2 最後の日は貴方と共に
吹き荒ぶ砂嵐の中を鋼の巨人が歩いていた。
1歩進むごとに足は砂に踝まで飲まれるが、疲れを知らない巨人は歩みを止める事なく友でもある敵を探して進んでいく。
その巨人はHuMo。戦うために作られた人型の機動兵器である。
全高14.2mとトヨトミ重工製らしい小型の機体でありながらも見る者誰しもに重厚な印象を与えるのはこの機体が重装甲だからとか、あるいはゴテゴテと各所に取り付けられた追加装備のせいではない。機体の根幹であるフレーム自体から太いのだ。
ランク6格闘戦特化機「竜波」。
機体特性を最大限に活かすべく手持ちの武装を装備していないその機体はその代わりに腰部に自立可動式の機関砲を、さらに肩部装甲上には威力こそ低いものの高速な小型無誘導ロケットのランチャーを装備している。
他に背部と両の脚部に装備された増加スラスターは得意の戦闘距離に入り込むための爆発的な加速をもたらしていた。
だが、そのスラスターも今は火が入れられていない。
ロケットランチャーも機関砲の砲口にも砂塵を防ぐためのカバーが掛けられている。
竜波はその胸の内に秘めた闘志を熾火のように隠したまま熱を保ち続けているのだ。
胸部装甲の内側のコックピットに座して機体を駆るパイロットの男もそれは同様。
齢90を越えてなお背筋がピンと伸びた男がコックピット内で各種モニターに目まぐるしく視線を動かし続けていた。
HN「総理」。
VRMMOロボットアクションシューティングゲーム「鉄騎戦線ジャッカル」のβテスト最終日、ラスボス戦に今まさに挑まんとする男である。
だがこのゲーム、少なくともβテスト版においては最終BOSSなどというものは設定されていない。
他にもラスボスに類するであろう大型レイドイベントなどの予定も無し。
かといって男がアルツハイマーなどの痴呆を患っているわけでもない。
彼にとってはいるのだ。
この終わる世界の締めくくりに相応しいだけの男が。
1年間のβテストの集大成に足るだけの敵が。
どれほど砂漠の中を進んできただろうか。
視界はゼロに近く足元付近くらいまでしか見えず、金属成分を多分に含む砂の嵐の中ではレーダーもサーモもマトモには動いてはくれない。
マップ画面と僅かながらの視界で1歩ずつ歩を進めていたその時である。
「……来たか」
いつの間にか、その場の空気が重くなっていたように感じた。
ただそれだけである。
かといって砂嵐が弱まったとか、気圧が変わったとかそういうわけではなく、あくまで老人の感覚的なもの。
即ち、殺気。
老人は自身の直感を信じて機体を左に跳ねさせると同時に、つい先ほどまで自身がそこにいた場所が爆ぜて盛大に砂を飛び散らせた。
少し遅れて砂嵐の音の中に砲弾が大気を切り裂いて飛んでくる音が混じって聞こえてくる。
不可視の射手からの狙撃を回避したのも束の間、敵は老人の癖を知っているかのように次弾を次々に撃ちこんできた。
いや、“知っているかのように”ではない。
事実、敵は老人の事を良く知っているのだ。
そして老人もまた敵の事を良く知っていた。
砲弾が飛んでくる方へ目掛けて適当に腰の機関砲と肩のロケットを乱射しながら老人は機体を駆けさせる。
追加した装備の重量のせいで一歩ごとに足は砂に取られて速度は上がらないが、まだスラスターは使わない。
飛んでくる砲弾が火球のように見えるように、スラスターを使ってしまえばいかに砂嵐の中であろうとその青白い炎が遠くからでも見られてしまう可能性がある。
だが、そんな老人の考えを嘲笑うかのように遠くで青白い輝きが見えた。
狙撃手は居場所を気取られるのを何とも思っていないという事。
「どれ、乗ってやるかの……」
自分一人しかいないコックピットの中で独りごちた老人は両脚で一気にフットペダルを踏み込んでスラスターに点火して一気に加速する。
「どうした? もっと弾をバラ撒いておけば1、2発くらいは有利取れとったかもしれんぞ!?」
「いえいえ。こんな近くまで来ておいて、まだ私に気付いてくれてないみたいなんで居場所を教えてさしあげたまでですよ!!」
