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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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7 仮面の女の正体

「ま、とりあえず、奥で依頼内容の詳しい説明をしたいから付いてきてくれるかにゃ?」


 依頼人に促されて私たちは険しい峡谷の中へと入っていく。


 緩やかな曲がり角を曲がった先では左右の崖の上から隠蔽用のシートが張られて上空から彼らの痕跡が見付けられないように擬装がなされていて、それがここがハイエナたちのアジトであるという実感を強くさせて私は思わず唾を飲んだ。


 それから幾度か曲がり角を曲がるが、元々、ここでも陽炎の運用がなされていたという事とマーカスの技量もあってか天然の回廊は十分な幅があり移動は難なく行われる。


「ほう……、こりゃあ驚いたなぁ……」

「確かにこれは……」

「いやぁ、このゲームの敵ってどっから湧いて出てくるものかと思ったら、こういう事になってたのか……」


 私たちの前に姿を現したのは数多の空中船や航空機、それらを取り囲むように雑多に配置された車両やらテントやらプレハブやらであった。


 上空のシートによって陽光は何割かが損なわれているものの、どうやら対電波対熱感知用の隠蔽迷彩シート自体がソーラーパネルとなっているようで、煌々と焚かれた照明によって十分な明るさがある。


 だが、それにしてもいったいどれほど続いているのか分からないほど先まで空中船やら輸送機は並んでいるというのにHuMoの数があまりにも少ないというのが気になった。

 あるのは崖下にいた機や依頼人が乗っていたような低ランクの、それも共食い整備の結果なのか欠損が多い機体ばかり。


 やはり依頼人が言う「大人たちが戻ってこない」というのはそういう事なのだろう。


「あ~! きゃげろ! きゃげろ~!!」


 私たちが進んでいく中、まだ立って歩くのもやっとと思わしき幼児が陽炎を見て歓声を上げるのをパイドパイパーの機外マイクが拾ってくる。


 私は頭の中ですらあまり考えたくないような事がぼんやりと浮かんでくるが、そこで前を進む依頼人の機体が止まる。


「そこのテントで話をしたいんだけど、実際に依頼を受けるかどうかは話を聞いてから~! もちろんまだ私たちの事を信用しきれないだろうし、1人か2人はHuMoに乗ったままでいいよ~!」


 依頼人の言葉はあまりに軽い。

 だが私たちがまだ彼女たちを信じ切れていない事を察しているあたり、ただのノー天気というわけではなさそうだ。


 いわゆる「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という心中なのであろうか?


