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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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33 殴り愛

 両脚を斬られた。

 両腕を斬られた。


 老人は思い出す。

 いや、確か最後に見た時、白騎士の王はその赤い大剣を振り下ろしていた。


 という事は先に腕を斬られてから両脚を斬られたのか?


 老人の視界にはただ赤茶けた荒野の土が映るばかり。

 両腕両足を切断された事で老人の鋼の肉体は大地へ崩れ落ち、腕を付く事すらできなかったのだ。


 それでも老人の拡張された感覚は電波によって敵の姿を捉えたまま。

 それによると白騎士の王、ホワイトナイト・ノーブルは大地に倒れた老人のすぐ目と鼻の先にいるらしい。


(トドメまでは刺さんか? 歳を重ねて感傷的になったか? それが命取りじゃ! 武器が無かろうと体ごとぶつけてやる!!)


 老人は気合を入れて機体に残されたスラスターを全力で噴射する。


 が、駄目。


 白騎士の王は軽やかな身のこなしで四肢を失った老人の背を踏みつけていた。

 それによって背部スラスターは機能を停止。


「ええい!? せめて竜波さえあれば!!」

「はぁ? それってランク6だろ? そんな機体で何ができるってんだよ?」


 やはり駄目なのか?

 またあの幼子を救えないのか?


『どうしてだよぉ!? なんで、なんでだよぉ~!?』


 老人の胸の中に悲痛な子供の叫び声が思い起こされた。

 叫び声だけではない。老人はあの幼女の煤で汚れた頬を伝う涙が炎で照らされて煌めいた様すら昨日の事のように思い出す事ができる。


 このゲームのβテスト版で出会った少女を襲う悲劇を食い止めたかった。


 そのための力も得たハズであった。


「CODE:BOM-BA-YE」。

 β版時代の補助AIであったマサムネが運営とやりとりして聞いた話では数万のテスターの中でこの奇怪としか言いようのない現象が再現された事はないという。


 当然ながら多数のプレイヤーが書き込みを行う攻略WIKIにもその情報の一切が記される事は無く、いわば老人だけのスペシャルである。


 それでもあの男には勝てなかった。


 ヨーコたちを護衛している傭兵がホワイトナイト・ノーブルに乗っている事にも驚愕したが、それよりも老人を驚かせたのは白騎士たちの王を駆っていたのがあの粕谷正信であったという事だ。


 だがノーブルのツインアイカメラからの視線越しに感じた殺気は老人のよく知る重苦しいものであったが、それでいてどこかかつての熱量を失ったかのようであった。


 ならば「CODE:BOM-BA-YE」で速攻を仕掛ければ勝機はある。

 そう踏んでいたのだが、結果は御覧の有様。


 ノーブルには僅かな、本当に僅かで手傷とも呼ぶ事ができないような傷を付けただけで、老人自身は四肢を失い背を踏みつけられて昆虫標本のように大地へ釘付けにされている。


「いいや! まだじゃ! まだ終わらせんぞ!!」


 この男にヨーコを任せてしまえば間違いなくあの子は中立都市とトヨトミの境界線まで連れていかれる事だろう。


 老人にはそれが我慢ならなかった。

 ヨーコがこれから辿る運命を知る者はβ版時代のマサムネがいなくなった現状では自分1人だけ。


 ヨーコを救えるのは自分1人なのだと老人は萎えかけていた闘争心に再び火を付ける。


 四肢を切断され、背部スラスターも潰された現状でも老人にはまだできる事があった。


 老人は胸の中が温かくなっていくのを感じる。

 温かさはすぐに熱さとなり、すぐに灼熱地獄となって老人もろとも白騎士の王を焼くだろう。


 通常、HuMoにはよほど特殊な機体でもなければ自爆だなんて機能は無いが、「CODE:BOM-BA-YE」によって機体と一体化した老人ならば話は別。


 ただ単にジェネレーターを限界を超えて出力を振り絞って熱暴走を引き起こせばいい。


 それでノーブルを撃破できたらめっけもの。

 老人も急遽、建御名方を購入したためにクレジットには余裕が無いし、今月の小遣いは残り少ないが年金の残り全額をブッ込んででもすぐさま機体を修復してまたヨーコたちを追えばいい。


 できればノーブルの全損からの修理額がその機体性能に見合っただけのバカ高い金額である事を願うばかりである。


 仮に自爆でノーブルを撃破できなくとも、ヨーコたちの船団ではロクな整備もできないだろう。

 いかにノーブルといえども損傷を負った状態で取り巻きさえいなければなんとでもしてやる。


 なんとも自分勝手で、自分にだけ有利な予想を思い付くものだと心の中で苦笑するが、それでもあの男に一泡吹かせられると思うと痛快である。


 だが、そんな老人の意に反してその背を踏みつける足の力が緩む。


「ふむ。そうか、……そういう事だったか!」


 一瞬、自爆しようとしている事がバレたのかと思った。

 そもそもが機体内の爆弾を起爆するのではなく、ジェネレーターを熱暴走させるという都合上、一瞬にして爆発を起こすというわけにはいかないのだ。

 だが、続く男の言葉は老人には予想外のものであったのだった。


「おう、爺さん。話はだいたい分かった」

「……なんじゃと?」

「だからアンタはヨーコを行かせたくなかったんだな? だが、そういうわけにもいくめぇ。なにせあの子は中立都市にほとほと愛想が尽きてると見える」

「ならばどうする? 見殺しにするか?」

「ハッ!? 分かってんだろ? 死ぬよりヒデぇ目に合うって」


 混乱した頭で思い出すが老人はヨーコがこれからどうなるかなど一言も言っていない。

 それなのにあの男の口ぶりは老人の知るヨーコが辿る結末を既に理解しているかのようであった。


 殴り合わねば互いを理解できない男たちがいる。


 老人とあの男はまさしくそのような間柄であった。


 だが逆に全身全霊を尽くして殴り合えば2人は互いの考えている事を自分自身のように理解し合える関係でもあったのだ。


 その事を思い出して老人はやっと旧知の仲と再会した喜びが胸に到来してくるのを感じた。


「なるほど。あの子に現実を突き付けて、その上で守り切ると……?」

「そういうこった。だが、そのためには手数が必要だ。爺さんも手伝え」

「……貴様ならあの子たちを守り切れるといいたいような口ぶりじゃな」

「分かってんだろ、ペイス」


 もはや老人に言うべき事は何もない。


 あの男も答えは聞くまでもないという事だろうか。

 機体に宿っていた老人の意識がコックピットの中へと戻ってくると、サブディスプレーのレーダー画面に陽炎と大型輸送機が接近してくるのが映し出されていた。


「とりま、爺さんと機体は回収して今日のところはお休みだ。これから行く中継地点で機体を整備して明日が本番ってとこだな」

「は……? 整備なんてできる場所があるのか?」

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