老人と敵との通信はあまりに不自然なくらいに明瞭なものであった。
仮想現実の世界で架空の惑星の森羅万象を演算するこのゲームのエンジンにとって、電波やレーザーなどあらゆる通信手段を使おうがこの金属質の砂嵐の中でマトモな通信が行われるとは思えない。
事実、両者の通話はゲーム内世界とは別種、一段階上のメタ次元のものである。
それはプレイヤー間、あるいはプレイヤーとそのユーザー補助AIの間で用いられるシステム状の通信システムであった。
「そもそもランク6の機体相手にアドバンテージ取る必要なんかないでしょう?」
「ふん、言っとけ!!」
前方で小さく輝く青白い炎に機関砲を連射。
敵は小さく跳びはね、老人は着地地点目掛けてロケットを連続発射するも、どうやらその場所と老人の機体との間には小さな砂山があったようで想定よりも近い地点で連続して爆発が起きる。
そこでそれまでが嘘のように砂嵐が晴れた。
2人の戦いの邪魔をするのが躊躇われたかのようにサアと音を立てて過ぎ去っていく嵐の後で、そこにあったのは赤茶けた砂漠と雲一つ無い青空。
そして赤い巨人と黒い巨人。
赤い機体は老人の竜波。
黒い機体はランク10「建御名方」である。
老人の機体とは対称的に建御名方の機体構成はシンプルそのもの。
武器はバトルライフル1丁のみに予備の弾倉がいくつかだけ。ライフルには銃剣すら取り付けられていない。
「銃剣はどうした?」
「少し悩みましたが、少しでも機体重量を軽くしたくて置いてきました。貴方を翻弄してボッコボコにしてやるために。それより私たちの最後の戦いが砂漠みたいな特殊な戦場で良かったんですか?」
「ああ、貴様のような青二才を翻弄してボッコボコにしてやるためにな」
砂嵐が晴れた途端、両者は動きを止めて名残を惜しむかのように語らい始めていた。
1年間に及んだ「敵機戦線ジャッカルONLINE」のβテストも現実世界の時間で本日24時を持って終了。
1年間とはいえゲーム内の時間は現実の10倍に加速されている都合上、この世界では10年の時が流れていた。
ゲームのプレイヤーである老人は四六時中ゲームの世界に没頭していたわけではないとはいえ、それでもやはり長く連れだってきたパートナーとの別れは感慨深いものがある。
それ故に老人と彼のパートナーであるユーザー補助AI「マサムネ」はこの世界の締めくくりとして戦う事を望んでいたのだ。
マサムネというAI、初期状態でこそHuMoのライセンスを持っていないものの、免許取得後は非常に高い操縦技能を発揮してくれる。
だが100種類近いユーザー補助AIの中で、マサムネの使用率はけして高くない。むしろ低いくらいだ。
その理由は「ライセンス取得後のマサムネは一定期間ごとにプレイヤーを裏切り、その保有しているHuMoの中でもっともランクの高い機体1体と武装、ゲーム内通貨であるクレジットを奪って脱走する」というものであった。
老人とマサムネがこうして戦いの場で対峙しているのもそのような事情による。
だが、今回ばかりはいつもと事情が違っていた。
マサムネの方から「最後にもう1回、やりましょうよ」と脱走を告げ、老人も「必要な物はあるか?」と装備を用意してやっていたのだ。
そもそもが今日がβテスト最終日、老人からしてみればわざわざ機体を奪って逃げるマサムネの相手をしてやる必要などないのだし、マサムネとしても本来ならば老人が仲間を連れてきた時のためにもっと武装を持っていなければならないハズであった。
すべては2人の間の友諠である。
老人はただ1人で戦いの場に赴き、マサムネは老人ただ1人を討ち倒すべく機体構成を考える。
「さあて、どっちが“上”でどっちが“下”か、そろそろケリを付けましょうよ!!」
黒い建御名方はその砲口を向けた相手が用意してくれたヘビーバレルのライフルで意思を示す。
「済まんのう。若いのに華を持たせてやれなくて……」
赤い竜波は機関砲とロケットランチャーを投棄して友である敵である男が駆る機体に拳を向ける。
竜波の手は一般的な機体に比して大型であり、ただ手持ち武装を持つためのアタッチメントではない。
それ自体が強力な武装である。