 もしかしたら依頼人はすでにやけっぱちなのかもしれない。


 そう考えたならいきなり彼女が自分たちのアジトの中枢まで案内してくれた事にも説明が付く。


 私たちがその気ならば陽炎を初めとした3機のHuMoはトレーラーを守りながらでも瞬く間にこのアジトを蹂躙できるのだ。

 第一、仮面の女が乗るトレーラーですらこの場においてはけして非力な存在ではないのだ。


 きっといざ事が起こったならば陽炎の火力はこの峡谷の回廊内をあっという間に炎に包むであろうし、依頼人たちの整備不全のHuMoたちなど体当たりでも蹴散らせるだろう。

 私のパイドパイパーだってパンジャンドラムを投下すればどれほどの虐殺劇をやってのける事ができるのか想像したくもない。

 HuMoから逃れる子供たちや老人の群れはきっとトレーラーのターレットに搭載された機銃が薙ぎ倒していくだろう。


 そんな危険を冒しても依頼人は私たちに自分たちにロクな戦力が無い事を見せつけたかったのかもしれない。


「それじゃ私が残ってるから、マーカスたちは話を聞いてこいよ」

「いや、残るのはゼロ式だけでいいだろう。私と君たち2人で話を聞きにいこう」


 マント姿が乗る零式とやらはこの場でもっともランクが高く、さらにトヨトミ系故の小型機のためにこのような狭い環境での戦闘にも向いている。

 仮面の女が言う言葉はある程度は理が適っている事であった。


「そういう事なら任せたぜ?」

「了解ッ!!」


 あの怪訝な格好とは不釣り合いなくらいの小気味良い返事にマーカスも満足気にこの場をマント姿に任せる事に納得して機外へと降りてくる。


 私も担当プレイヤーが納得したのならとコックピットハッチを開け放ってウインチ付きワイヤーに足をかけて降りていくと鼻腔を様々な臭いが綯い交ぜとなった風がついた。


 それを悪臭というのは簡単だろう。

 だがそうは思いたくはなかった。


 機械油やら燃料やらの油脂類の匂い、何かスパイスが強めの食べ物の匂いの他に数多いる人々の体臭やら加齢臭に芳香剤が混じった匂い。

 それは人の生活の匂いであった。


 この虚構の世界で、けして豊かで恵まれたとは言えないような環境の中でも彼らはここで生きているのだ。

 彼らが倒されるためだけの存在であったとしても彼らは生きている。


「どうだいサブちゃん? 冒険というやつは」

「そうか、そうだな。確かに自分の中の世界が広がっていく感覚がしてるよ。これが冒険か……」


 すでに機外へと降りていたマーカスは物珍しそうに周囲に視線を巡らせていたものの、何より私の目を丸くした顔が面白いのか満足そうな笑みを浮かべていた。


 まだ年若い子供たちが駐機したばかりの陽炎の足元へと向かっていくのもただ黙って許しているのは意外である。


「なあ、マーカス。お前さ、ロリコンっていうか、子供好きなのか?」

「いやパパからしたらなんでロリコン呼ばわりされてたのかの方が不思議なんだがね……、いや、待て、サブちゃん、なんだこの音は?」

「これは……、足音……?」


 不意に背後からドカドカと聞こえてきた足音に私とマーカスが振り返ると、そこには大股でこちらへと向かってきている仮面の女の姿があった。


 その手は腰のホルスターに伸びていて……


「き、き、き、貴様ァ!? 探したぞ、カスヤ、マサノブぅ!!」

「え、ちょ……」


 ホルスターから大型の拳銃を抜き放った仮面の女。


 その表情は仮面のせいで口元しか見えないが、犬歯を剥き出しにして口元を引きつらせているのを見るだけで彼女が激昂しているのが分かる。


 もう殴りかかるような距離でマーカスに銃を突きつけた仮面の女に私はなんとか落ち着くように言おうとするが、何故に彼女が怒っているのか分からず言葉を続ける事ができないでいた。


 まあ、私の場合は担当プレイヤー様がどっかでなんかしでかしていた可能性が高いというのもあるのだが。


「おいおい、マーカス、お前、何をしでかしたんだぁ……?」

「大人しくお縄を頂戴しろ、カスヤ……、え……、マーカス?」

「ええ、俺はマーカスですけど、誰です? そのカスヤ? ってのは……」


 両手を顔の高さまで上げたマーカスはいけしゃあしゃあと何とも不思議そうな顔を作って首を傾げてみせる。


 そこで仮面の女が「うん?」と顔を前のめりに出してくるので上手く丸め込めると判断したのかさらに私へ話を振ってくる。


「サブちゃん、彼女に俺のライセンスを……」

「お、おう……」


 私が折り畳み式のタブレットを開いて傭兵ライセンスの電子証明書を表示してから仮面の女に差し出すとそれを見て彼女もゆっくりと拳銃を降ろしていく。

当然ながらそこにはハンドルネームの「マーカス」とだけ記されていて、「カスヤ」とも「マサノブ」とも記されていないのだ。


「え、いや、でも……、顔と声が……」

「ああ、ようするに俺とよく似た人物に何やら因縁があると?」

「いや、よく似た? というかまったく同じというか……、えと、双子とか?」

「生憎、私の知る限りでは双子もクローンもいませんよ?」


 周囲の子供たちや老人は彼女がすぐに銃を降ろした事もあってかあまり真剣には受け取っていないようで「なんだ? なんだ?」といった具合に興味深そうに遠目に見てくるのだが、それで余計に彼女はバツの悪そうな仕草をしていた。


「ああ、もしかしてアレじゃないですかね? 私も人から聞いただけなんで詳しくは知らないんですけど、いくらか前の移民船団が来てから同じような顔をよく見るようになったとかじゃないですか?」

