4 トレイン
半世紀ほど昔、オープンワールドタイプのネットワークゲームが初めて世に出た頃よりいわゆる「PK」というものが存在していた。
PK、すなわちプレイヤー・キラー。
他のプレイヤーを攻撃して殺害するプレイヤーである。
もちろん現実の世界でそんな事をすればただの殺人で官憲の御用になってしまうのであるが、ゲームの世界では違う。
それどころかある種のロールプレイとして運営からもその存在が認められたゲームもあるらしい。
半世紀以上にも渡るネトゲの歴史の中でPKプレイヤーたちは種々の事情に応じて様々な手口を編み出していき、その内の1つに「トレイン」と呼ばれるものがある。
元々はあるファンタジー系のアクションRPG物のタイトルで使われ始めた用語らしいが、そのゲームでは他のプレイヤーの殺害に対して重いペナルティが課されていたのだとか。
ならばPKプレイヤー自身が殺さなければいいじゃないと考えたのか、モンスターを連れて来て他のプレイヤーを殺させるという手法が確立されたのだ。
たとえば初心者用のフィールドに隣接した地域から強力なモンスターを連れてくるとか、あるいはダンジョンの稼ぎ用のフロアに別のフロアのモンスターを引き連れてくるとか。
もちろん他プレイヤーにモンスターをぶつける前に自身が殺されてしまえば意味もないわけで、キャラクターのステ-タスやらスキル、装備やらはそれ用の構成にせざるをえないし、直接自分の手を汚すよりも圧倒的に手間がかかる。
だが、異星人からもたらされた技術によらないチープな判断能力しか持たなかったかつてのAIでは彼らを処罰する事はできず、その手法は一定の成功を収めた。
いつしかモンスターを引き連れてくる様を列車に見立てて、その手法は「トレイン」と呼ばれるようになったのだとか。
今回、マサムネさんが取った方法は形からすれば古式ゆかしい典型的なトレインといえよう。
だが彼が引き連れてきたのはファンタジー物のRPGに出てくるようなオークやらオーガやらではなくHuMo。
ライフルやミサイルなどの飛び道具で武装したハイエナの機体である。
ハイエナたちが追跡を諦めないようなギリギリの距離を取りながら、時折放たれるライフルの砲火を躱しながら真っ直ぐに私たちのいる試験場まで駆けてくるのだ。
「げ、迎撃準備! 各機迎撃準備! 悪いけどポリーナさん、試験は後回しよ!」
「は、はい! 御武運を!」
予定では4対1でマサムネさんをボコるつもりが、4対6対1の三つ巴に持ち込まれた形。
おまけに姉が乗る双月は戦力として数えるのも躊躇われるようなもので、しかも支援型であるジーナちゃんの雷電重装型を後方に下げる余裕も無い。
いや、いくらか下げる事はできそうだが、だだっ広い試験場には機体を隠す遮蔽物のようなものはなく、下げる場所が無いと言った方がいいか?
それでもただ手をこまねいているつもりもなく、予想外の出来事に呆気に取られている小隊メンバーを声を張り上げて迎撃態勢を取らせる。
「トミー君、ジーナちゃんのカバーに入れる?」
「た、ただちに向かうぜ!」
「姉さん、敵機は他にいない?」
「それは間違いないっス! 周囲には身を隠せるような場所はないし、周辺には他に機影は見当たらないっス!」
マップ画面で速度を上げたトミー君の機体がじりじりと後退するジーナちゃんの機体へと近づいていく。
「ジーナちゃん、ミサイルの先制攻撃でハイエナの集団をバラけさせられない?」
「え? こちらからヘイトを取りにいくんですか?」
現状、ハイエナ6機の攻撃はマサムネ機のみに集中している。
だがミサイル攻撃をかければ敵はこちらも明確な敵だと認識するだろう。だが、どの道より距離を詰められればハイエナはこちらも攻撃対象だと認識するのだ。
「ええ。なんなら敵の進軍速度を落とさせるだけでもいいわ!」
「ジーナちゃん、やっちゃいましょう!」
「了解です! そういう事なら……」
私もニムロッドを前進させていると前方でミサイルの発射炎が小さく見えてくる。
「双月から敵機の映像、送られてきました」
「了解、……チィ、ライフル持ちもいるわね。マモル君、速度を上げるわ!」
敵はランク3の紫電が3機とランク2のマートレットⅡが3機。
紫電1機とマートレットⅡ2機はアサルトライフルを所持で、残りはアサルトカービンかサブマシンガンを所持。
それに私たちの本来の目標であるマサムネさんの雷電IWNもアサルトライフルを装備している。
トミー君の雷電陸戦型が装備しているサブマシンガンではアサルトライフル相手には有効射程の面で分が悪い。
ジーナちゃんの重装型もアサルトライフルを装備しているが、アレは初期配布のランク1のライフルを後方支援機の自衛用に持たされているだけ。頼りにするには心元無い。
ニムロッドをスラスターを使ったホバー状態にさせて速度を上げて私は真っ直ぐに兄妹の元へと向かう。
改修キットを3つ仕様したニムロッド・カスタムは絶好調。
以前とはまるで別物のような加速力でぐんぐんを速度を上げてまもなくトミー&ジーナ兄妹の元へとたどり着くができるだろう。
それでも私は焦れていた。
(集中しろ! 集中するんだ!!)
