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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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41 山下とマーカス

 マーカスは次に私やマモルたちを引き連れて格納庫へと向かった。


 船団到着当初の混乱は解消し、人や車両がシステマチックに動く格納庫の中へと1機のHuMoが入ってくる。


 両の側頭部に2本の婉曲した装飾的な意味合いの強いアンテナを持つその機体のパイロットこそがマーカスのお目当てであったようで、私たちは手近にあった1輌の牽引車(タグカー)を借りて件のHuMoの後を追った。


 途中、運営職員の駐機スペースにさしかかるとそこでマモルたちを降ろし、私とマーカスは2本角のHuMoの足元へと向かう。


「おお、マーカスさん。今日はどうも、子供たちも喜んでいるでしょう?」

「うっス。こちらこそこんな大所帯の補給やらなんやら助かりました」


 2本角の機体、センチュリオン・ハーゲンから降りてきたのはこのVR療養所の責任者である山下である。


 マーカスと山下は大人らしく穏やかな笑顔を浮かべて挨拶を交わしていた。


 前のハイエナ・プレイヤーの襲撃の時には戦闘で血気盛んになっていたせいかマーカスは「ハゲ」だのなんだの言っていたが、さすがに今日は意外なほどに大人というか社会人らしいものである。


 まあ、最近はちょいちょいここに温泉に入りにきて山下と顔を合わせているので当然といえば当然か。


 一方の山下の方もマーカスがマモルたちと作った花壇で女の子たちが喜んでいるのを見たりしているので馴れたものだ。


「なあに別に貴方が連れてきたNPCに補給したところで弊社の収益にはなんら関係はないでしょうからね。お安いもんですよ。それよりもカミュ君とカーチャ隊長の2人をここに連れてきたら子供たちも喜ぶだろうとは分かっていても、その手立てが無くて悩んでいたんですよ」

「そら、そうでしょうなぁ。あの2人が自発的にこの場所を訪れるわけがない。ここはそういうふうに作られているんでしょう?」

「ええ。子供たちを連れて中立都市の見学ツアーとかも考えてみたのですが、それでも2人に確実に会えるわけではないのですからね」


 私たちは山下に促されて壁際のベンチが置かれた整備員の休憩スペースに向かい、彼の部下から手渡された微糖の缶コーヒーを受け取って、マーカスにも進める。私にも勧められるがまだフードコートから持ってきていた生ジュースが残っていたので遠慮しておいた。


「ところでマーカスさん。貴方、また面倒事に首を突っ込んでいるんですね」

「そういう性分という事にしておいてください。で、『面倒事』だなんて言い方をするって事は山下さんもヨーコとその仲間たちというNPCがどういう役割を持たされているかご存知なんですね?」


 マーカスの問いかけに山下は少しだけ躊躇したかと思うと一気に缶コーヒーを煽った。


「因果なもんですなぁ。私は元々、VR療養所計画のため厚労省との折衝のためにヘッドハンティングされてこの会社に入ってきたんです。それでもこのゲーム内の各NPCにはほとんど本物と見分けがつかないような疑似人格が与えられている事も理解しているし、何よりここで子供たちに偽りとはいえ穏やかな生活を与えられる事に誇りを持っているんです……」


 かたや現実世界で難病に苦しむ子供たちに仮想現実の世界で癒しの場を与え、かたやその子供たちとほぼ変わらない子供たちや老人を死なせる。それもヨーコという1人の強力な敵性NPCを作り上げるため。


恣意的に作られた事はなんとも矛盾に満ちたものである。


 山下は自らに罰を与えるが如くにコーヒーの苦みを求めたが、むしろ人口甘味料の薄っぺらい甘さこそが彼を苛んでいるように思えた。


「でも、このゲームのウリは自由度の高さなんだ。運営の思惑なんか潰してもかまわんのでしょ?」

「ハハ! 貴方ならそう言うでしょうな!」


 死すべき運命にあるヨーコの仲間たちがこれから味わうであろう苦痛に祈りを捧げるようにベンチに座った山下さんはコーヒーの缶を固く握りしめ背を丸めていた。


 続くマーカスの言葉に山下は救いを見出したように顔を上げて明るい顔を向けるが、すぐに思い出したかのようにその表情は消え失せてしまう。


「まぁ、無理な話でしょう……」


 山下はマーカスがホワイトナイト・ノーブルを奪った手際と、そのノーブルを駆った際の戦闘力を知っている。

 その彼をしてもやはりヨーコたちの仲間を救う事はできないというのだ。


「基本的には貴方の言うとおり。このゲームのプレイヤーの1人である貴方が潰したいと思うなら潰してしまえばよろしい。でもね。基本的にはプレイヤーにも倒せるハズのホワイトナイト・ノーブルも実質的には倒す事ができないのと同じように、救えるハズのヨーコの仲間も実質的には救えないのですよ」

