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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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36 中継地点

「おいおい、追手が無くなってしばらくたつけど諦めたのか……?」

「気は抜かんほうがいいのだろうが、確かに追手がパタっと途絶えたのは逆に不気味ですらあるな……」


 空はすでに星空が眩い夜のものとなっていた。


 さきほどまで吹き荒れていた吹雪も無くなり、低い外気温は大気中の塵すら凍らせて地表へと落とし、結果として目が覚めるほどの満点の星空を私たちに見せてくれている。


 私は星空に誘われるように思わずコックピットハッチを開けて肉眼で星空を見てみようとしたが、ハッチを開放した瞬間にまるで千の冷たいナイフが飛び込んできたかのような冷たい突風がコックピットの中に入り込んできて後席のヨーコが「ヒャッ……!?」と短い悲鳴を上げたので慌ててハッチを閉じた。


 仮にヨーコが悲鳴を上げなかったとしてもきっと私は自発的にハッチを閉じていたであろう。


 それほどまでに高度8,000mの大気は冷たく、激しく、何より酸素が薄かった。

 人が生存するためにはあまりに過酷な環境である。


 相次ぐ追手をやっとやり過ごせたという緊張からの緩和のせいだろうがヨーコには悪い事をしたと思う。


「悪ぃ、悪ぃ。コルベットの高度を忘れてたよ」

「うん。まあ、気持ちは分かるよ。ホント、綺麗なもんだにぇ~。ディスプレー越しでも空に吸い込まれそうな気になってくるよ~!」


 カーチャ隊長とカミュは未だ追手を警戒し、さらには追手が途絶えた理由を不審がってさえいるようであったが、私はそのような心配はしていなかった。

 それ故にすでに私の中の緊張の糸は緩み切っていたのだ。


 マーカスが船団の中継地点とし、本日の休息を取る予定の場所にはNPCたちは近寄らないようになっている。

 一般のNPCたちにどのような意図があろうと、その行動基準を無理が無いように歪められて近づこうという気すら無くなってしまうのだ。


 そして、その事を知るのはこの場においてメタ的な視点を持つユーザー補助AIである私だけなのだ。


 カーチャ隊長やカミュ、ヨーコたち避難民たちもNPCではあるがプレイヤーであるマーカスに道を指し示された事でこの場所に来れるようになったというわけだ。


「お、おい! 急に雪が無くなったぞ!? それに気圧も……」

「待て! あの施設はなんだ!? 地図データには何も記されてはいないぞ!?」


 険しい山脈のただ中。

 凍てついた大地の上には氷河が生成され、その上にもブ厚く雪が積もった山々のド真ん中にありながら、その場所だけは草花の緑に覆われていた。


 その中心には巨大で不可思議な施設。


 四角い構造物をいくつも積み重ねた作りは雑な積み木細工を思わせ、その周囲には種々のスポーツのコートなどの娯楽施設が配置され、3,000m級の滑走路が2本も平行に配置された様は空港か空軍施設を思わせる。


「2人とも安心しなよ。マーカスが上手く話を通してくれてんのならここの連中は敵じゃない」

「……その通り」

「ああ、追い付いてきたか」


 いつの間にかレーダー画面には大型輸送機が船団の跡を追うかのように表示されていて、長距離通信が回復したのか私の言葉に続いてマーカスが話しだす。


 それと同じくして滑走路周辺には照明が灯り、赤と緑の誘導灯が焚かれだしていた。

ご丁寧に滑走路周辺には真っ赤な消防車が出てきて事故を警戒。


「マーカスさん、貴方の言葉を信じないわけではないが本当にここの方たちは私たちを受け入れてくれるのか? そもそもここは一体、どのような場所なのだ?」

「大丈夫、大丈夫。そのためにゾフィーさんにはその仮面を外して頂きたいんですがね?」

「おいおい。オッサン、何を言ってんだ!?」

「カミュ君、君の協力も不可欠なんだ」

「はあ……?」

「あ~……、2人が協力してくれたら無料(タダ)で燃料武器弾薬を補給してもらえるのにな~!」


 そういう事か!?

 私はやっとマーカスの魂胆に気付いて腹の底から笑いがこみ上げてくるのが抑える事に苦労する。


 この施設、「VR療養所」は施設利用者である子供たちに無料で補給を行っている。

 さらにそのサービスは施設利用者のフレンドであるプレイヤーにも適用されるが、これは本来は子供たちの両親など家族やリアルの友人たちと共にこのゲームをプレイするためのものが拡大された形のものだろう。


 私はマーカスからVR療養所を中継地点として使うという事を聞いた時、どうやってヨーコたちの大船団に無料で補給を行わせるものかと不思議に思っていたのだ。


 ヨーコたちの船団の護衛にキャタピラーみたいな施設利用者でもいれば話は別なのだろうが、生憎と私たち護衛部隊に彼らはいない。


 以前にマーカスは施設の防衛で多大な功績を上げているとはいえ、それで今晩泊めてもらう事くらいはできるだろうが、船団全ての補給を賄わせるのはいくらなんでも図々しいのではないか? と疑問だったのだ。


「中立都市防衛隊のHuMo隊隊長であるカーチャ隊長と防衛隊の未来のエースことカミュ君がここの子供たちを慰問してくれるって言うんなら、ここの連中も色々と便宜を図ってくれるんだろうけどな~……」

「ええ~!! ゾフィーさんの正体ってあのカーチャ隊長だったにょ~!?」

「あ、おい! オッサン、何を言いだしてんだ!? てか、子供ってどういうこった?」

「……いや、良い。私とカミュが協力すれば本当にここの方たちは我々に協力してくれるのだな?」

「すでにそのように話は通してる」


 この通信をヨーコも聞いているという事を理解していながらも自身が中立都市防衛隊のカーチャ隊長であるという事を否定しなかったという事は仮面を脱ぐ決意はできたという事か。


 そうこうしている内に療養所の管制塔から着陸の許可が下り、事前の打ち合わせ通りに船団の輸送機は1機ずつ着陸を開始する。


 その順番待ちの間はゆっくりと施設上空を旋回。

 航空機の事故の中でもっとも発生割合が多いとされる着陸の時となってにわか仕込みの機長たちの間に緊張が走るが、マーカスは機長1人1人に声をかけてアドバイスを授けたり叱咤激励していた。


 その合間を縫って再びマーカスが2人へ声をかける。


「ああ、そうだ。カーチャ隊長は一度、機体を降りて顔でも洗ってメイクを整えておくといい。カミュ君は……、そうだな、格納庫の隅にでも行って埃でも被ってこい!」

「え……、何で俺だけ……?」


 冷静に考えたらHuMoのコックピットの中にいて戦っていたのだから汗で汚れるのはともかく、埃で汚れるのはおかしいのだろうが、VR療養所の子供たちが知るカミュは防衛隊に入る前のマンガ版の姿なのだ。


 それならば少しくらい薄汚れていた方がそれっぽいという判断なのだろう。


 こうしてマンガ版主人公であるカミュ、マンガ版でも重要人物であるカーチャ隊長のVR療養所慰問作戦が始まった。

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