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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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51 虎瞻月光

「足を止めんじゃねぇ! どっから狙い撃ちにされっか分かんねぇんだぞ!?」


 前方の征電小隊との距離が近づいて、私は少しでも射撃精度を上げようと機体の速度を落としはじめた時、通信でローディーの怒声が聞こえてきて私は反射的にフットペダルを踏み込んでパイドパイパーを右側へとスライドさせる。


 幸いにも目標としていた敵小隊はローディーの弾幕とパンジャンドラムの爆発がもたらした混乱でこちらに反撃をしているどころではなかったのだが、私が右方向への移動を開始した直度にどこからともなく数発のグレネードが飛んできてCIWSが迎撃を開始。

 そのほとんどは撃ち落とす事ができたものの、1発はつい先ほどまで私が進んでいたルートに落ちて炸裂、周囲へ土塊と破片を撒き散らしていた。


「す、すまない!」

「気にすんな! それより俺たちは敵を倒す事よりも食い止める事を優先するべきだろ」


 足を止めるとどうなるか。

 その答えは目の前の征電小隊が「射手座」の狙撃によって撃ち抜かれて爆散していく光景によってまざまざと思い知らされた。


 味方は私とローディーを除けば極めて強力な戦闘力を持っている。

 それでも数が少なすぎる。

 前線の味方を抜けてくる敵の数も増えてきて、確かにローディーの言うように敵機の撃破に固執しないほうが良さそうだ。


「また来るよ~! 2時の方向から4機小隊、その後ろにも3機。11時の方向にも4機ぃ!」

「オ~ライ!」

「嬢ちゃんは俺からあまり離れるなッ!」

「応ッ!」


 私の右手側、4機と3機の敵の間にコルベットから発射された対地ミサイルが降り注いで分断されたのを見て私は好機と前面の4機小隊の辺りへとサブマシンガンを連射。


 攻撃よりはここは回避を優先。

 ホバーで機体をスラローム走行のように左右に振りながら連射を浴びせ続ける。


「銃身が灼けちゃうよ~! フルオートはここぞという時だけにしてバースト射撃を使って~!」

「そうだな! それより機体を思い切りブン回すからシートベルトはしておけよ!!」


 私のパイドパイパーは背中に特殊兵装用のコンテナを背負っている都合上、重心が胴体に寄っている。

 つまり一般的な機体に比べて手足を振っての機体制御が鈍いわけだ。


 だが迫ってくる敵の火線を躱すのにそんなお上品な動作では被弾を待つだけである。

 そんなわけで私は乱暴に手足を振り回し、時には大地へ足底を蹴り込んで無理矢理にでも急旋回させなければならなかった。

 たとえ後部座席にヨーコがいたとしてもだ。


 マーカスの予想ではヨーコにはカーチャ隊長のような不死属性が付いているのではないかという話ではあったが、それも確実というわけではないし、例えヨーコが死ぬ事はないにしても幼い体で砲弾の雨を掻い潜る際のGはただならぬ負担があるだろう。


 それでもヨーコは泣き言1つ言わずに、それどころかオペレーターのような役割まで果たそうとしてくれていた。


「……っっっ!!」

「大丈夫かよ!?」

「……ぃじょうぶッ! それより正面に新手ぇ!」

「ローディー!」

「任せろッ!!」


 ただ名を呼び掛けただけでベテランは全てを察して私の正面へと濃密な弾幕を送り込んでくれる。

 その隙を使って私は新手から距離を取る事ができた。


「敵艦隊の前進が止まってる! もう少しだから頑張って~!」

「おう! ヨーコももう少しだけ耐えてくれ!」

「うん! 負けるもんか。私は……、私たちは生きていたいんだ! 生きて、幸せになりたいんだぁ!!」


 そりゃ私は実際にHuMoを操縦しているというのもあるだろうが、仮にヨーコと席が逆であったとしても私に全体マップに目を通す事ができただろうか?


