55 決着
やはり衛星軌道上から降下してくる巡洋戦艦がトヨトミの最後の切り札であったのだろう。
空に赤く輝く巨艦が消滅して数秒後、レーダー画面に赤い点で表示されていた敵部隊が赤と緑が交互に切り替わる点滅へと変わっていく。
最初は突撃を敢行中であった空母から、それから徐々に伝播していくように艦船もHuMoも赤と緑の点滅の表示へなっていった。
「……降伏の打診?」
「今回のミッションはあの巡洋戦艦の撃沈を持って終了という事っス!」
「俺としては降伏を受け入れてもいいと思うのだけれど、もっと稼ぎたいって奴はいるか?」
てっきりマーカスなら「落ちてる金を拾わない奴はいないだろ?」とばかりに降伏を無視して攻撃を続行するものかと思ったが、意外にもそのまますんなりと受け入れるつもりで率先してオープンチャンネルで敵残存艦隊へと指示を出す。
「中立都市傭兵組合所属の個人傭兵、マーカスだ。貴官らが当方の要求を受け入れたのを確認した後に降伏を承諾する。トヨトミ艦隊各戦闘艦は火砲全門を最大仰角で天に向けその場に着陸せよ! HuMo部隊各機は所属艦に戻るか、あるいは友軍パイロットの救出にあたる機体はその場で武装解除せよ! 指示に従わない場合は敵対の意思有りと見なす! 繰り返す……」
敵はハイエナやらジャッカルではなくトヨトミの正規軍であるためにそのようにNPCの性格パターンが設定されているという事であろうか。
たった今まで激しい戦闘を繰り広げていたというのに敵の武装解除は速やかであった。
マーカスの指示通り撃破された機体から脱出したパイロットを回収する機体はライフルを捨てミサイルランチャーをパージしていたし、損傷の激しい機体も誤解されないようにか自主的に武装を投棄して母艦へと戻っていく。
破損により胸部装甲が変形してしまいコックピットハッチの解放ができなくなった機体からパイロットを救出するためにナイフの使用の許可を求めてくる者もいるくらいだ。
「意外だな。貴様はノーブルを強奪するくらいだ。降伏なんて無視して敵を殲滅するかと思っていたぞ」
私と同じ事を考えていたのはカーチャ隊長も同様であったようで敵の降伏を見守りながら嫌味混じりの言葉を投げかけてきていた。
「いろんな考え方もあるんだろうがね。この機体は力の象徴みたいなもんだろう? 『敵は殺すしかない』だなんて力無くて選択肢が持てない者と大して変わらないさ」
「その機体が力の象徴というのには同意できないな」
「ほう。では、君にとってノーブルとは何なのだね?」
「……さあてな。今は『貴様との因縁』だろうがな」
敵の降伏はあまりにも整然としていて、それを見守るマーカスもカーチャ隊長も気だるげながらもどこか言葉に乗せた意思の炎をぶつけあっているようであった。
今、この場でこそ2人は共に戦う仲間である事を選択したが、次に会ったならば間違いなく殺し合いになる。
それだけは間違いない。
いかにマーカスがNPCの好感度が上がり易くなるスキルを取得していたとしても愛機をかっぱらっといてチャラにしてくれとはならないのだ。
それからしばらく。
敵艦艇の全てがその場に着陸し、武装解除が進んでいるのを確認してからマーカスの次の要求が告げられた。
「本件の賠償としてトヨトミ側から当方への軽巡洋艦2隻の譲渡を要求する」
「はぁ? おま、巡洋艦なんて貰ってどうすんだ?」
敵艦が着陸し、こちらの攻撃を回避できない状況になってから戦闘艦をよこせと要求。
う~ん、これは酷い!
