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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3.5章 白い連星、命の輝き
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6 依頼内容は……?

 私の背中に一気に鳥肌が立っていく。

 総毛だった背中に肌着が触れるのですら厭わしくて、シートの背もたれから体を跳ねのけてしまうほどだ。


 ハイエナ……?

 武装犯罪者集団(ハイエナ)だと!?


 このゲームの世界においてただプレイヤーたちの敵として用意されている敵性NPC、それがハイエナだ。


 プレイヤーや一部のNPCは個人傭兵としてジャッカルと呼ばれるこの世界。

 ジャッカルとハイエナは同じく肉食獣の名で呼ばれる者たちでありながら、水と油のように互いに相容れない存在であるのだ。


 ここが大峡谷の険しい地形を使って作られたハイエナたちのアジトだとするならば、私たちは敵の巣の中に飛び込んでいくようなものではないか。


「……おっと、気付いたかにぇ~?」


 私たちがここがハイエナのアジトである事に気付いた事を目ざとく察した依頼人は自嘲気味に笑ってみせた。


「確かにここは貴方たちぇがハイエナと呼んでいる連中のアジトで、私たちはその子供たち……。後はマトモに動けないような歳寄りと怪我人しかいにゃいよ」

「だから自分たちには関係無いとでも言いたいのか?」

「おい、サブちゃん!」


 私はパイドパイパーのサブマシンガンを依頼人に向けていた。


 胸部装甲とコックピットのハッチを開け放った依頼人のHuMoは今ならばただ1発の砲弾で撃破する事ができる。


「ハイエナは自分たちの父母で、その子供である自分たちは関係無いとでも?」

「うんにゃ、こんな過酷な環境で生きているんだきゃら子供だって親の家業を手伝って生きて来たんだにぇ~、いわば悪党の片棒を担いでる自覚はあるよ」


 私が銃を向けた事で崖上の2機も動き出すが依頼人はそれを手で制する。


 それでも私は銃を降ろす事ができなかった。


 私自身、ハイエナに強い恨みがあるわけではない。

 それでもこの胸の中に次から次へと湧いて出てくる嫌悪感は私というAIに刷り込まさ(インプリンティング)れた性格傾向によるものだろう。


 プレイヤーの補助役というユーザー補助AIとしての私と「サブリナ」というNPCの性格データが頭の中でせめぎ合って、いつの間にか操縦桿のトリガーに指をかける私の手は震えていた。


「……落ち着きなさいよ、サブちゃん」


 その声を聞いて私はホッとした。

 それと同時に聞きなれた中年男の声にどこか物悲しそうな色を観てどこか胸の内がチクリと痛むのを感じる。


「俺たちジャッカルは傭兵だろう? 兵隊でも正義の味方でもない。傭兵が動くのは善悪でもなければ好悪でもない。大事なのは……」

「これだにぇ~!」


 個別通信チャンネルと外部スピーカーで聞こえてきたマーカスの声に依頼人は我が意を得たりとばかりに満面の笑みを作って左手で親指と人差し指の先端をくっ付けたサインを作ってみせてくる。


 担当プレイヤーの意思が示された事で私の中の均衡は崩れ去り、間違いの無いように指を一杯に開いてからゆっくりと操縦桿から手を離す事ができた。


「話の分かる奴がいてくれて助かるにぇ~! あんなワケの分からない依頼文でやってくるだけの事はあるって事かにゃ?」

「なんだ、あの依頼文は狙ってやっていたのか?」

「物分かりの良い奴か、それとも四の五の言ってられない食い詰め者か、どっちでもいいけど、頭の固い奴じゃ受けてもらえないような依頼だきゃらにぇ~!」


 マーカスはわざわざ依頼人との電波通信ではなく、外部スピーカーをも使っていた甲斐もあって外の子供たちの雰囲気もいくらか和らいできているようである。


 私もまだ銃を依頼人に向けたままだった事に気付いて、慌てながらも操縦桿に腕を戻してゆっくりと銃を降ろさせた。


 そこでトレーラーの仮面の女が口を挟んでくる。


「待て、君たちがハイエナの子供たちだというのは分かった。それよりも大事なのは依頼の内容だろう? いったい君たちは私たちに何をさせようというんだ。さすがに親がいなくなったから代わりにハイエナ稼業をやらせようというんじゃ受けられんぞ!?」