「そ、そうなのだろうか……?」

「いや、俺自身がその移民の新人傭兵なんでよく分からないんですが、異人種の人の顔の見分けが付かないとかよく聞く話ですし」


「移民船団からの大量移民」というのはゲーム内世界のNPCへ大挙してプレイヤーたちが押し寄せてくる事を納得させるために設定されたものである。


 だが、ゲーム内NPCがプレイヤーたちの顔の区別が付かないという事実は無い。


 むしろマーカスが言っているのは私のような各プレイヤーに付けられているユーザー補助AIの事なのだろう。


 数十万の登録プレイヤーに対して、私たちユーザー補助AIは100種類程度。

 そこにはロボットやらアンドロイドのような同一規格で製造されているから同じ外見と説明ができるようなものもいるのだが、大多数は私と同じく人間なのである。

 当然ながらNPCたちからしたら中立都市の街中では不思議と同じ顔の人間をよく見かけるという事になるのだろう。


 とりあえずは仮面の女がプレイヤーではなくNPCであるという事がハッキリしたわけだ。


「そ、そういえば私も最近は同じような顔をよく見るような……?」


 当然ながらゲーム内のNPCたちは何百、何千、何万という同じ顔の人物を不思議に思わないように精神を調整されている。

 当然、仮面の女もその例外ではない。


 独りごちてやがてハッと彼女は己の非礼に気付いてそこで跳び上がった。そして……。


「Oh……、ジャンピング土下座……」


 着地した時、彼女の膝は地に付き、仮面は埃っぽい大地に擦りつけられていた。

 それはジャパニーズ・スタイルでいうところのハラキリに次ぐ謝罪の作法である。


「す、済まない!! なんとお詫びしていいか……」

「まあまあ、ここは貸し1つというとこでおしまいにしましょうよ」

「本当に済まない。いつかこの借りは必ず返させてくれ!」

「ええ。それよりも依頼人が待ってますよ」


 マーカスはまるで悪魔が天使の振りをするかのようにニッコリと笑顔を作ってゲザっている女性に手を差し伸べ、寛大な心に感激して打ち震えた様子の仮面の女はその手を取り立ち上がってからまた腰を直角に折り曲げて頭を下げる。


 マーカスの野郎、「人たらし」とかいうスキルを早速使いやがったなと私は内心ながら呆れ果てていた。


「お~~~い! 速くこっちにくるにょ~!!」


 依頼人が入っていったテントから私たちを呼ぶ声が聞こえ、そこでまた頭を下げてから女は速足でテントへと向かっていく。


 己の無礼は仕事ぶりで挽回してみせるという意気込みがまるでオーラとなって見えるかのような気合の入りように私は思わず苦笑して隣にいる男を問い詰める。


「おい、マーカス。お前、いったい何をしでかしたんだ? 『カスヤ・マサノブ』って本名を知っていたって事は間違いじゃないんだろう?」


 もしかすると笑顔で話をはぐらかされるのではないかと思っていたものの、意外にもマーカスは私の耳元に口元を寄せてきた。


「いやパパも驚いたよ。カーチャ隊長、こんなとこで何してんだ?」

「はあッ!? カーチャ隊長って!?」

「シィッ!!」


 その名を聞いて私は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。


 カーチャ・リトヴァク。

 中立都市防衛隊「UNEI」の隊長で、マーカスが正式サービス開始初日にその乗機を奪った相手。


 マーカスは急に大きな声を出した私を制して、小声で話すように手を使っていかにもなナイショ話の恰好。


「おま、それは確かなのか? 顔は見ていないだろ?」

「いや、サブちゃん。声も背丈も体つきも同じだろう」

「た、声のサンプリング元の担当声優さんが同じだけだと思ってた……」


 確かに声はよく似ていたし、口元もよく似ている。

 以前に見たカーチャ隊長は中立都市防衛隊の制服を着ていたために体のラインはよく分からないが身長も仮面の女と同じくらいであった。


 さらにマーカスは続ける。


「それで思い出したんだけどさ……」

「今度は何だよ……?」

「あの『試製零式』とかっていう機体さ……」


 マーカスは後ろで警戒している機体を指さす。

 パイロットといい、機体といい謎のままの機体。


「アレ、コロンコロンコミックスでやってるマンガ版の主人公の機体だぜ?」

「はあ? アレには別の名前があっただろ?」

「アレは主人公が勝手に付けてる渾名みたいなもんなんだよ……」


 そう言われれば私はまったく存在すら知らなかった機体なのに、どこかでその姿を見た事があったような既視感を感じていたのにも説明が付く。


 となると、その機体を駆るあのマント姿の人物の正体は……。


「なあ。カーチャ隊長とマンガ版の主人公が出張ってくるようなミッションなんてさ、イベントの裏でシレっとやっちゃって良いもんなのか?」

「さ、さあ? 私にも分からないよ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 遂に新機体が隊長の手に... 最終的に黒騎士を手に入れた上で誰かに持ってかれそう
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