18 キャリー
「そういえばライオネスさんはニムロッドを3段階改修を済ませてるんだっけ?」
「ええ。改修キットの解放イベントがイレギュラーな形で実装されてしまったようで、攻略もイレギュラーな形でやらせてもらったもんで」
「ああ、なるほどね……」
なんで私が3段階改修済みのニムロッドを持っているのか疑問であったのか、私の言葉を聞くとヒロミチさんはゆっくりと大きく頷いてコーヒーを啜る。
「でも大変だったでしょ? 底上げしたってニムロッドは元がランク3の機体なんだ。どうやって陽炎と月光を倒したんだい?」
コーヒーに付いてきた豆菓子を一気に口の中に放り込んでガリガリと噛みしめていたヒロミチさんはふと思いついたように新たに湧いてでた疑問を口にした。
「ランク5、6あたりの機体に乗ってきたプレイヤーがわんさといたのかい?」
「いえ。ランク5の機体は1機だけ。後はランク2とか3の機体にトクシカさんから改修キットを使わせてもらって、あと……」
「うん?」
「ホワイトナイト・ノーブルだと思うんですけど……」
そのHuMoの名を出した時、優男の目が不意に険しくなる。
「あ、いや、実際にその姿を見たわけではないんですけど、ノーブルのビームライフルとしか思えないような長距離ビームであっという間に3機の陽炎が撃破されて……」
ヒロミチさんの目力に気圧されたわけではない。
だが、私はあのミッションで実際にノーブルの姿を見たわけではないのを思い出して不確かな事を伝えてしまったのだろうかとふと不安になったのだ。
「え? 陽炎が3機?」
「いえ、全部で4機です。長距離ビームでやられたのが3機という意味で」
「なるほど。うん、確かに陽炎をワンパンで撃破できるビーム砲を持つ機体は他にもいるけど、あっという間に3機の陽炎を撃破できるとなるとやはりノーブルしかいないんじゃないかな? 複数の機体がいたとは考えにくい?」
ヒロミチさんの言葉で私は記憶を辿る。
あの時は確か、陽炎は1機ずつ、断続的に遥か彼方から撃ち込まれたビームで撃破されていったハズだ。
彼の言う「陽炎をワンパンで撃破できる機体」とはつまり1発ビーム砲を撃つごとにそれなりのクールタイムを必要とする機体の事なのだろう。そのような機体が複数機いたとは少し考えにくいような気がする。
「どうでしょう? 例えばそういう機体が複数いたとしたなら1機ずつ撃破していくのではなく、一斉射撃で纏めて倒す事を考えるもんなんじゃないでしょうか?」
「そらそうだね。やはりノーブルがいたと考える方が自然だろうねぇ」
私の言っている事が恐らくは正しいのだろうと結論付けるとヒロミチさんの目からは険しいものがなくなり、代わりに彼は頭の後ろで手を組んで背伸びして見せる。
「あの……」
「うん、なんだい?」
射すくめるような視線が無くなった事で解放的な気分になった私は気になっていた事を聞いてみる事にした。
「ヒロミチさんはなんでβ版プレイヤーじゃない私たちのメンバー募集に応じようと思ったのですか? こう言っちゃなんですけど、ランク4.5のアドバンテージってそこまでありますかね?」
だが、彼の返答に今度はこっちが目を険しくする事となる。
「さっきも言ったろ? 俺は借りを返したい奴がいるから強くなりたいんだ。強い連中を集めて微温湯に浸かっているつもりはないよ。君と君のお友達はそれなりにやってくれたら良い。あとは俺がやる。それで君はランキング100位以内の報酬をゲットってわけだ。オーケー?」
「……は?」
一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。
ロボットのアシモフですら私の表情を見てその白い顔面が青くなったかのように表情を変えたというのに、なおも言葉を続ける優男は私の視線に気付いているのか、いないのか。
「こういうゲーム用語を知っているかな? “介護”とか、あるいは『キャリーしてあげる』と言えば分かるかい? 君たちは大船に乗ったつもりでいればいいよ!」
「…………」
ヒロミチさんは煽っているわけでも喧嘩を吹っ掛けてきているわけではない。
喫茶店で落ち合ってから彼とその相棒のロボットが見せていた気さくさは見せかけのものではなく本物であるように思える。
その上で彼は自信を圧倒的な強者と、そして私を庇護されるべき弱者として認識しているのだ。
到底、容認できるものではない増上慢。
たとえ悪意が無かろうとしてもだ。
「……そうっスか? それじゃ、ちょっとこれからミッションにでも行ってお互いの技量を確認してみませんか?」
「おっ、良いねぇ。ライオネスさんの戦闘スタイルが分かれば俺も構成を少し弄る余地もあるかもしれない」
2人が立ち上がったのは同時であった。
睨みつけるような視線に対してヒロミチさんはニッコリと笑顔で返してみせる。
その目は私を見ているのに、その後ろにいる誰かを見据えているかのよう。
恐らくは借りを返したいという相手を向いているであろう男の顔は私を苛立たせる。
「アシモフ、丁度良い『難易度☆☆☆☆』のミッションを探してくれ」
「『難易度☆☆☆☆』?」
「不安かい?」
「まさか! でもヒロミチさんはランク3の烈風だっていうから大丈夫かなって」
私の安い挑発に対し彼は口元を綻ばせてウインクしてみせた。
実の所、私は「難易度☆☆☆☆」のミッションをまだ受けた事がない。
それを見透かされたかのようでカ~と顔が赤くなっていくのを感じる。
でも難民キャンプの大型ミッションは「難易度☆☆☆」の扱いになっていたけど、アレはほとんど難易度表記詐欺みたいなモンだからやってやれない事もないハズ。
私がガレージに戻るためにマモル君を急かすとソフトクリーム乗せデニッシュパンを半分ほど食べてもうお腹一杯になっていた少年はホッとしたような顔で立ち上がった。




