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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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15 この世界にヒーローはいない

「ああ! あ~~~! もう! 床ぁ、ビショビショじゃねぇか!?」

「こちらのメディカルポッドはドライヤー機能が壊れてますの?」


 各プレイヤーのガレージに備え付けのメディカルポッドは繭型のポッド内部の浴槽でナノマシン溶液に浸かり、全身の損傷を僅か数分で修復するという優れモノ。

 当然、乾燥機能も付いているものなのだが、2人のマサムネに足を掴まれたまま戻ってきた女は何故かびしょ濡れのままであった。


「ちょっと~! マサムネく~ん? 私、もう自分で立てるっスよ~!?」

「いえいえ、ご遠慮なさらず。まだ私たちがこちらに来た理由も説明してませんから」

「こっちはこれからメシの支度もしなきゃいけないんです。馬鹿にいちいち付き合ってられませんよ!」


 女の右脚を引くマサムネも、左脚を引くマサムネもどちらも爽やかな笑顔を浮かべているが、2人のマサムネが引きずる女の濡れた長い髪が筆のようにコンクリートの床に跡を残す光景は異様なものであった。


「……さて、それじゃ予定通りカレーでも作りましょうか。お客さんの分もあるんで少し手間ですね。ヨーコちゃんとアグちゃんも手伝ってくれますか?」

「それは別にいいけどよぉ……」

「はぁ……」


 左脚を引いていたのが総理の相棒であるマサムネであったのだろう。

 青年は笑みを浮かべたまま軽い調子で2人の少女を簡易キッチンスペースのあるプレハブ式の事務所へと向かわせ、それからもう1人のマサムネとたった今まで引きずっていた女に目配せしてから自分も事務所へと向かった。


「あ~、髪の毛、砂とか埃まみれっス……」

「ウチの青二才が射殺していないという事は嬢ちゃんは敵ではないという事か?

 それじゃ何者なんじゃ?」


 立ち上がった女はパンツスーツのジャケットを脱いで、それを振り回して水気を切ろうとしてみたり、長い髪に付いた汚れをほろいながら絞ってみたりしていたが、老人に再び誰何されるとやはり意外そうな顔を見せる。


「お爺ちゃん、マジで私を知らないんスか? あの機体を所有しているくらいなのに?」


 女が交互に指さしていたのはガレージに鎮座する「竜波」と「建御名方」。


「私、『ワラワラ』とか『YouPipe』とかで公式チャンネルのMCとかもやってるんスけど……」

「それを見てないから知らないって話でしょうよ。すいません、このアホが『VVVRテック社』の鉄騎戦線ジャッカルONLINE運営チームの獅子吼ディレクターです」

「ゲーム内でのハンドルネームは『虎D』でやってるっス!」


 女の連れであるマサムネが腰のホルスターに手をかけるが、そこから取り出したのは今度は拳銃ではなく名刺入れ。

 総理に差し出された名刺に記されていたのは説明通りの肩書と「獅子吼 虎代」という女の本名。さらにホログラムでVVVRテック社のロゴが輝いているが、このロゴはゲーム内では運営チーム以外には使用できないハズであった。


「運営? だったら最初からそう言えば良かろう」

「いやぁ~……、ランク10の『建御名方』とか、イベント景品のチケットで交換する『竜波』とか持ってるプレイヤーなら私の事くらい知ってるのかと思ったんスよね。もう、ここ入ってきて真っ先にあの2機を見た時は『話しが早くて助かった!』って思ったくらいっスもん!」

「ははっ! 良い歳こいて『もん!』とか言っても可愛くないですよ?」


 女の歳の頃は20代の中頃か、その辺りといったところであろう。

 年老いた総理としては孫のような歳ではあるが、それでも長身のせいか大人びて見える女が子供のような口調をするのは確かに滑稽である。

 とはいえ、毒を吐くのはマサムネに任せておくのが総理なりの武士の情けであった。


「なるほどのぅ……。てっきりABSOLUTEとかいうのの依頼を受けてアグちゃんを攫いにきたハイエナ・プレイヤーかと思ったわい」

「いや、違うっスよ? むしろその逆で、不思議なのはなんでアグちゃんがヨーコと一緒にいるんスか?」

「ま、『袖振り合うも他生の縁』というヤツじゃな!」


 それから総理は2人にこれまでの事を説明する。


 9年前の話から、かいつまんでヨーコとの縁を。

 それからヨーコと再会し、暴漢に追われていたアグリッピナを助けた時の事を。


「なるほど、なるほど。つまり総理さんはヨーコからの信頼を得ている数少ないプレイヤーの1人という事なのですね! それは都合が良い!」

「どういう事っスか?」

「総理さんがヨーコにアグリッピナを守るよう仕向けてくれたのです。下手なプレイヤーなんか集めるよりもよほど安全でしょうよ!」

「どういう事じゃ? それにあの子が待ってるカミュとかいうのはどこにいるんじゃ?」


 総理が残り少ないβテストの期間中、ヨーコを戦場に出さないためにアグに付き添ってやるよう促した話まですると、マサムネはニタリと愉快そうに笑った。

 その様子を見て不審がって問う総理に対し、虎Dはマサムネとは対称的になんとも申し訳なさそうな表情を見せる。


「あ~……。この世界にカミュ君はいないっス……」

「いない? どういう事じゃ? あの子はカミュとかいうのを待っとるんじゃぞ!?」


 気色ばむ総理の脳裏に思い起こされたのはカミュの事を嬉しそうに、懐かしそうに語るアグリッピナの姿であった。

 埃や煤に汚れたドレスで追われている不安と、きっとカミュがすぐに迎えに来てくれるのだろうという期待がない混ぜになった儚げな表情の少女に、老人の胸は締め付けられていたのだ。


 ヨーコに彼女を守らせるという総理の計画は、ヨーコを救うと同時にアグリッピナの慰めともなるハズであったわけで、そういう意味ではカミュは来なくても構わない。


 それでもこのゲームの運営チームの一員である虎Dからアグリッピナが頼みにしているカミュがこの世界に存在しないという言葉は老人の脚元をふらつかせた。


「元々、カミュとアグリッピナというのはマンガ版のキャラクターなんスよ……」

「それじゃアグちゃんを追っていたABSOLUTEというのは……?」

「それもマンガ版の敵役っス……」


 総理も児童誌だか少年誌だかでこのゲームのコミカライズ版があるのは知っていたが、生憎と総理自身は読んだ事がなかった。

 20代後半の年齢設定であるマサムネもそれは同様。


 故に総理もマサムネもアグやカミュの事を知らなかったのだ。


「いやぁ~、マンガ版とのコラボイベントをやるかな? やらないかな? ってくらいまで企画はあって、でも結局はβテスト版ではお流れになっていたんスよね……」

「それが何かの手違いでアグリッピナと彼女を追うABSOLUTEだけ実装されてしまったみたいなんです」

「カミュは……?」

「さすがに主人公と主人公機だけはプロテクトが厳重で実装されなかったみたいっス……」


 つまり、いくら待ってもカミュは来ない。

 総理自身が望んでいた事だが、何故か改めて言われると途端に老人の胸は重くなった。


「この世界にヒーローはいないっス」

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