気ばかりが焦るが、私はどうにも違和感が拭えないでいた。
昨日の難民キャンプでの戦闘の終盤。
月光と1対1で戦った時のまるで自分自身がニムロッドになったかのような感覚とはほど遠い。
手汗で濡れた操縦桿は不快で、種々のモニターに視線を移すのすらもどかしい。
あの時はそんな事など気にならないくらいに自由自在にニムロッドを操れていたというのに。
あの時の感覚、あの時の集中力こそがホワイトナイト・ノーブルを奪ったプレイヤーとの再戦の時に必要なものだと私は実感していたが、どうにもその感覚を掴みかねていたのだ。
「おや? あの男はいないのですか?」
どうにか敵集団がトミー君たちと接触する前に私は合流する事ができ、一安心していたところに暢気な声の通信が入ってくる。
「……あの男?」
「陽炎を奪ったあの男ですよ。陽炎がいるならさすがに厄介なんで雑魚の相手をさせてる時にコックピットでも潰してやろうかと思ってゲストをお招きしたのですがね」
スラスターを全開にして後ろから飛んでくる砲火を回避しつつグングンを距離を詰めてくるパチモンは昨日とはまるで別物。
ランクが2から4に変更された際に改修がなされたのか少年的な雷電譲りの体形は足が長くなって華奢さこそ感じられるもののサムソン機に近い軍人のようなスタイルとなっている。
それに良く見れば違うとはいえ、ノーブルに似せて作られた外装は私に否応無しにかつて飲まされた煮え湯を思い起こさせる。
「……マーカスさんがいなければどうだというのかしら?」
「別に、面倒な手間をかけなくてもよかったなって」
「へぇ。私たちじゃ貴方の相手にならないと?」
仇敵によく似た機体のパイロットの拍子抜けしたような声が私の心をざらつかせていく。
マサムネさんの言葉は尖ったものではないが一言ごとに私の胸にヤスリをかけてくるかのようであった。
「攻撃開始よ! ハイエナの砲火と私たちの砲火でマサムネさんをサンドイッチにしてやりましょう!」
「了解ッ!」
「兄さん、私の射線を塞がないで!」
私たち3機からの射撃も開始され、私は勝利を確信していた。
後ろから追ってくるハイエナたちの射撃と前からの私たちの射撃。
避けきれるものではないのだ。
「いえいえ。勘違いして欲しくはないんですがね……」
マサムネさんはそれまでと微塵も変わらぬ様子で喋りながら全ての射撃を回避していたのだ。
身を翻しながら前後からの砲撃を優雅に、流麗に、そして繊細に躱していく様はまるで掴もうとした木の葉が手を動かした気流で軌道を変えていくが如し。
それどころかマサムネさんは前後の敵に対して反撃を開始していた。
「うおっ!? あ、あんな動き回りながらの射撃で!?」
「に、兄さん!?」
「ジーナ、俺の機体の後ろに入れ! お前の機体も足をやられるぞ!?」
フィギュアスケートのアイスダンスのように目まぐるしくクルクルと身を翻しながら前後へと射撃を加えていくパチモン・ノーブルに真っ先にやられたのはトミー君の陸戦型だった。
股関節を撃ち抜かれてその場で倒れ込んだトミー君の機体はまだ十分にHPはあるし攻撃も可能だが、それでももう脚部を使った移動はできない。
さらに牽制のために残ったミサイルを一斉発射しているジーナちゃんの重装型も肩アーマーの上に設置していたミサイルポッドを撃ち抜かれて搭載していたミサイルが誘爆。
こちらもまだHPは残っているものの頭部が損傷したせいでマトモな戦闘ができない模様。
そして、それは味方だけではなかった。
いつの間にか荒野の試験場に立っていたのは私のニムロッドとマサムネさんのパチモン・ノーブルの2機だけとなっていたのだ。
マサムネさんを追ってきたハイエナたちの機体も武器と脚部を撃たれて攻撃能力と移動能力を喪失して赤茶けた大地に倒れていた。
「さて、これで邪魔者は消えた、と……」
「貴方、目が見えないの?」
最後にトミー君の機体の雷電を撃ち抜いて破壊した後、マサムネさんのパチモンはその場に立ち止まって私の方を向いていた。
一方、何故か私は未だに無傷。
「だから誤解して欲しくないんですがね。私は貴女と戦いたいんですよ。だから邪魔をしそうな連中は潰しておきました。どうです、ライフルの弾倉を交換されたらどうでしょう?」
まるで不意打ちを仕掛けるつもりはないとばかりに先に自機のライフルの弾倉を捨ててみせたマサムネさんの仕草に私の頭に一気に血が昇っていく。
「ふ~ん、貴方、JKにお熱ってわけ? イケメンランキング1位が泣くわよ?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
私はいつでも跳べるようにニムロッドを中腰の姿勢にさせてから素早くライフルの弾倉を交換させる。
その間にマサムネさんは微動だにしなかったが、私の弾倉交換が終了するとゆっくりと機体を1歩ずつ前進させて近寄ってきた。
「おい……」
だがニムロッドとパチモンの間には擱座して仰向けになって倒れたトミー君の雷電陸戦型がいたのだ。
「またぐなよ……!」
「うん? ……ああ、またいだらどうなるというんです?」
無人の荒野を行くかの如くにまっすぐに歩いてくるパチモンは私の言葉で陸戦型の手前で立ち止まった。
「またぐな、絶対に!」




