9 プラス材料は無し!
「なるほど……、引き受け先があるからわざわざこれほど遠くまで行くわけだ……」
マーカスがわざとらしい声を上げる。
話の流れがトヨトミ側がハイエナの支援をしていたという事の方へといきそうになっていたのを引き戻すつもりなのだろう。
「ここにいる人間の数は? 輸送機にギチギチに詰めればオートパイロットで囮に使える機も出てくるんじゃないか?」
「それが1000人以上もいるんだにぇ~! 多分、飛ばせる船はほとんどギチギチに詰めないと乗り切れないんじゃにゃいかにゃ?」
輸送機やら空中船やらが60機以上もあるのだから中立都市から追撃があった時に空荷の船を囮にすればいいのではないかというマーカスの意見は早速否定される。
「多分、囮に使えても数隻が精々ってとこじゃにゃいかにゃ? 病人やら寝たきりの歳寄りも多いからみっちみっちに詰めて乗せるという事もできないと思うんだよにぇ~」
「なるほど。まっ、病院船だと言っても不法武装犯罪者が戦時条約で守られるわけもないしな。それでは輸送機群の各機種ごとのデータが欲しい。特に速度と航続距離だ」
「ああ、それなら……」
ヨーコがテントの隅の棚からファイルを持ち出して来て開いてみせる。
もちろんこれもデジタルペーパーではなく本物の紙であった。
ファイルの中身は事前にリストアップされてあった輸送機や空中船の一覧と各機種毎の詳細スペックやら整備状況である。
マーカスがファイルをパラパラとめくるといずれのページにも付箋が張られ鉛筆で殴り書きがなされて赤ペンの打ち消し線やら訂正文やらでお世辞にも綺麗な書類とは言えない。
だがこれがヨーコたちが少しでも生き延びる可能性を増やすために費やしてきた努力の形なのだと思えば茶化す気にもなれなかった。
「ふむ……。これの通りなら整備不良で船団に付いていけないという事はないようだな」
「当たり前だよ~! なんたってどの船も私が手をかけてきたんだからね~。航続距離も問題はないよ~。ただ代わりにどうやっても速度はマトモに上がらない機体ばかり」
ヨーコの試算ではもっとも高速な輸送機でも時速500kmそこそこを出せれば御の字。
航空力学など微塵も考えられていない、ただ物を詰めれば良いという箱型の船体にエンジンを取り付けたブリックなどは時速350km出せるかどうかという程度の速力しか出せないのだという。
「君たちは仲間を失った事で自暴自棄になっているのではないか? 失礼だが君たちの事を自殺志願者のサークルとしか思えんよ。何か事態が明るくなるようなプラス材料はないのかい?」
呆れかえった様子のカーチャ隊長が大きな溜め息をつきながら話に入ってくる。
それに対してヨーコは反論するものの、希望を語るもののその瞳に光は無く、どこか諦観の色が混じっているかのようであった。
「……そんな事はないよ~。私たちだって、私だって、こんなとこオサラバしたらもうちょっと真面目に生きてみようと思っているんだからにぇ~。誰にも迷惑かけないで生きてって、将来はHuMoの整備士になりたいって夢もあるんだから」
ヨーコはそれが自身の拠り所であるかのように机の上に置かれたファイルに手を伸ばす。
ファイルの1ページ1ページはトラブルの連続の記録であった。1つのトラブルを解決したと思ったら、また別のトラブルが発生する。
打ち消し線と追記の連続は彼女たちが困難を解決してきた歴史の証明でもあるのだ。
それでもカーチャ隊長の手厳しい言葉に肩を落とした様子の依頼人に助け船をたしたのはマーカスだ。
「まあ、あの陽炎を見れば君の整備士としての才能に異は挟めないな。でも1つだけ良いかな? 誰にも迷惑をかけないで生きている人間なんていないよ。大体、俺たち傭兵は迷惑かけられるための職業みたいなもんだろう?」
「それもそうかもにぇ~。オジサンも人様に迷惑かけて生きてきたクチってわけ~?」
「ふふ。これだけ歳を取っているとね。ヨーコ君が思いもよらないくらいに迷惑かけて生きてきてんだな!」
「ハハ! にゃにそれ~!?」
いや~、マーカスさん?
落ち込んだ子供を励ます大人みたいなていで何か良い事を言ったみたいな雰囲気出してるけど、貴方の隣にバチクソ迷惑かけちゃった人がいますよ?
具体的に言うと愛機を奪った挙句に拳銃でハジいちゃった人が……。
「それもそうだなぁ……。私もこないだ良い歳こいた大人に滅茶苦茶に迷惑かけられてなぁ。おかげで素顔で外を歩く事もできん」
「酷い奴もいるもんだにぇ~……」
「まったくだ」
カーチャ隊長まで乗っかってくるし……。
ていうかマーカス、お前の事だって分かってるのか?
なにをシレっとしたツラで「まったくだ」とか言ってやがんだ?
「ああ、でもでも! プラス材料ってヤツが無いわけじゃないんだよ? 君たちも知ってるでしょ? ちょっと前に中立都市には大規模移民があって新人傭兵が増えたみたいなんだけど、明日から新人傭兵たちのために傭兵組合主催の戦技競技会ってのが行われるんだ」
ヨーコが言う「傭兵組合主催の戦技競技会」というのは他の何でもない。ゲーム内初となる大規模イベント「バトルアリーナ 4on4」の事である。
「戦技競技会じゃ組合が自腹切って豪華景品を用意したみたいで、新人たちはそっちに集中するんじゃないかと、というわけで追手が手薄になるんじゃないかと踏んでるわけよ~」
依頼人の言葉を聞いて私はマーカスと顔を見合わせる。
珍しくマーカスが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。きっと私もそうだろう。
実の所、ヨーコが言っているのはプラス材料でもなんでもない。
追撃の手が手薄になるんじゃないかとヨーコは言うが、中立都市にはプレイヤー以外にも傭兵NPCが山ほどいるのだ。
そしてプレイヤーたちはバトルアリーナイベントに注力するという事は即ち、ヨーコたちに手を貸してくれる傭兵なんていないという事になる。
大体においてあんなワケの分からない依頼文を受ける傭兵などプレイヤーくらいなものなのである。
当たり前だがプレイヤーは死亡してもガレージでリスポーンするのに対して、傭兵NPCは死んだらそこで御仕舞。すぐに同じ外見、同じ性格、同じ役割のNPCが生成されるのかもしれないが、そんな事など死んだ当人には関係の無い事だし、知るよしも無い事。
当然ながらこんな依頼を受けるようなNPCなどいやしない。
ヨーコはバトルアリーナイベントに合わせる事によって自分から手を貸してくれる者を減らしてしまった事になるのだ。




