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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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12 少女たちの最後に穏やかな日々を

 ぱちり、ぱちりと小気味良い合成木の音が響く。


 ガレージの空調は非常に大型であり、まるで地の底から響いてくるかのような低音で唸り、遠くからは余所のガレージから機体を整備したり物資を搬入する際の騒音が届いてきていた。


 とはいえ総理やヨーコのような戦場の砲声に慣れてしまった者にとっては特に気にするほどでもないような音である。


 アグリッピナとマサムネの将棋対決が終わり、続いて総理とヨーコが旧版ルールで将棋を指していた。


 全身にタトゥーを刻み込み、さらに舌を2つに割るほどの“やんちゃ”っぷりのヨーコの将棋は意外な事に美濃囲いの変形。

 受けに強い形である。


「あの~、私もお世話になってるばかりではなんですし、お買い物に私も付いていった方が良かったのでは?」

「あん? 悪党に追われてるヤツが何を言ってやがる」

「そうさの。それにアグちゃんも儂らの事は気にせんでもいいんじゃぞ?」


 アグとの対決の後、マサムネは独り商業区のスーパーまで買い物に出かけていた。

 総理とヨーコの対極を見物しながらアグはその事を気にしていたようである。


「男は独りの時間を楽しむところがあるからのう。まっ、アイツのカレーは凝り性なだけに絶品じゃから楽しみに待っとれ」

「へぇ~、そりゃあ楽しみだ。でもよ……」


 ぱちん。

 一際、大きな音が響き渡る。


 強打というほどではない。

 だが「よそ見してんなよ?」と強い意思が込められた一打は確実に老人の意識を盤上へと引き戻していた。


「ふぅむ……」


 総理の将棋に受け手は無い。

 いかにヨーコが「天才」の個性を持たされたNPCであろうと所詮はまだ若い少女。

 歳の功を見せつけてやろうと意気込んでヨーコの布陣に攻め込んだのはいいが、浮いた駒から取られ、そして今の一手で明らかにヨーコは攻勢に転じていた。


 王将を守る防御陣形。

 飛車を中心とした攻撃部隊。

 ヨーコが打った角は両者を繋げる位置。

 攻撃と防御、いずれにも有機的に対応できる絶妙な位置。


「これは……」

「カードなんか使わなくても、駒1つで状況はひっくり返せるんだよ。将棋ってのはな! どうする、総理さんよ?」

「当然、攻めさせてもらうよ」


 計略カードで状況を有利に変化することもできず。

 増援カードで手勢を増やす事もできない。


 旧版(レガシー)ルールの将棋とは取れる手が限られたものである。


 故に一手一手がひりつく。

 中盤以降はこの一手が勝負の明暗が分かれるのではないかと指と駒が磁石になったように離れ難く感じるほど。


「へぇ? 駒損も気にしないってか……」

「儂はこれしか知らん!」


 だが総理は攻める。

 ヨーコの桂馬と総理の歩兵の交換という形になるが、代わりにヨーコはその対応のために陣を下げ、防御陣地と攻撃部隊は分断された形となる。


「攻勢防御か……。さすがだな総理さん!」

「こ~せ~ぼ~ぎょ?」

「“攻める”ことが“守る”になる。アグ、総理さんたちがこういう人たちだから私は今こうして生きてられるんだ」

「あら、それでは命の恩人というやつですのね!」

「そういうこった!」


 盤面を五分に戻したとまではいかないが、一連の応酬で総理は敗北を喫する前に最後に一勝負仕掛けられるような形になっていた。


 総理の将棋に9年前の事を思い出したのかヨーコは満足気な笑みを浮かべて当時の事をアグに語っていた。


 9年前、ヨーコの依頼を受けた総理たち個人傭兵(ジャッカル)たちがいかに多勢に無勢の状況でも粘り強く戦い抜いたか。

 その笑顔に他意は無いと分かっていながらも、むしろ、だからこそ総理はあの時の事を嬉しそうに語るヨーコを見ると胸が締め付けられるように痛むのだった。


「だからよ。他の(ジャッカル)どもはともかく、総理さんとマサムネ君は信頼に足る奴らだ。アグもカミュってのは見つかるまでは頼るといいぜ。いいだろ?」

「モチのロンじゃ。それにハイエナにだってただの(ケダモノ)じゃないヤツもおるんじゃろ?」

「どの程度の割合で、って話なら知らねぇけど、私一人でいいなら付き合うぜ?」


 鉛のように重くなっていく心を守るために意識して盤面に集中していた時、ふと先ほどからどうやって切り出そうか考えていた事をヨーコが自分から言い出して思わず総理は頭は上げる。


「ヨーコちゃんも手下がいるんじゃろうけど、1週間くらい任せても平気じゃろ? しばらくアグちゃんに付き合ってやったらいい」

「まっ、アジトの予定地点に組合の傭兵が偵察に送られてくるくらいだからな。話はお流れだな。かといってそんな都合の良い場所がすぐに見つかるハズもなし、そのカミュってのが見つかるまでは面倒見てやるよ!」

「ありがとうございます!」


 カミュという者がどういう人物で、何故にアグと連絡も取れないのかは定かではないが、総理はずっと見つからなければいいと思っていた。


 口には出さないものの、カミュとかいうのさえ見つからなければアグのためにヨーコはずっとここにいる。


 どうせ現実世界で半日もせずにこの世界は終わるのだ。


 ヨーコも自分がなすべき事を思い定めているのかもしれないが、どうせ終わる世界ならできたばかりの友達とのんびり過ごしてくれたらいい。


 感傷的になった老人には、かつて救えなかった少女が自分自身を痛めつけるようにHuMoを駆って戦場に身を置く事に耐えられなかったのだ。


 昔、ヨーコはHuMoの整備員になりたいと夢を語っていたか。


 そんなヨーコが何故にハイエナとして戦っているのか、そんな事はどうでもいい。

 もし仮に理由あるとするならば、彼女がどのような言葉を使うかは分からないが何を語ったとしても総理は自分の力が無かったが故だと思っただろう。


 ならば目の前の少女たちに嘘を並べ立てたとしても、最後に穏やかな日常を送らせてやろうとそう総理は思っていたし、相棒の青年もそれを許してくれるだろうと信じていた。


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