37 そこはまるで玩具箱をひっくり返したようで……
2本の滑走路を使ってとはいえ避難民たちの船団は大所帯。最後にマーカスの大型輸送機が着陸したのはそれから1時間半も経ってからであった。
私はHuMoのコックピットにいたのもあって一足先に降下し以前にも来た事がある格納庫へと向かっていく。
私たちが引き連れてきたのがハイエナの家族たちという事もあってか、滑走路周辺では武装したHuMoが警戒しているが、それ以外はおおむね歓迎ムードといってもいいだろう。
輸送機から降りてきた避難民たちには炊き出しが振る舞われ、病人や怪我人はストレッチャーや担架で運ばれてメディカルポッドへと向かっていく。
私は格納庫内にいる避難民や療養所の職員たちを蹴とばさないよう細心の注意をしながらパイドパイパーを歩かせていると、武器ではなく手持ち式の誘導灯を両手に持ったセンチュリオンの回収機を見つけて通信を試みる。
「あっ、山下さん。どうもありがとうございます」
「ああ、サブリナちゃんか。いや、子供たちもあの2人が来てくれるっていうんで大はしゃぎだよ」
VR療養所の運営チームはヨーコの未来の姿である「謎の少女」の設定を担当している部署とは別口であるのか、山下さんもヨーコたちを救う私たちのミッションについて思うところはないらしい。
「いえいえ、それよりセントリーって誰のです?」
「ああ。前回、君たちに助けられた時の件もあって運営チームの社員たちにもランク6の機体が用意されたんだよ。さすがに専用機とまではいかないけどチーム専用のデカール付きだ」
「へぇ~」
格納庫や滑走路周辺で警戒に当たっている機体はセントリー、サムソン系のバランスタイプの機体である。
山下さんのセンチュリオン・ハーゲンの前身機に当たる機体ではあるが、山下さんのセンチュリオンがランクを落とされているという事もあってか同じランク6の機体である。
一応、ゲーム内の設定として「ランク1から4は旧式機、ランク5~7が現行世代機」というものが存在する。
サムソン系でいうならばトクシカ氏の私兵部隊が使っていたジャギュアもランク5と現行世代に当たるのだが、ジャギュアとセントリー、センチュリオンの関係は「ハイ・ロー戦略」で説明できる。
比較的低コストで量産できるジャギュアが下位として戦線を支え、その上位機種として激戦区や少数精鋭が求められる戦場のために開発されたのがセントリー。
そのセントリーが十分な性能ではないとして再設計が行われたのがセンチュリオンだ。
……よし。
零式だとかカモR-1だとか良く分からないHuMoが出てきて自身の脳内にインプットされた情報がなんだか信用できなくなっていたが、マトモな機体が相手なら私だってそれなりの知識量を持たされているのだ。
「あ~、サブリナさん? そちらの方がここの責任者なのだろうか? できればご紹介頂けると幸いなのだが……」
「ああ、そうだね。ご察しのとおりそこのセンチュリオンに乗っているのがこの療養所の責任者である山下さん。隊長もとっとと降りてきたらどうだ?」
「えっ? 療養所!? ここは医療施設って事なのか!?」
まあカーチャ隊長が驚きの声を上げるのも分かる。
こんな周囲とは完全に隔絶された山々のド真ん中に地図にも載っていない施設があって、しかもその施設は巨人機でさえも悠々を着陸する事ができる大型の滑走路やら多数のHuMo部隊が配備されているというのに軍事施設ではなく医療施設だと言われれば誰だってそうなるだろう。
「そ、それは本当なのか!?」
「そりゃあご自身の目で確かめてみたらどうです? 子供たちも貴女の事を待ちわびてますよ?」
山下さんに促されてカーチャ隊長のホワイトナイトがコルベットの格納庫からその姿を現すと、格納庫に向かって進みながらコックピットのハッチが開けられていく。
この場所が医療施設かどうかなんていうのは実の所、外から見ても中に入ってみても分からないだろう。
何せ病に苦しむ子供たちがいるのは現実世界。
ここはその子供たちの逃避先でしかないのだから。
それでも滑走路のすぐ傍に設置されたテニスコートやらサッカー場、野球のグラウンドに屋外プールなどは本来は空港機能に支障を及ぼすであろうことは容易に想像できるくらいの距離に作られていて、一目で真っ当な軍事施設でないことは見て取る事ができるだろう。
カーチャ隊長がハッチを開放したのはコックピットの壁面ディスプレーに映しだされているのがとても信じられずに肉眼で確認してみようと思ったからだろうか?
そのせいかホワイトナイトが格納庫に入ってきてすぐに係員を押しのけてやってきた子供たちに囲まれてそこから機体は一歩も進む事ができなくなってしまう。
「何やってんスか? 隊長……、って、子供!?」
さらに続いてやってきたカミュの零式はコックピットを開放していなかったにも関わらずに同じように子供たちに見つけられて取り囲まれる羽目となっていた。
「ハハ、こりゃマーカスさんが言っていた『慰問』というのは何の比喩でもないようだな。カミュ、機体から降りてスマイルでも振りまいてやれ!」
自身も機体を動かすのはしばらく無理そうだと諦めたのかカーチャ隊長がコックピットから出てきてハッチの上に立つ。
「これは……、とことん驚かせてくれるな、まさか防衛隊の管理下から離れた予備2番機がこんなところにあるとはな……」
カーチャ隊長の視線の先にあったのは1機のHuMo。
自身の機体と同じく純白の機体のその両肩には「R」と「X」と赤く記されていたのだった。
その視線に気づいたホワイトナイトR-Xのパイロットもハッチを開けて機外へと出てくる。
軽い調子で片手を上げて挨拶して、顔にはあからさまな作り笑いを浮かべるその優男。
VR療養所の最高戦力であるマサムネさんである。
その事はカーチャ隊長やカミュも彼がセンチュリオンやセントリーではなく、ただ1機だけあるホワイトナイトを与えられている事からも察しているだろう。




