12 騎士の心
フードの下から現れたのはやはりマーカスの予想通りの人物であった。
背は低いながらも人懐っこい表情が特徴的な少年。
歳の頃はライオネスと同じくらいだろうか?
どことなく目や口が大きいように思えるのは元々がマンガ版のキャラクターという事もあって表情を付け易いようにとの配慮だろう。
「ああ、カミュ君か。ヨシツネの調子はどうだい?」
「零式の事をヨシツネと呼んでおきながらカーチャ隊長の事を売ろうとか、どういうつもりだい?」
マーカスが言う「ヨシツネ」というのはマンガ版での主人公機の名称である。
確かマンガ版のあらすじは「いつかジャッカルとしての独り立ちを夢見てベテラン傭兵の元でコーディネーターとして下積みを積んでいた少年カミュはある日、星間犯罪組織に追われる少女と出会う。一度は少女と共に捕らえられて中立都市近郊のアジトにまで連れ去られたカミュであったが、そこで謎のHuMoを奪取して2人はアジトを脱出する。そこでガサ入れに来ていた中立都市防衛隊やベテラン傭兵たちと力を合わせて彼らは星間犯罪組織の陰謀に立ち向かっていく」というものであったハズ。
そのストーリーの流れの中でカミュの物となった試製零式汎用HuMoに「ヨシツネ」と愛称を付けたのが他ならぬカーチャ隊長であったのだ。
私が「試製零式汎用HuMo」と見て気付かなかったのも当然、基本的にマンガ版では児童誌での掲載とあって読者が親しみを感じやすいようにとほぼヨシツネの名で通されている。
当然、その名を知る者は限られている。少なくともゲームにマンガ版の設定が反映されていたのならば。
なのにヨシツネという愛称を知っていながらもカーチャ隊長の事を密告する事を考える私たちの事をカミュはどう考えるのだろうか?
「どういうつもりか、だと? ならば答えてやる。我々の計画において不確定要素は排除しておきたいのだよ……」
ゆらりと私の前へマーカスが出る。
1歩、2歩、3歩と進んでそこでマーカスは止まった。すでに濃密な殺気を放つマーカスは右腕をだらりと脱力させた状態で脚は肩幅よりも少しだけ開いていた。
まさか、ここで殺る気か……?
拳銃の抜き撃ちでカミュを始末してしまうつもりなのか?
周囲には今も脱出準備のために重機やら車両がいきかって酷い騒音に満たされているハズであった。
だが熱く、それでいて冷たい視線を交わす2人の間にはまるで静寂で包まれているかのような緊迫感がある。
「くっ……、『我々』だと……? まさか組織の手の物か!?」
「知らんなぁ……。『俺』と『サブちゃん』で『我々』だ。他の誰も必要無いんだよ……。貴様もあの女もなぁ!」
すげえなあ……。
なんで私の担当サマはすんげぇ自然に悪役ムーブができるんだろうなぁ……。
私も「ゲームでは~」とかメタな事ばかり言ってないでコンパニオンとしてもっと世界観に合った事を言ったほうが良いのかなぁ……。
そんな事を考えて私が現実逃避をしていると2人の間で動きがあった。
先に動いたのはカミュの方、少年は相対している男の意識が自分と腰のホルスターに伸びている事は承知しているであろうに、わざわざ害意が無い事を示すように右手を前に突き出して五指を開いてみせていた。
「うん……? あれ……? オッサンたちは別に組織の奴らの残党とかとは関係無い?」
「ああ」
「で、さっきからちょろっと盗み聞きさせてもらってほとんど聞き取れなかったんだけど、結局、オッサンたちはここの連中を助けるって事なんだよな?」
「ああ、そのために中立都市防衛隊の手先である君たちには退場願いたいのだよ」
私たちの会話を盗み聞きしていたカミュがそのほとんどを聞き取れなかったというのはただ周囲が騒音で五月蠅かったからというだけではないだろう。
ゲーム内の一般的なNPCはプレイヤーやユーザー補助AIがここはゲームの世界、虚構の世界であるという類の話をしていても、それを理解できないように作られているのだ。
「いや~、それな、別に俺たちが戦う必要は無いと思うぜ?」
「あん? 初対面の相手に信用して戦場で背中を見せろとか頭が沸いているのか?」
「まあ、そら、いきなり信用しろっても無理だよな。……ちょっとついて来いよ!」
マーカスの言葉への意趣返しか、カミュは私たちに背中を向けて歩き出していく。
「なあなあ、マーカスさん? ガキに喧嘩吹っ掛けてあしらわれた気分はどう?」
「……とりあえず、ついていこうか?」
