27 挟撃
「これから俺も廃墟群の中に突入する」
「了解!」
声が聞こえてきたヒロミチさんの方へと視線を戻すと先ほどの敵機を仕留め終えた烈風が盛大な土煙を立てながら駆けてきていた。
異様な前傾姿勢でスラスターを吹かして地上スレスレを飛んでいくかのような烈風が地面に蹴りを入れる要領で方向転換をかけてクリス機、中山機の後を追う。
「ほらほら、こんなトコにいたって撃てる敵なんかいないんだから動きましょうよ!」
「ちょ、ちょっと待って。後ろを突かれないようにもう少しだけこの位置で警戒していた方が良いと思うわ」
「……うん、それが正解だね」
すでに味方3機は廃墟群の中に突入している。
敵もスナイパーである私の存在に気が付いて射線を切るためか顔を出してくる者はいない。
ならば確かにマモル君が言うようにとっとと動いて射線を作りにいくべきなのだろう。
今回の戦闘エリアである廃墟群は以前の廃プラントのような巨大建築物群とは違い、所々が以前の砲爆撃によって倒壊して隙間が空いているし、整然とした区画割によって真っ直ぐに伸びる道路が幾つも街跡を分断している。
ならば移動を開始すれば敵を撃てる位置、射線を作れる位置が少なからずあるだろう。
だが私の頭の中にあったのはヒロミチさんの「味方の被害を防ぐ」という言葉だった。
ここは撃てる敵がいないのに動かないという一見すれば無駄な時間を作ってでも待機しているべきではないのか?
そしてヒロミチさんの賛同の言葉を聞いて私は少しホッとする。
だが、その次の彼の言葉は……。
「で、いつまでだい?」
「え……」
「待機の予定はいつまでだい?」
「えと、え~と……。突入した3機の後ろから敵が来ても身を隠せる場所まで辿り着くまで?」
ベストではないのかもしれないが、少なくともベターな回答ではないだろうか?
姿の見えなくなった3機もマップ画面に緑色の光点で表示されているが、突入直後は慎重に前進していたクリス機と中山機だが、ヒロミチ機も突入してきた事でその速度は上がっている。
これなら次の路地まではすぐ。
その路地まで行って安全を確保したならば後ろから敵が来ても、その路地に入る事でバックアタックを避ける事ができるだろう。
次の路地に着くまでの待機ならばそこまで無駄な時間を過ごす事にもならないハズ。
「うん、良いんじゃない? 少なくとも俺もそうすると思う」
ヒロミチさんの返答はほぼ間断を置かずというくらいであったのに、私は小学校の頃に厳しい事で苦手意識を持っていた教師を相手にしているかのように戦々恐々としていた。
だが返ってきた彼の声はあくまで軽いもの。
そしてマップ画面に映る彼の烈風を現す緑の点は私が注視していた曲がり角を高速で通り過ぎる。
その瞬間、マップ画面に敵を現す赤の光点がマップ画面に現れ、くぐもった砲声が機外マイクに拾われてコックピット内へと響き渡った。
さらに引き続いていくつかの連続して砲声が轟いてきて赤い点は消滅。
路地の奥で味方機を待ち構えていた敵機が高速で駆け抜けていった烈風に反応しきれずに無為の射撃を行い、その隙を残り2機の味方に突かれたという形だろう。
「良し! 移動を開始しろ! それまでの援護役は俺が受け持つ!」
「了解ッ!! 移動を開始します」
私は機体の半身を隠していたクレーターから飛び出させて一気にフットペダルを踏み込む。
スラスターを全開にして次のポジションへと急ぐ私だが、すでに次の射点には目星を付けていた。
射撃できない時間があったとしても、ただ指を咥えて待っていたわけではないのだ。
気がついた事だが、今回の戦闘でヒロミチさんは援護射撃役に不慣れな私に対して事前にどうしろ、こうしろとは言わずに自分で考えているように仕向けているように思える。
一応、今のところは及第点を取れているとは思う。
だが、まだまだだ。
自分で考えろというなら彼の予想外の結果を狙ってやるまで。
私は機体を駆けさせながらそう考えていた。
単独行動だから敵がこちらに殺到してこないように廃墟群から少しだけ距離を取るように緩やかな弧を描くように動き、ニムロッドの顔は進行方向ではなく廃墟群へと向けておく。
どの道、廃墟群から2km以上も離れている私がいきなり集中攻撃を食らう可能性も低いのだから進行方向に向けるのは側頭部のサブカメラで構わないだろう。
メインカメラであるツインアイは廃墟に向ける事で得られる情報があるかもしれない。
こちらで得た情報はデータリンクによって味方各機に送られるのだから、これも「味方の被害を防ぐ」という事に繋がる可能性だってあるのだ。
マップ画面や戦闘ログを見る限り味方機は順調に敵を撃破しつつ前進を続けているよう。