 仮面の女はマーカスに倣って通信機と外部スピーカの両方を使って子供たちとそのリーダー格と思わしき依頼人へと問う。


「うん。これから詳しく説明するつもりだったけど、手っ取り早く言えば、大人連中が戻ってこなくて暮らしていけないから中立都市の管轄区域から逃げたいってとこだにぇ……」


 依頼人が切り出すと幾分か和らいでいた雰囲気が再び険しいものとなっていく。

 だが、それはこれまでのような警戒心ゆえのものではなく子供たちの中に悲壮感のようなものが満ち溢れていたからであった。


「貴方たちにはこっから北方のトヨトミ支配圏までの護衛を頼みたいってわけだにぇ~!」

「親の仇かもしれないジャッカルの力を借りてでもって事かい?」

「そういうこったにぇ」

「北のトヨトミ圏までって……、それがどれほど過酷な道程になるか分かっているのか?」

「だから依頼文には『超高難易度ミッション』のタグを付けといたんだにぇ~」


 口々にマーカスと仮面の女は依頼人に問うが、すでに彼女、いや彼女たちの決心は固いようである。


 さらに仮面の女は質問を続けるが、その問いはどこか思い直すように諭すようでもあった。


「君たちは中立都市の市民権は持っていないのか?」

「無いにぇ~。爺様婆様たちは分からにゃいけど、どの道、とっくに消失しているんじゃにゃいかにぇ?」

「で、では、中立都市への仮難民申請を行ってみてはどうだ? 事情が事情だ、一日もしない内に承認されると思うが、どうだ?」

「……いや、止めておくよ~」

「では君たちはマトモな戦力も持たずに中立都市のジャッカルたちに追われる覚悟で行くと……?」

「そうだにぇ~、ここで良い事も無かったわけじゃあにゃいけど、それでも辛い事が多すぎるんだにぇ。心機一転、こんにゃトコからはとっととオサラバしたい気分にゃのさ」


 彼女の言葉が子供たちの総意であるかのように誰もその言葉に異を唱える者はいない。


 ハイエナの子供たち。

 つまり彼女たちはこのゲーム世界に作られたNPCに過ぎず、彼女たちが言う「辛い事」というのは作られた思い出にしか過ぎない。


 だが、そんな事を言ったところでいったい何の意味があるというのだろう。


 自分たちにわざわざそんな思い出を刷り込んだ創造主がいて、しかも創造主たちが彼女たちの父母に与えた役割とはただプレイヤーたちの享楽のために打ち倒されるためだけのものだと言われて慰めだと受け取れる者などいやしないだろう。


 私はなんだかつい先ほどまで意味もない嫌悪感が抑えられなかった子供たちが酷く悲しい存在に思えてきてしょうがなかった。


 その感傷のせいか、依頼人が続けていう言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかってしまったのだ。


「それに『マトモな戦力も持たずに』ってのは間違いだにぇ~。なにせそこの『陽炎T17-883号機』は私が寝る間も惜しんで弄り回したスペシャルだからにぇ~!」


 つい先日、ハイエナから奪って愛機の運搬機としている陽炎はBOSS属性付きで通常の陽炎よりも一段、性能が押し上げられた個体である。

 私としては「あ、ゲーム内の設定的にBOSS属性付きの機体ってそういう事になってるんだ~」と素直に納得してしまっていた。


 そのせいで依頼人のような幼い子供が「寝る間も惜しんで」弄り回すような機体とは、一体、どのような機体であるのか思いつくのにしばらく時間を有してしまったのだ。

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