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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
番外編 終わる世界で昔の約束を
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5 後悔先に立たず

「それにしても驚いたぜ。私が新しく作ろうとしてる組織のアジト候補地に傭兵が来たと思ったら、なんでか私をほっぽってそいつら同士で戦いあってるし、しかもそれが総理さんとマサムネ君だってんだからな……」


 モツ煮込みをビールで胃袋に流し込んだ後、ヨーコはチーママ自慢のモツカレーを食べて満腹になったようで、今度は船を漕ぐようにしながらこの日何度目か分からない再会の驚きを口にしていた。


「あれ……? おかしいな……、中瓶1本で酔っちまったかな?」

「眠くなったのかの?」

「だったらしばらく寝てていいわよ?」


 カウンターの奥から落ち着いた声のママがタバコを吹かしながら顎でしゃくってみせると40代になったかどうかというチーママが奥からブランケットを持ってきてヨーコの肩にかけてやる。


「ママさん、スマンの……」

「いいわよ、別に。客なんて来やしないんだから」


 チーママが空いたカレー皿を下げるとヨーコはそのままカウンターに突っ伏して寝入ってしまう。


「アンタら良い男じゃない」

「今さらですか?」


 総理たちがこのスナックを見つけてからゲーム内時間で5年ほど。

 以来、常連といっても差し支えないような頻度でこの店に通いつめていたにも関わらずママが2人を褒めるのは初めての事であった。


 総理もマサムネも別にママやチーママに“女”を求めて通っていたわけではない。

 それなら他にキャバクラのような選択肢だってあるのだ。


 それでもよりにもよってゲーム内時間で後数日でこの世界が終わるという段階になって好感度が次のステージになったのかとマサムネは苦笑する。


 だが初老のママが言いたいのはそういう事ではないようだ。


「違うわよ。私たちにとっては“良い男”じゃないって話。私もマミちゃんもスリルを楽しむような歳じゃないし、アンタたちは身に纏っている空気が剣呑過ぎる」

「さっきの話、聞いてましたよ。その子、眠れないって言ってたじゃないですか? その子の顔を見ればそれが嘘じゃないって事くらいは分かりますよ」

「でもアンタらが傍にしればその子は眠る事ができる。それって素敵じゃない?」


 眠ったばかりのヨーコを気遣うようにママもチーママ(マミ)も声を落として話していた。

 ラジオの電源も切られて静かになった店内は総理の手の中のオールドファッショングラスの氷が立てる音すら響いて聞こえるくらい。


「そうじゃの……」

「ま、少なくとも私たちはヨーコちゃんを裏切ったりはしませんよ」

「儂らが“良い男”なら、儂らの後悔の償いをさせてくれるこの子は将来“良い女”になるのかの」

「そうね。きっと良い女になるでしょうね」


 かつて総理たちに助けを求めてきた時、ヨーコたちの仲間は1000人近くもいた。


 そして、その全てが灰をなっていた。


 以来、ヨーコは眠る事ができなくなったのだという。


 その彼女が総理とマサムネの間で静かに寝息を立てている。


 それを力及ばずヨーコたちを救えなかった自分たちの償いとするのは総理の傲慢だろうか?


 その男の傲慢を責めないママも“良い女”なのだろうとマサムネは思った。


「後悔といえばの、貴様に1つ謝らなければならん事があった」

「なんです? というか1つだけですか?」

「茶化すな」


 天井に向かって紫煙を吹き上げるママと炭酸の弱くなったジントニックを交互に眺めながら相棒の言葉にマサムネは顔も向けずに答える。


「このゲームを始めてしばらく、儂は疑似人格AIというものがよく分からずに貴様をオリジナルと比べた事を言ってしまった事があったのぅ。済まんかった……」

「構いませんよ。一般NPCと違ってユーザー補助AIはこの世界がゲームだと知っている都合、メタな発言も多くなりますからね。1人の人格として扱えというのは無理があるでしょう。むしろ良く配慮を頂いた方だと思いますよ」


 プレイヤー「総理」は現実世界では元政治家。

 東京の名家出身にして自恩党の議員として長らく国政に携わってきていた。


 そしてマサムネのネタ元であるエースパイロット、粕谷正信とも防衛大臣時代に関わりがあったのだ。


 総理がこのゲームを始めてしばらくは「貴様のオリジナルなら……」だとか「誰かさんと比べて物足りんのぅ」とかよく聞いていたが、そういえばここしばらくは聞いた事がないなとマサムネは思わずニヤけて口角が上がったのを隠すようにグラスに口を付けた。


 自身が口に出さずとも胸に秘めていた担当プレイヤーへの友情が一方通行ではなかった事がこれほどまでに嬉しい事だとは思わなかったのだ。


「しかしのぅ、1個の人格を持つ貴様に対して……」

「水臭いですね。マサムネ・タイプのAIの中でもっとも正確にモチーフと比べられる事ができたのは私でしょう。むしろ張り合いがあったってもんですよ」


 航空自衛隊唯一のエースパイロット「粕谷正信」と彼をモチーフとしたユーザー補助AI「マサムネ」。

 一見して両者は外見も性格も、また戦闘能力も良く似ているように思えた。


 だが総理が長くマサムネと付き合っている内に気付いた事だが、実は両者はまったくもって異なる性格である。


 その繊細な操縦技能を持たされた故だろうか、マサムネは飄々としているようで、どこかナイーブなところがあった。


 そしてマサムネは人間に作られた存在故だろうか。粕谷正信が持つ奇想天外な視野というものが欠けていた。


 しかし常人にはけして到達できぬ視野が持てぬからといって、それが何の欠点になるだろう?


 総理はかつて自身が口にしてしまっていた事を長く後悔していたのだ。


「まあ、この話が出たのなら、私もずっと気にしていた事があるのですが……」

「なんじゃ?」

「もし私ではなく、粕谷正信本人ならヨーコちゃんとその仲間を救えていたと思いますか?」

「…………」


 総理という男は嘘はつかない。

 そして人の情を知る男である。


 その事を良く知るマサムネにとって総理の沈黙こそが答えであった。


「もしかすると、と思わんこともない……」

「珍しく思わせぶりな口ぶりですね」


 しばらくして口を開いた総理の表情に浮かんでいたのはやはり深い後悔であったが、それはけしてマサムネを責めるものではなかった。


「儂らは馬鹿正直にヨーコちゃんたちをこの子の要望通りに連れていったじゃろ? それでまんまとトヨトミの屑どもにハメられたわけじゃ……」

「いや、さすがにA地点からB地点までの護衛ってミッションで『連れてかない』って選択肢は出てこないでしょうよ」

「かもしれんのう……」

「……もしかして、それが私とモチーフ元との差ってやつですか?」


 後悔に背を押しつぶされそうになった老人はそれでも無理して頭を振って下手な笑顔を作ってみせる。


「よそう。こんな話は……。儂の横にいて供に戦ってくれたのは貴様じゃ。儂はそれで充分じゃよ」

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