私も焦れるが、ニムロッドの速力のおかげで予定していたポジションへはすぐに辿り着く事ができた。
「ち、近づき過ぎじゃないですか?」
「う~ん、大丈夫じゃないかしら?」
廃墟群を円の中心とするならば反時計回りに90度動いてきた形になるその場所。
大地から飛び出している巨岩は狙撃ポイントとしては上々。ここならば頭部と両腕、胴体の僅かを出した状態でライフルを構える事ができる。
それにこの位置からは廃墟群を真っ二つにするかのように走る大通りへ射線を通す事ができるのだ。
問題はマモル君が怯えた声を出しているようにいささか廃墟群に近すぎる事。
街跡の端からは1kmほどしか離れていない。
もし敵から撃たれたならば、敵弾はほとんど貫通力が減衰しないままこちらの位置まで来るだろう。
その時はこの巨岩に身を隠せばいい。
トヨトミ系の烈風ならばいざしらず、この巨岩はニムロッドがしゃがんだとしても完全に身を隠すというほどの大きさは無い。
高さだけならば十分だが、横幅が僅かに足らずにいささかはみ出してしまうようだ。
まあ、そのくらいなら被弾しても機体機能の損傷とまではいかないだろうと私は楽観視している。
「俺たちもそろそろ大通りに出るぞ!」
「了解。あ、ちょっと待って、敵機!」
私が移動を終えた事をマップ画面で確認したのかヒロミチさんから通信が入ってきたそのタイミング。
3機の敵機が私が警戒している大通りへと現してきたのだった。
安全確認などもせずに慌てた様子でスラスターを吹かしたホバー状態の敵機たちはそのせいで今来た路地にすぐに引き返す事もできないという状況。
味方機は敵機を倒しながら前進してきているのだから、当然、その所在は敵集団にも知れ渡っている。
そして敵も私の存在は知っていても自分たちの根城に突入してきている3機の方を優先したために私の所在の確認についてはおざなりになっていたのだろうか?
当然、そんな隙を私が見逃すハズもない。
敵機との距離はおよそ1,600m。
私は火器管制システムが照準補正を終えたのを確認してからトリガーを引いた。
初弾は敵横隊の中心にいた機体に命中。
背後からの射撃で背部スラスターを破壊された敵機はホバー移動を行っていたせいもあってバランスを崩してその場で転倒。
第2射はこちらを振り返ろうとした敵機を丁度側面から撃つ形となってバランスを崩した敵機は廃墟へと突っ込んでいった。
その廃墟にもたれかかる形となった敵機はその状態のまま、残る1機は先に転倒した機体を立たせようとしながら片手でこちらへライフルの連射を浴びせてくる。
仲間に助けられて立ち上がった機体もその手にしたバズーカを撃ちこんでくるとさすがに私も肝を冷やしたが、私が頼みとしていた巨岩は見事に期待通りの働きをしてくれているようだ。
だが3機揃って私へ射撃を浴びせてくるという事は……。
「おっ! それが『味方にダメージを取らせる』ってこったよ! やればできんじゃん!」
「ライオネスさん、ナイスでごぜぇますわ!」
私に機体正面を向けるという事は他3機の背を向けるという事。
大通りに辿り着いた味方機の連射を受けて敵機のHPを表示するバーはみるみる内に削れていく。
「おし、良いぞ! 撃てなくてもいいからそっからチラチラ頭出してろ!」
ヒロミチさんの牽制の指示も意味があったのか無かったのか。
すぐに敵トヨトミ系の2機はHPが尽きて爆散。
残るバズーカを持ったオライオンも味方機の爆炎と自身のHPを頼りに撤退を開始するがあえなく私に狙い撃たれて炎上。そのまま炎上ダメージでジリジリとHPが削られてすぐに仲間の後を追う事となった。
「……なるほどねぇ。距離があったら連射でダメージを取る事ができないから味方機がダメージを取りやすくする事も大事って事か……」
私のライフルにも連射機能は付いている。
だが1発撃つごとに砲口が跳ね上がって距離があってはマトモな命中弾を期待する事はできない。
そのために私は単射モードで1発ずつ撃っていたのだが、当然それでは瞬間火力が落ちる。
それでも弾幕が必要ならば連射モードを使うのだろうが、少なくとも今はその時ではなかった。
そして瞬間火力が出せないからこそ、味方機が射撃を行いやすい状況を作りだすことが支援機に求められるのだと実感する。
1,600m離れている私が連射モードを使えなくとも、2~300m程度の距離にいる味方機ならば十分に連射で高い命中精度を期待できるのだから、むしろそうするのが必然といえよう。
故に支援機は「自分でダメージを取る」ことと同じくらいに「味方にダメージを取らせる」ことが重要なのだと私は思い知らされされていた。




