39 雪原
第3戦、次なる戦場は「雪原」。
輸送機から降下すると周囲は吹き荒ぶ猛吹雪のフィールドであった。
ゲーム内世界の時刻は夕方近くになっていて、視界を塞ぐ吹雪が沈みかけた陽光をも遮り、もはや夜といってもいいような暗さとなっている。
「……ったく、見てるだけで寒くなってくるわ」
「ま、HuMoの中にいれるだけ御の字だと思う事だね」
「そうだな。VRゲーとか出始めの頃の戦争系FPSだと、敵の弾で死ぬより凍死する事が多かったくらいだ。あれは寒かったなぁ……」
「それ、クリスさんだけじゃございません?」
私たちが降り立った降下地点から見て左手側には険しい山脈が聳え立っていて、そこから吹き降ろしてくる風がヒュ~ン、ヒュ~ンと機外マイクに拾われて視覚以外でも私は体の芯から凍えてしまうのではないかと思えているくらいだ。
そういえばこのゲームでは痛覚は鈍化しているらしいが、寒さはどうなのだろうか?
たとえば今、コックピットのハッチを開け放って外気を取り込んでみればその内、低体温症で死ぬのだろうがその時に肉体が感じる苦痛は現実と比べてどのくらいのものなのだろうか?
まあ、クリスさんが言っている痛覚が軽減されていない初期のVRゲーだって、防寒具をしっかりとしていればそうそうすぐに凍死する事は無いと思うのだが、どうせ彼女の事だから「敵陣に突っ込むには少しでも軽くしないと!」とでも言って防寒具を着ないで凍死してたのだろうと思ってしまう。
もしかしたら敵の弾で死ぬ事は滅多になかったという分かりにくい自慢なのかもしれないが、生憎と私や中山さんはその手のゲームをやった事がないのでクリスさんの真意は分からない。
「外気温はマイナス5度。チィッ、各機足元に注意しろ!」
「うん? 思ったよりは気温は下がってないのね。それならそんなに……」
「逆でごぜぇますわ。気温がもっと下がっていれば雪も硬くなっているんでしょうけど」
「ああ、道理でさっきから速度が上がらないハズだ。ズボズボ足が沈み込んで地面の反発も小さいし、雪から脚を引き抜くにもパワーを使わされてるんだな、こりゃ」
とりあえず私たちは敵チームが降下していると思われる地点へと前進を始めていたが、クリス機のみならず、やはりどの機体も速度は上がらない。
生まれついての東京都民である私にはこれほどの積雪の経験はないが、同じく都民である中山さんが雪の状態に詳しいのは冬休みとかに雪国にバカンスにでも行った時の経験なのだろう。
「歩いている分には速度が上がらないぐらいで済むだろうが、走らせたら滑るかもしれないから注意しよう」
「了解!」
積雪は前を歩く機体の足首がしっかりと隠れるほどだと考えれば1m以上だろうか?
私たちの小隊は汎用機ながらも局地適性が高いという中山さんの紫電改を先頭に、中山さんをフォローする形でクリスさんが続き、ついでスラスターを用いない状態では移動力の劣るヒロミチさん、そして最後に私のニムロッドが800mほど離れてという陣形で吹雪の中を進む。
幸い、今回のマップは山の裾野という場所がらクレバスなどは考慮しなくても良さそうだ。
「サンタモニカさん、俺がノロいのは分かるけど、こっちはスラスターを使えば速度を上げられるんだ。クリスに速度を合わせてやってくれ」
「おっ、それならこっちはもう少し早く歩けるみたいだぞ」
「了解でごぜぇますわ!」
ヒロミチさんの言葉にクリスさんがペースを上げると、それに合わせて中山さんも歩を早める。
烈風がまだスラスターを使っていないのは噴炎で雪を高く舞い上げて敵にこちらの位置を悟らせないため。
その辺は敵さんも理解しているようで敵の兆候は未だ発見できていない。
今回のマップでは山の麓という事もあってか幾らかの高低差はあるものの、基本的には良く視界の通るフィールドである。
この状態で敵の行動の兆候を発見できていないという事は初戦の相手とは一味違うという事か。
だが、そろそろマップの対角線上を3分の1ほどは歩いてきている。
敵の構成次第ではそろそろ接触があってもよさそうなもの。