「1隻は売って金にして皆で分配しようかなって。どうせヨーコ君たちだって今回のミッションの報酬なんて払えんだろ?」
「そらそうだろうけどよぉ……、で、もう1隻は?」
「サブちゃん、今度、パパとクルーザーでどこか遊びにいかないかい?」
「そらクルーザー違いだッ!!」
私の知る限りレジャーに使われるクルーザーとは大型のプレジャーボートの事であって、断じて巡洋艦の事ではない。
だが、そんなマーカスの素っ頓狂な提案に対しても巡洋戦艦をワンパンで沈められたトヨトミ指揮官はもう心がポッキリ折れてしまっているのか前向きに検討しているようだった。
「それなら軽巡1隻とあとはクレジットでの支払いにならんか……?」
「かまわんけど軽巡は陽炎を搭載できるタイプでヨロシク~!」
「それなら最上級になるが、最新鋭艦なんでクレジットの方は5億クレジットくらいでまけてくれ……」
頼みの綱の巡洋戦艦は沈められ、艦隊は被害甚大。おまけにこちらにはホワイトナイトシリーズに巡戦を1発で沈める火砲まであると意気消沈のトヨトミ指揮官は一息ごとに溜め息をつきながらもなんとか交渉を続ける。
「5億? ええと、カーチャ隊長、カミュ、マサムネ、爺、マモル君たちにローディーに分割するとして……、まあ、いいか!」
「え、いや……、私とカミュはそんないらんのだが……。機体の整備補給費だけもらえれば……」
「ああ、整備とか補給とかはこれから昨日泊まったトコで打ち上げしに行くから気にしなくてもいいぞ」
「は? 貴様、ノーブルをパクった事がバレて、これから打ち上げとかよくも言えたな!?」
カーチャ隊長の言う事ももっともではあるが、それよりも私には気になる事があった。
降伏が認められた事でトヨトミも大人しくなった事だしとタブレットを開いてデータベースを開いてみると「最上級軽巡洋艦 全長382m 全備重量60,000t」となっている。
「……虎代さ~ん」
「お、なんスか?」
「その最上級って乗組員とか何人くらい必要なんだ?」
「500人ちょいじゃなかったっスかね?」
このサイズの戦闘艦の乗組員として500人というのが多いか少ないかはともかくとして、問題はだ……。
「なあ、マーカス。お前、巡洋艦なんてガメて乗組員はどうするんだ?」
「なんだ、そんな事を気にしてたの? トヨトミに行くハズが裏切られて行き場を失った人たちがいるじゃろ?」
「虎代さん的にはアリなん?」
「う~ん、……何を今さらっていうか」
虎代さんは肺の中の空気をギリギリまで絞るだすように唸った後でポツりと許諾の意思を示す。
ま、確かにノーブルをパクって、BOSS属性付きで強化された陽炎も奪い、VR療養所の無料補給の制度まで悪用したマーカス相手には「何を今さら」としか言いようがないのであろう。
「で、どうする、ヨーコ君? 中立都市全般が嫌いでも、その中立都市に所属している連中でも君たちのために戦った者の事は信じてみようって気にはならんかね?」
「…………」
「ヨーコちゃん……?」
「ママ……」
私の後ろでヨーコはしばらく悩んでいたが、それでも答えはさほどかからずに出たようであった。
「ママ、私はマーカスさんのところでお世話になろうと思うの。乗組員にあぶれた人は……」
「ああ、それも心配しなくてもいい。昨日のVR療養所で人手が足りないらしくてね。そこで雇ってくれるらしいぞ。もし君が母親と大人しく暮らしたいというのなら君も行くといい」
「ううん。やっぱりねぇ、私はHuMoを弄っていたいし……」
「ならママも一緒に行くわ!」
「うん!」
結局、絶望し生まれ育った場所を捨てる決断をした少女は目指していた場所に辿り着く事はできなかった。
それでも再び出会えた母に大きく頷いてみせる少女のその声は希望に満ち溢れたものであったのが私にとっては救いである。
それだけで今回のイレギュラーなミッションを受けて良かったと思えた。
だが、そんな私の感傷もわずか一瞬で消し飛ばされてしまう。
「それじゃ今からヨーコ君が『クイーン・サブリナ号』の艦載機整備主任だ!」
「え……?」
「うん! マーカスさんも艦長もこれからヨロシクにぇ~!」
「いや、ちょっと待て、お前ら! なんだよ艦長とかそのふざけた艦名は……」
「ハハ! さすがに巡洋艦1隻で“提督”は恥ずかしいだろうからな。それはもうちょっと待ってくれよ!!」
今回で「第3.5章 白い連星、命の輝き」は終了となります。
次回から少し番外編「終わる世界で昔の約束を」をやろうと思います。
理由は主人公さんがマーカスに勝つ道が見えないために構想のためです。
楽しんで頂けたらブクマ&評価&いいねよろしくおねがいします!!