 ここまでくるとヨーコが天才として設定されたキャラクターだとかもはや関係無いだろう。


 気迫。

 ただ絞り出せるだけの気迫でヨーコは戦場に食らいついていた。


 その上で彼女は自分ができる事をやろうという気概を見せてくれていたのだ。


 運営チームの誰かは知らないが、ヨーコの仲間をすべてまとめて炎で焼いて彼女を復讐鬼に仕立てあげようと運命を作るなら。

 ならばその運命を捻じ曲げるしかない。


 たとえそれが噛みしめた歯が砕けんばかりに辛い道であろうとも。

 たとえ私たちが娯楽のための虚構の世界に作られた仮初の存在であったとしても。


 私の脳裏に思い起こされていたのはVR療養所防衛戦の終盤、ノーブルで飛燕と空戦を演じたマーカスが地上へと降りてきた時に見た光景であった。


 あの時、機体から降りてきたマーカスは全身を苛むGによって立つのもやっと、いつも飄々としているあの男が全身を脂汗で濡らして今にも倒れそうになっていたほど。


 私にはあの時のマーカスと今、パイドパイパーの後部座席で必死にGに耐えるヨーコの姿がダブってみえるのだ。


「……そうだよな。気に食わないなら必死で食らいついて、必死で抗わないとな!!」

「うん!」


 後ろから飛んできた威勢の良い声に私はそれが強がりが多分に含まれているものだと知りながらフットペダルを思い切り踏み込んでいた。


「ま、前に出過ぎないでぇ! 『射手座』のマモル君から支援が貰えなくなっちゃう~!」

「そういうのもあるか!」


 ヨーコの言葉に私は前進させていた機体を左右に振る。

 時折、前を向いたままの後退を織り込みながらコルベットの前進を待つが、後退に使う時間はほんの僅かのみ。


 後退するというのは前にいる敵の射線から考えたら止まっているのと同じ事。

 精々、曲射兵器を躱すのにはつかえるかという程度でしかないのだ。


 乗機を掠めていく砲弾の雨。

 爆ぜる大地。

 遠くから地面を震わせながら響いてくる轟音は敵の空中軍艦が落ちた時のものか。


 空には恒星よりも大きな火球が作られ、青い軌跡が空に爪痕を残していた。


 大地に倒れ伏していく敵機は死体のように、鉄の墓標のようにも見え。

 そうでなければ爆散してメインカメラが眩むほどの閃光とともに大地を走る突風を作り出していた。


 パイドパイパーは数発の被弾こそあったものの機能損傷は無く、まだまだ戦える。

 だが尽きぬかのように次から次へと現れる敵機に残弾の方が心配になってきた。

 ヨーコの助言でバースト射撃に切り替えていなければとっくに弾切れとなっていただろう。


「クソッ! キリが無い!!」

「そうでもないと思うよ~! 敵艦隊の輪形陣は前面は完全に崩壊、カバーに入ろうと上がってきた後方の艦も次々と落とされてる。まるでマサムネさんもマモル君たちも最初から艦隊戦やるつもりで用意してきたみたいだにぇ~……」

「へっ! それじゃあともう少しだけ気張るとしますか!?」


 だが、そんな話をして気が緩んでしまったというのだろうか?


 爆発する敵機の炎と煙に紛れて地表スレスレを高速で接近してくる敵に気付くのが遅れてしまっていた。


「飛燕!! 特攻か!?」


 戦闘機タイプのハズの飛燕の小隊が脚部を展開したまま地表スレスレを駆け抜けてきたのだ。


「危ねぇ!? 避けろ!!」


 不意に現れた飛燕に私が対処に迷って思考停止していたのは3秒にも満たなかっただろう。


 だが、その間にも飛燕隊はその爆発的な推力でグングンと迫ってきて、次の瞬間に私の機体は撥ね飛ばされていた。


 飛燕の体当たりを食らったわけではない。


「ローディー!?」

「おじさんッ!!」


 パイドパイパーは体当たりかというくらいに激しい勢いでローディーの烈風に突き飛ばされ、ほんの一瞬前まで私の機体がいた場所にいた烈風は飛燕のガンポッドの連射の雨を浴びてしまう。