「どれ、そろそろ動いてみますか……」
「偵察よろ~!」
中山さんとクリスさん、私の中間を進んでいたヒロミチさんが90度進路を変えて列を離れる。
それから3分ほどしてから右手側の方に凄まじい地吹雪のようなものが見えてきた。
ヒロミチさんはこの地吹雪を敵に見られても私たちの位置が気取られないようにわざわざ隊列を離れてからスラスターを点火したのだ。
マップ画面に表示されるヒロミチ機を示す光点はみるみる内に速度を増していき、丘陵を越えてさらに前進。
「ひとまずはあの丘の向こうに敵はいないっと……」
ヒロミチさんからもたらされる索敵情報を頼りに私は狙撃ポイントの候補を探していく。
いくつかめぼしいポイントにマーカーを付けて、戦闘開始時に適切なポイントをすぐに見つけられるよう考える。
かといってサブディスプレーとにらめっこしてばかりというわけにもいかない。
壁面メインディスプレーに視線を移すと前方の紫電改とカリーニンは先ほどヒロミチさんが越えていった丘陵を越えようとしていた。
私もフットペダルと踏んで増速、小隊が分断される時間を少しでも局限しなければならない。
ほどなくして3つ目の丘を越える寸前にターンして丘の向こうをチラ見した烈風が敵機を発見。
敵機の方向から飛んできた幾つもの火球が私の頭上を跳び越えていく。
「待ち伏せされてたの!?」
「おう、頭だけ出してチラ見してなければいきなり連射食らうとこだったよ! ……それよりマズいな」
丘の上からターンして迂回しようとするヒロミチさん。
迂回して一撃して注意を烈風に集めて紫電改とカリーニン、そしてニムロッドが側面攻撃を仕掛ける。
私たちの目指すべき戦術である。
一体、何が不味いというのか?
「サムソン製4機に、全機揃ってライトグレーの塗装に蛍光イエローのライン。間違いない、奴ら『マッド・ハンターズ』だ……!」
ヒロミチさんもその他のメンバーもまだダメージを受けたわけではない。
それに敵4機の居場所は判明したというのに、私たちはヒロミチさん以外のメンバーの居場所は割れていないのだ。
ある意味では私たちにアドバンテージがあると言ってもいいというのに、ヒロミチさんは苦虫を噛み潰したような声で私たちに警戒を呼び掛ける。
「マッド・ハンターズ……? 狂える狩人たち? 随分とイキったチーム名ね」
「いやいや、マッドってのは千葉県の松戸市のモジりだよ」
「知り合いなんですか?」
「リアルでの面識は無いけどね。確か松戸市の大学生たちのチームじゃなかったかな?」
右手側の空を幾つも火球が低弾道で昇っていく。
迂回が読まれていて、再び集中砲火のお出迎えを受けたようだがヒロミチさんも被弾はない。
「で、そいつらって強いんですか?」
「強いも何も、β版時代のトップランカーだよ」
「あら? それならヒロミチさんもそうなのでは?」
「いや、そういうわけじゃあないんだよなぁ……」
私もそうだし、中山さんもヒロミチさんの事を一流のゲーマだと思っている。
事実、彼の戦術は基本に忠実でそれを実現する能力をこれまでに何度も見せつけられていたのだから当然だろう。
基本に忠実だなんてどこの世界でも言われるようなものだが、実の所、それを具体的に実践できる者がどれほどいるというのだろうか?
瞬時に的確な判断を常にし続け、大胆さと繊細さを兼ね備えたプレイング。
悔しいかな、彼は私や中山さんよりも遥かな高みにいるプレイヤーであるのは間違いない。
彼が一流でなければ誰をそういうのだろう。
だがそんな中山さんの言葉を否定したのはクリスさんであった。
「一流ならトップランカーか? それは違うんだなぁ……」
「そうだな。一流のプレイヤーが手間と時間を惜しまずに使って、そうやって実績を積み上げてやっと呼ばれるようになる。トップランカーってのはそんなモンだよ」
クリスさんに続いてヒロミチさんも悔しそうにしながらも深い溜め息をつきながら答える。
ていうか、大学生がそんな時間を使って進級とか卒業とか大丈夫なのだろうか?




