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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第3章 騎士王討伐に備えよ!
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28 真意

 次々とパズルのピースが嵌っていく時のような高揚感があった。

 味方が1つのプログラムのように上手く立ち回る。連携が上手くいった時独特の高揚である。


「次、後方から敵機が4!」

「各機、一時退避ィ!」


 男が小隊員たちに呼びかけた時にはすでに2本の脚は左右のフットペダルを踏み込んでいた。


 HuMoの操縦はもとより、このゲームの基本戦術にも未だ不慣れな味方機に道を指し示すように彼の烈風は土煙を巻き上げてすぐそばの曲がり角を曲がって後方から現れた敵機の射線から逃れる。


 このゲーム「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」をβ版時代からやりこんでいた自分こそが味方をひっぱらなければならないと、そう男は自認していた。


 もっとも、そのような上から目線はライオネスという若い小隊員には反感をかわれているのは分かっていたが、それでも彼女も彼の実力を認めてリーダーの立ち位置を許してくれていた。


 ライオネスというプレイヤーはその浅い経験故に戦術眼は無い。

 だがセンスはある。

 強くなろうという意思もある。

 歪ながら高い操縦技能もあるようだ。……もっともそれが天性のものなのか、ライオネスとこのゲームの相性というものなのかは分からなかったが。


 何より男が買っていたのはライオネスの気骨であった。


 男の烈風にいくらか遅れて2機の小隊機が曲がり角を曲がってくる。


 男の婚約者が駆るカリーニンはパイロットがこの場でもっとも操縦に不慣れという事もあってか路地に入ってきてすぐにブレーキングに失敗して廃墟に突っ込んでいたが、機能損傷のHPの減少も無い程度。


 もう1機のライオネスのリア友だという少女の紫電改は小回りの利くトヨトミ系の機体という事もあってかスムーズに停止してそのまま反転、廃墟を遮蔽物にしたままサブマシンガンを構えて反撃の用意をしていた。


 両機ともに背後から急に敵機が現れたというのに被弾は無い。


 それも遠方にいるライオネスのニムロッドから牽制射撃が行われているからであり、敵機は4機もいるのにしっかりと足を止めて照準を付ける事ができなかったのだ。


「支援機がこう考える頭を持っているってのは嬉しいねぇ~!」

「糞芋だったら萎えるんだろうけど、こうもお膳立てしてもらえるとこっちも少し気張ってやろうって気になるしな」


 3階立てのビルの廃墟に突っ込んだカリーニンに烈風が手を差し伸べるとすぐに婚約者の機体は手を取って立ち上がる。


 照れ隠しなのかわざとらしく明るい声を出しつつ機体にライフルの弾倉交換をさせる婚約者は初の戦闘ながら「昔取った杵柄」というヤツなのか脳にインプリンティングされた操縦技能でそれなりの働きを見せていた。


「で、どうする?」

「こちらからも反撃でごぜぇますか?」

「うん、ちょっと待て……」


 男たちが今来た大通りを数多の火線が行き来していた。


 4機の敵機たちが遠方のライオネスと遠距離砲戦を交わしているのだ。


 確かライオネスのニムロッドは機体のほとんどを隠せるような大岩に身を隠しながらこちらに射線を通していたハズ。

 運が悪ければ被弾するかもしれないが、よほどの事が無ければ撃破されるような事態にはならないと踏んだ男はせっかくの時間で状況を整理する。


 敵機が4機も固まっているのにこちらに詰めてこれないのはニムロッドの牽制射撃が効いているから。


 先ほどまでは単発射撃で確実に敵機へ命中弾を与えていたニムロッドも今は連射モードで2、3発ずつ撃っていた。


 高い命中精度の単発射撃でダメージを取るべきところはダメージを取り、命中弾は少なくとも敵の行動を抑制するべき時と判断すれば連射モードで弾をバラまく。


 この辺りの咄嗟の判断もライオネスの持ち味なのだろう。

 男は新しい仲間を頼もしく思うと同時に、寂しさや悔しさのようなネガティブな感情が入り混じった複雑なものがこみ上げてくるのを感じていた。


「なあ、教えてくれよ。お前、なんであの子に援護役なんてやらせてるんだ?」

「うん?」

「ああ、それは私も思っておりましたわ」


 男がサブディスプレイのマップ画面で道路の配置を確認していると僚機から今回の差配の真意を尋ねてくる。


 今回は「ライオネスに援護役として何をすべきか考えさせるべきだ」と言って3機だけの第2通信チャンネルも作ってあったのでそれを使っての通信だった。


「3機が前衛、1機が支援というパターンだってアリだろうけど、4機で敵を擦り潰しにいくってのだって十分にアリだろ?」

「私はバトルライフル1丁のライオネスさんでは援護役として火力不足なのではと思ってましたわ。それに彼女はどちらかというと近距離から接近戦に強い方でごぜぇますし……」


 2人の言うことももっともである。


 婚約者の言う「4機で敵を一気に磨り潰す」というのはいささか乱暴な話ではあるが、男の烈風がその機動力で敵を翻弄し、高い基本性能のニムロッドと装甲と火力に優れたカリーニンが前衛を担当。小回りの利く紫電改が近距離でのバックアップを行うという戦術だって十分に手堅いと言える。


