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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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8 4000kmを駆け抜けろ!!

「ところでだ。なんでまだ大々的に宣伝されたイベントでもないのにカーチャ隊長とマンガ版の主人公が出張ってきてんだ?」


 かたや児童誌での掲載とはいえメディアミックス戦略の一端を担うマンガ版の主人公。かたや模型誌や公式サイトに掲載されているショートストーリーなどで主役扱いを受けているカーチャ隊長。


 マーカスが言うように2人がわざわざ参加してくるようなミッションはバトルアリーナイベントの裏でしれっとやってていいようなものではないハズ。


 恐らくはこれは運営側が仕組んだものではなく、カーチャ隊長を初めとしたゲーム内のNPCたちの思惑が重なって実現した結果なのだろう。

 となれば、そうなるだけの理屈があるハズだろう。


「ん~、その辺はパパも分かりかねるけどさ、こう考えてみたらどうかな? 今回の依頼は傭兵組合の募集掲示板をハッキングして勝手に載せられていたものだと仮定したね」

「実際、依頼人がハイエナの一味だと分かった今なら間違いなくそうだと言えるな」


 私たちは依頼人が待つテントへ向けてゆっくりと歩きながら小声で話す。


「現実の世界の企業とかでもそうだけどさ、傭兵組合も依頼の募集掲示板がハッキングされた事を関知した時点でお巡りさんに通報したんじゃないか?」

「ああ、中立都市のお巡りさんと言えば中立都市防衛隊(UNEI)だな。だからと言ってわざわざ隊長まで出てくるもんかな」

「そらぁ、あの隊長さん、ちょっと前に愛機を奪われるだなんてヘマしたばかりだし、挽回のチャンスでも狙ってるんじゃない」


 中立都市防衛隊、通称「UNEI」は軍の治安維持部隊と警察を合わせたような強力な権力を持つ組織である。

 警察のように極めて軽微な軽犯罪にも顔を出してくるし、軍隊のような強力な装備を有しているのだ。


 なんなら現実の警察が「やむをえなく」という理由をもって犯人を殺害するのに対して、ゲーム内のお邪魔キャラという性格を持っているUNEIはむしろ積極的に中立都市内の治安を乱すと判断したプレイヤーの殺害を狙ってくるのだ。


 その点においては軍や警察のような行政装置というだけではなく、即時に死刑判決を下す司法装置としての一面も有している。

 まあ、ゲーム内で悪い事をしたからといって逮捕拘留から長々と裁判をして罪を償わせるというわけにもいかないのだろうが。


 その戦力の中枢であるHuMo機動部隊の隊長が傭兵組合のサイトがハッキングを受けたからといってこうもフットワークが軽く出てくるとはにわかには信じられない。


 ……とはいえ、それもカーチャ隊長本人の性格を考えなければの話。


 先ほどの気合の入りようを見ればカーチャ隊長は自分の失態は積極的に挽回しにいこうと意気込むタイプであるのは間違いない。


「結局、全部、お前のせいじゃねぇかよぉ……」






「うん? 遅かったにぇ~?」


 私とマーカスがテントに入るとテーブルの上に広がった地図を前に依頼人と仮面の女(カーチャ隊長)が私たちを待ちかねていた。


「そういえば私の名前をまだ言ってなかったかにゃ? ヨーコだよ~!」

「マーカスだ。こっちは俺のコーディネーターのサブちゃん」

「カー……、いやゾフィーだ。外にいる傭兵カミュのコーディネーターをしている」


 ヨーコと名乗る依頼人を前に本名を名乗りそうになってから慌てて偽名を言うカーチャ隊長にマーカスは笑いを嚙み殺すように唇をもごもごとさせていた。


 それにしても間近で見てみると本当にまだ幼いといった形容詞が似合う依頼人であった。


 小さな体躯に、太っているわけではないのだが子供らしくふっくらと膨れた頬を見れば舌ったらずな話し方も納得である。


 だが、そんな可愛らしい体付きとは裏腹にその双眸はいかにもその利発さと意思の強さを窺わせるものであった。


 そして自己紹介もそこそこにヨーコは懐から安っぽく銀色に光る伸縮式の教鞭を取り出して地図のある地点を示す。


「で、早速、依頼の説明なんだけど、私たちが今いるのはここってのは分かってるにぇ~」


 テーブルの上に広げられているのは紙の地図である。

 立体ホログラフィーでもなければ2次元のコンピューター・グラフィックスでもない。

 それがこのアジトの窮状を現しているかのようであった。


「で、私たちの引き受け先はここ!」


 ヨーコが教鞭をスライドさせた先は中立都市支配領域の北方境界線。


「はぁ!?」

「ハハ、こりゃ確かに『超高難易度ミッション』とタグを付けるのも分かる……」


 これにはさすがに驚いた。

 なにしろ大峡谷とヨーコが指し示した北方境界線とは数千kmは離れているのだ。


「ええと、どんくらいの距離になるんだ……?」


 ゾフィーと名乗ったカーチャ隊長が指先で大峡谷と北方境界線をなぞってみるが紙の地図に距離を計算して表示する機能などはない。


「うんと、地図の縮尺が……、だいたい4、000kmくらいか?」

「お、いいトコいくにぇ~! 4,200kmってとこだよ~」


 マーカスが地図の端にかいてあった縮尺を見て大雑把な計算をしてみせると依頼人はその道程の困難で顔を顰めるよりもむしろ笑って見せた。笑うしかないというほうが近いだろうか?


「こちらの戦力は……?」

「君たちが持ってきたHuMoの他に廃棄寸前のポンコツが数機と飛ぶのがやっとの空中コルベットが3隻。後は人員の輸送用のブリックやら輸送機が60くらい。これは戦力というよりはどちらかというと守るべき対象だにぇ~」

「もし中立都市の追撃があった場合には投降の覚悟は……?」

「無い。そんなの死んでもゴメンだにぇ~」


 ヨーコたちはただ4,000kmを輸送機に乗って飛んでいけばいいというわけではないのだ。


 彼女たちはすでに中立都市からハイエナとして認識されているのだ。

 そんなヨーコたちがウン十機の輸送機、空中船で大挙して飛行していれば中立都市の傭兵組合から討伐ミッションが発令されるであろうし、ミッションがあろうとなかろうとハイエナに恨みを持つ設定の傭兵NPCなどゴマンといる。そんな彼らからしてみれば依頼などなかろうとハイエナの大船団など勝手に撃ち落としてスクラップを金に変えてしまおうと考える者などいくらでもいるだろう。


 もちろんイベントがあるとはいえプレイヤーだって出てこないとは限らない。


 仮面で口元しか見えないが投降を勧めるカーチャ隊長も言外に「正気の沙汰とは思えない」と言っているようなものである。


「ちなみになんで北なんだ?」

「ウチらと取引があるのが北のトヨトミでにぇ~、私らがもうどうにもならないってんで受け入れてくれるって言っていうんよ~」

「ここはトヨトミから支援を受けていたということか!?」


 ヨーコの何気無い言葉にカーチャ隊長は色めき立つが、私もマーカスも驚きはしていなかった。


 難民キャンプでのトクシカ氏の護衛ミッションで襲撃してきたハイエナたちは雑多な機種を使ってきたものの、その低ランクばかりの雑魚とは別格の戦力として陽炎と月光があった。


 陽炎と月光、両機種ともにトヨトミ製のHuMoである。


 ようするにトクシカ氏の暗殺を狙っていたのがトヨトミで、そのトヨトミから依頼を受けたここのハイエナたちに陽炎や月光が供与されていたという事なのだろう。

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