「チィ! 脚をやられた!!」

「おい! 大丈夫か!?」

「悪ぃ! 少し後退させてもらう!」

「分かった! ヨーコ! カバーに入るぞ!」

「うん!」


 ローディーを撃った飛燕隊はほどなくしてコルベットの対空ミサイルと「射手座」の狙撃によって落ちるが、ローディーの機体は左脚の膝から下が無くなっていた。

 他にも胴にも数発の被弾痕が見て取れ、HPも限界に近いだろう。


 それでもローディーは片足を失った機体に残されたスラスターを使って後退を始めるものの、やはり推力が落ちた事で速度は上げられないようだ。


 私は敵の射線と烈風の間にパイドパイパーを入れて弾受けする事を選んでいた。


「おい! 馬鹿な真似はよせッ!!」

「そんなわけにはいかないにぇ~!! そうでしょ~?」

「ああ、まったくだよ!!」

「俺の烈風はお前らの親世代ボコって貰った改修キットで強化してんだ。もう少しくらい耐えてやるってんだよ!!」

「無駄口叩いてるくらいなら、とっとと下がれっての!!」


 装甲が穿たれ、機体フレームがひしゃげる音と振動。

 コックピットの中はあらん限りの警報が鳴り響いていた。


 だが私たちを、いや、そんな私たちだからこそ敵は水に落ちた犬は叩けとばかりに集まってくる。


 もちろん後方のコルベットと「射手座」からの援護も厚いが、それでも敵はここが攻め時とばかりに押し寄せてくるのだ。


 弾倉交換の隙を狙って距離を詰めてきた紫電改がミサイルの直撃を受けて、すぐ手を伸ばせば届きそうな距離で爆散する。


 しかしその黒煙を跳び越えるようにして別の敵が姿を現す。


「なっ……!? レーダーには……」


 先ほど撃破された紫電改の後ろにはいなかったハズ。

 視界は戦闘による炎や煙、土煙によって悪かったがそれでもレーダーには何も映されていなかったのだ。


 いや、敵がトヨトミなら当然、警戒して然るべきだったのかもしれない。

 レーダーに映らないステルス機の存在を。


「月光かよ!?」

「あ……」


 ヨーコの口から洩れた声にならない声。


 レーダーに映らない黒い機体は高く跳び上がって手にしたナイフをパイドパイパーに突き立てようと振り上げている。


 だが、その次の瞬間には月光は姿を消していた。


 光学迷彩、ではない。

 ステルス機、月光といえどもそんな装備は無い。


 光の奔流に飲まれて蒸発し、文字通りに消滅してしまっていたのだ。


「ふう。ナイスタイミングといったところでしょうか?」


 そして旧型モデルのアシモフタイプ特有の電子音声感丸出しの声とともに後方から駆け込んできたのは陽炎。


 さらに陽炎の背部格納スペースから飛び出してきたのはノーブルではなかった。


 私の担当サマの乗るノーブルではなかったが、その機体は私にも見覚えのあるものであった。


 青紫に染め上げられた細身の機体。

 その機体もレーダーには映ってはいないが敵味方識別装置の反応はある。


 こちらも月光であった。


「陽炎は前進して最前線の味方を支援して頂戴」

「イエス、マム!」

「そ、その声はぁ……!」


 月光のパイロットである女性の指示で陽炎は前進を開始、持てる限りの火力をもって敵を薙ぎ払っていく。


 だが、ヨーコが反応したのは窮地を救ってくれた陽炎ではなく、月光を駆る女性にであった。


 ヨーコの声はトヨトミの裏切りを知った時のように涙混じりのものであったが、それでいて歓喜の情に溢れている。


「……因果なものね。まさかアナタがその桃色のコンテナ付きに乗っているとはね」

「ママっ、ママなのにぇ!?」

「ええ。久しぶり、ヨーコちゃん!」

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