「ええ」


 以外にもマーカスはヨーコの仲間、そしてヨーコ自身を救う事ができないという言葉をすんなりと受け入れていた。


「このゲームのシナリオは基本的に獅子吼ディレクターが『鬱展開も力でねじ伏せ張り倒す』っていうスタンスにしているんです。ハハ! 私はあの人のそういうプロレス理論は好きですよ。でもこのゲームのディレクターは彼女1人ではないし、この広大な世界の全てに彼女の目が通せるわけもない」

「つまり、ヨーコの闇堕ちイベントはその獅子吼ディレクターの管轄外にあると?」

「そういう事。そして担当ディレクターは獅子吼ディレクターのスタンスを知っていながらも先ほどのノーブル理論を持ち出した」

「ああ、『倒せるハズだけど、実質的には不可能』ってヤツ?」


 確かに以前のトクシカ氏の護衛ミッションなんかは虎代さんのプロレス理論とやらの際たるものだろう。

 あのミッションも失敗したらトクシカ氏の他にも難民キャンプの大勢のNPCたちが犠牲になるハズのものだが、クリアすればそのまま守ったものたちの賞賛の声を雨のように浴びる事になるミッションであった。

 運営の想定よりも早い段階でイベントが発生したものの、そうでなければ難易度的にもミッションクリアが前提のものである。


 マーカスは運営の内情を聞いて呆れたとばかりに鼻で笑い、それから「ああ、そうだ……」と話題を変える。


「その獅子吼ディレクターってもしかして、以前に言っていたノーブルにご執心の人ですか?」

「そうですよ」

「それなら山下さん、1つだけ伝言を頼まれてくれませんか?」

「はあ、なんでしょ? 今言ったとおり、この件は他のディレクターの所管なのでよほどの事がなければ獅子吼Dは動きませんよ?」


 山下さんが怪訝な目を向ける。


 当たり前だ。

 虎代さんは素っ頓狂な所があるものの、社会人としての枠を逸脱するような事はしないだろう。


 しかし、マーカスはすでに我が策成れりとばかりに大きく口を歪めて言葉を続ける。


「なあに、その獅子吼Dにこの件にカーチャ隊長も噛んでると伝えてもらえればいいだけです」

「ハハ! なるほど、なるほど! それは確かに良い!」


 たったそれだけで山下は空き缶を隣のベンチに置いて両手を打ち鳴らして体を振って喜びを体全体で表していた。


「このゲームのシンボルであるホワイトナイト・ノーブルのパイロットとして作られたカーチャ隊長に泥を付けるつもりかと暗に言ってやるわけか! 傷1つない隊長の戦歴と別の重要NPCとを秤にかけさせるつもりで、しかもゲームのアイコンの1つとして使われているカーチャ隊長の事ならば他のディレクターの管轄に手を出す正当な理由にもなる! いや、でも……」

「うん……?」


 大笑いする山下の様子を見るにマーカスの提案は巧みに運営という組織にぶっ刺さるものであったようなのだが、山下はふと思い返したかのように表情を曇らせる。


「うん、こう言っちゃなんだけど、仮に獅子吼D本人が救援に来てもクソの役にも立たないな……」

「え?」

「いや、マジで。マーカスさんのノーブルにカーチャ隊長のホワイトナイトでも勝てないって話してんのに獅子吼Dなんか来られてもな……。別にあの子が嫌いなわけではないよ? でもホントに役に立たないと思うんだ……」


 さすがにこれにはマーカスも口をあんぐりと開けていた。


「ほれ、私のセンチュリオンはベース機がランク7なのに性能を調整されてランク6にしたものだろ? 運営チームの要職に付いている者にはそんな感じでランク6の専用機が用意されているんだけど、獅子吼Dは「自分用のノーブルが欲しい」とかゴネてね。プロデューサーにキレられてランク2にされたんだよね」

「ええ……?」

「あ、今はランク4に格上げされたんだったかな? まあ、どの道、本人の腕が悪いから同じでしょ」


 そこで私はマーカスの顔に張り付いた表情にこらえきれなくなり笑い出してしまった。


 その技量もさることながら、いつも全てを見通しているかのようにあらゆる事態を想定してきたマーカス。

 そのマーカスも虎代さんの無能っぷりはさすがに想定外だったようで、がっくりと大きく肩を落としていた。


「いや、こないだ山下さんが思わせぶりな事を言うから……。俺はその内、黒いノーブルに襲われるんじゃないかくらい想定していたのに……。だったらその戦力をヨーコたちを助けるために使わせるつもりで……」

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