょうよ」
「そうじゃの! 一応、あの2人が戻ってきてからにするか!」
「やりぃ!」
ソファーに座り、テーブルを囲んで、どこかに遊びに行く話をする。
その光景はどこか家族のようであった。
各々が手にしているものを考慮に入れなければ。