確か、マンガでのカミュの性格は陽気でいつも前向きながら、勝気な性格が災いして子供らしさが抜けきらないというものであったハズだが、自系列でいうならマンガ版から数年後が舞台のゲームではそのガキっぽさも抑えられているようだた。
それでいて「信用できない相手に背中が見せられるか」というマーカスの言葉にわざとらしく自分は背中を見せるというのはまたマンガ版のカミュらしい性格とも言えた。
上手くAIの性格設定を作りこんだものだと感心しながら私はマーカスとともにカミュの後を付いていく。
カミュが向かっていたのは彼らが乗ってきたホバートレーラーであった。
「し~! こっからは足音も立てんな……」
人差し指を口元に当ててからカミュはトレーラーの後方から右側面へとゆっくりと顔を出し、私たちも彼に倣って同じように顔だけを覗かせる。
「お~~~い! おいおい! ずずず~ッ! ズビッ!」
そこにいたのは仮面を外したカーチャ隊長であった。
トレーラーの運転席のドアを開けて箱ティッシュを取り出してきたカーチャ隊長が誰にも見られないようにと一人で号泣していたのだ。
トップモデルか大作映画の主演女優もかくやという絶世の美女とはいえ盛大に鼻をかむ姿はさすがちょっと引くが、顔から離したティッシュから糸が引いているのを見るにさすがにこれが何かの演技とも思えない。
「まさに九州男児もびっくりの男泣きだな……」
「カーチャ隊長は女だけどな、まあ、言いたい事は分かる」
私たち3人はまるで見てはいけないものを見てしまったかのごとくに言葉もなく来た時と同じようにゆっくりと貫き足差し足でその場から離れる。
周囲は騒音で溢れているというのに私たちは結局、元のテントの位置まで戻ってきてからやっと口を開く事ができた。
「ま、まあ。これで分かってくれたか? ウチの隊長はここの連中を助けてそっくりそのまま送り届けるつもりでいる」
「いいのか?」
「さあね。でもカーチャ隊長も元々はウライコフの出身なんだ。でも中立都市への亡命中に両親は命を落としてしまったって聞いているぜ? “向こう”から“こっち”へ、“こっち”から“向こう”へ。立場は違えど似た者同士って事なんじゃないか?」
立場的にそれはどうなんだろうと思うが、すでにカミュもカーチャ隊長の考えに乗っかるつもりでいるようだ。
「隊長が前に言ってたよ。『ナイト・ハート』になるためにはただ腕っこきってだけじゃ駄目なんだと。けして力に溺れず、弱き者の盾になり、その気持ちに寄り添えって。なあ、アンタら知ってるかい? なんでホワイトナイトは騎士を模したデザインなのに盾を持っていないのか」
基本的に低ランクのHuMoに盾を持つという選択肢は無い。
片腕に盾を取り付ければ機体の重量バランスは悪化し、両手に盾を持って重量増を招いても結局、盾で防御できる範囲は限定的である。
だったら素直に全身に重装甲を張り巡らした方が良い。もしくは軽量に仕上げた機体で敵の攻撃を回避するか。あるいはその両方の機種を用意して任務に応じて使い分けるか。
だが中ランク以降の機体ならば話は変わる。
増加した機体パワーに姿勢制御システムは盾を持つ事のデメリットを薄め、腕部と共に動かす事ができる増加装甲というメリットを享受できるというわけだ。
当然、それはホワイトナイトシリーズも同様のハズである。
なのに事実、カミュが言うようにホワイトナイトは盾を装備していない。
だが、その理由が分からない。
「うん? いや、分からないな……。マーカスは?」
「いや、そもそも素の装甲で十分だからじゃないか?」
「え? いや、そう言われたら身もフタもないんだけど……、あの、隊長は『ナイトハートと騎士の鎧姿こそ弱き者の盾だから』だと。盾がさらに盾を持ってたらおかしいだろ?」
カミュが話すカーチャ隊長の言葉は中立都市防衛隊員としての心意気としては正しいような気もする。
だが実際はマーカスの推察の方が正しいのだろう。
それよりも先ほどから聞きなれない単語が出てきてるのだが……。
私は内緒話のハンドサインでマーカスに腰を屈ませてから耳打ちする。
「なあ、さっきから『ナイトハート』って何だ……?」
「ああ、マンガ版でのホワイトナイトの搭乗者の事だよ」
ああ、なるほど。ホワイトナイトのパイロットの事か。
心を持たない重金属とセラミックの巨人の心臓にして、心をもたらす者って事か。
「へぇ。かっこいいな……」
「そうかい? そういえばパパも昔は『イーグル・ドライバー』って呼ばれてたんだぞ~!」
「……張り合うなよ」