 むしろサンタモニカが言うように射撃兵装がバトルライフルのみのニムロッドではむしろそちらの方が無難であるとさえ言えた。


 β版時代はランク4で105mmスナイパーライフルが実装されており、低ランクのサムソン系狙撃機体ではそれが定番装備となっていたのだ。

 ニムロッドが装備している84mmバトルライフルと105mmスナイパーライフルでは有効射程もさることながら、その単発火力には大きな開きがある。


 105mmスナイパーライフルはランク2機体「マートレット・キャノン」が肩に背負っている砲と同等の砲を手持ち式にした物であり、低ランクでは数少ないコックピットブロック破壊によるクリティカル判定を狙えるバ火力砲であった。


 β版の頃はスナイパーライフルの他にサブマシンガンあたりも持って行って、遠距離では狙撃手として、敵に近寄られても武器を持ち変える事で近距離戦にも対応できる戦法が横行していたわけで男としては正式サービス版でスナイパーライフルが封印されている事も納得であった。


 つまりバトルライフル1丁ではたとえ連射モードによる制圧射撃が行えたとして、それを差し引いてもまだ力不足といったところ。

 本来ならばバトルライフルの他にミサイルやグレネードあたりで火力の水増しが必要だが、ライオネスが次に入手予定なのはイベント報酬の「竜波」だという。

 ここで無駄にクレジットを使わせる必要もないだろうが、それならば小隊員がわざわざライオネスを支援機として使う判断を疑問に思うのも無理はないだろう。


「まあ、それはアレだな。その答えは『今回のイベントはただの通過点に過ぎない』ってところかな?」

「はあ? どういうことだい?」


 男は戦場で余計な時間を使う事、そして、それ以上に婚約者に自分の弱さを打ち明ける事に躊躇ったが僅かな逡巡の後に結局は話す事にする。


「俺がライオネスさんにしばらく支援機役をやってもらうのは、彼女に戦場を俯瞰して見る癖を付けてほしいからなんだ」

「なんでまた?」

「俺は彼女に指揮官役ができるパイロットになってほしいと思っている」

「指揮官でごぜぇますか? それならヒロミチさんがいるではないじゃないですか?」


 その核心に触れる時、彼の胸がチクリと痛んだ気がした。


「俺とクリス、そしてライオネスさんが雪辱を誓った相手。奴に勝つには俺では駄目だ。……格が違う。たった一度、僅かな時間でそれを思い知らされた」


 男は自身をゲーマーとしては一流であると自負していた。

「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」に限らず、様々なゲームタイトルを渡り歩いてきた男はどのような戦場であっても上位の成績を収め続けてきたのだ。


 寝食を忘れるほどに地道な訓練を己に課して得た高い技能を元にセオリー通りの戦術を実行して手堅く勝利を収める。

 それが男のスタイルであった。


 だが、“あのプレイヤー”はどうだ?

 いかに積み木のようにセオリーを積み上げたとしても遥かな高みにいるようなあのプレイヤーの足元にすら手が届くような気がしないのだ。


 ゲーマーとしてではない。

 人間として。

 戦士として。

 男としての格が違いすぎる。


 それを口にしてしまったらポッキリと心が折れてしまいそうな気すらする。


 それでも借りは返したい。

 屈辱を晴らしたいという思いもまたあった。


 そんな時にライオネスというプレイヤーに出会えた事はまさに僥倖といえよう。


 男はライオネスという少女に、雪辱を口にしながらも心のどこかで敗北を認め、それが覆らないであろう事をどこか認めてしまっている自分とは違う、飽くなき闘争心を感じ取っていた。


 自身が踏み台となった者が“あのプレイヤー”に敗北を与えるのならば、自分の中の薄暗い滓のような感情も晴れるのだろうか?


「もしアイツに勝てる者がいるとしたなら、それはクリス、お前か、ライオネスさんぐらいなもんだろうさ……。でもお前は指揮官ってガラでもないだろ?」


 男の婚約者もまた“一流のゲーマー”であった。


 医大に進学してからゲームから遠ざかっていた彼女であったが、男はそのあたりはあまり心配していなかった。


 セオリーどおりに自分たちを有利に戦いを進めていく男とは対称的に婚約者は直感的な戦法を得意にするプレイヤーである。


「リアルが大事、ゲームなんて二の次、三の次」と言って憚らない彼女が少ないプレイ時間で実績を積み上げてきたのはその天性の才覚によるところが大きい。

 皮肉な事に神は彼女が軽視するゲームの才能を与えていたのだ。


 だが、彼女の現実は“あのプレイヤー”によって脆くも崩れ去っていた。


 もともと思い込みの激しい女性であった婚約者が雪辱のためにこのゲームに熱を注いだらあるいは、という思いがある。


 仲間を集め、スポンジが水を吸収するがごとくに知識を吸い上げていくライオネスを指揮官に仕立て、情熱を持った天才を上手く使う事ができたら……。


「まぁ、まだ早い話だよな……」

「え? 何がでごぜぇますか?」

「はは、いやいやこっちの話……。それより2人はここで待機。俺が敵の後ろを突く!」


 近い未来の宿敵との再戦を夢想した男は少しだけ軽くなった胸の内の赴くままに機体を駆けさせた。

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