3 評価試験
スムーズに回転速度を上げていくモーター音にポンプの水流音、ファンの風切り音にコックピットの中が満たされるとサブディスプレーの灯りのみだったコックピットの壁面が周囲の映像を映し出してまるで自分が空中に浮いているような視界となる。
「ライオネスさん、各機が所定の位置に到着次第テストを開始します」
「オーケー、こちらシステム・オールグリーン! 試験開始地点に向かうわ」
今回のミッションの依頼主であるカスタムショップ・ゴルビーのポリーナさんから通信が入ってきた。
私は僅かな罪悪感とともにポリーナさんの顔を思い出していた。
アジア系、というかもろに日本人顔であるマモル君とは違い、ポリーナさんは白色人種特有の顔立ちの美女である。
色素の薄い白人ながら陽射しに当たり続けていたせいか頬は赤く、紫外線のせいかそばかすも目立つ。
だが、それは彼女の美しさを損ねるような事はなく、かえって客商売らしい人懐っこい笑顔の印象を強める形となっていた。
自身の美貌をひけらかす事もせず、化粧やアクセサリなどの飾り気はなく、着ているのは整備屋らしいオレンジのツナギ服。
カスタムショップ・ゴルビーの社長の娘という事だが、けして令嬢というわけではない。
そういう意味では私は彼女に親近感すら感じるのだが、そんな彼女を騙す事となってしまっているがために罪悪感を感じるのだ。
とはいえ、依頼主に背信するような事をするつもりではない。
やる事はやる。
ただミッション中に起きるであろうポリーナさんにとっては不測の事態を彼女に伝えていないだけだ。
姉さんとこのマサムネさんが奪っていった機体を奪還するため、彼女が依頼したミッションを利用させてもらうというわけ。
今回のミッションは「GTワークス製改修キットの性能調査」。
零細企業であるカスタムショップ・ゴルビーが、押しも押されぬ大企業であるGTワークス製の改修キットの性能調査のために依頼したミッションである。
参加条件は「GTワークス製改修キットを3回使用した機体、もしくは対象機体を含む小隊」。
イレギュラーな形で実装されてしまった改修キットを3回も使用した機体など現状、私のニムロッド以外には存在しないわけで、このミッションは私しか受注できないものとなっている。
姉の話では、このミッションは先着10名限定で受けられるミッションのようで、いわゆる真っ先に3段階改修を行ったプレイヤーに対するご褒美的なミッションなのだ。
ご褒美ミッションだけあって、しっかりと報酬はもらえるが危険はほとんどない。
性能の評価試験が主任務なのであるから危険が無いのは当然である。
それが対マサムネさん用に丁度いいという事だ。
マサムネさんは機体ランク4のパチモン・ノーブルを奪って逃げた。
という事はつまり姉がランク4以上のミッションを受けないと出てこないわけなのだが、マサムネさんが出てきたからといって受注したミッションが中止になるという事はない。
マサムネさんをしっかりと倒して、その上でミッションもクリアしなければならないのだ。
だが今回のミッションの難易度は変動制。
対象となる機体のランクに応じた難易度のものとなるわけで、私のニムロッド・カスタムⅢはランク4.5なので「難易度☆☆☆☆」という事になる。
もちろん評価試験という内容自体が変わるわけではないので、報酬の算出に使われるためのものでしかないのだが、マサムネさんを誘き出すのにも使えるというわけだ。
「双月、所定高度までしばらくかかるっス!」
「雷電陸戦型、もうすぐ所定位置に到着するぜ!」
「すみません、雷電重装型、私が最後になりそうです」
私は今回、確実にマサムネさんを倒すために中山さんに協力を要請していた。
もちろん私は0.5とはいえランクが上のニムロッド・カスタムに乗っている以上は負けるつもりはないのだが念には念をというヤツだ。
もちろん姉のトコのマサムネさんを誘き出すには姉自身もミッションに参加しなくてはならないので中山さんから双月を借りて参戦。
中山さん自身はジーナちゃんの重装型の後部座席でナビゲーターを務め、トミー君の陸戦型も合わせてこちらは4機。
まあ、姉さんの双月は正直あてにできないので戦力として数えない方が無難なんだろうが、それでも上空にいる双月が周囲を監視しているおかげでマサムネさんから奇襲を受けないというだけでも価値があるものと思いたい。
私は荒野の試験場の中をニムロッドを歩かせて評価試験の開始地点まで向かう。
すでに姉の双月は高度6,000mまで上昇。未だマサムネさんの姿は確認できていない。
実践形式の評価試験の相手役であるトミー君とジーナちゃんの機体も事前のブリーフィングで指示のあった地点まで移動中のようだが、やはり2本の足ではなく、戦車のような履帯で移動する重装型の方が速度が上がらず時間がかかるようだ。
「ポリーナさん、聞いてる? 悪いけど試験開始までもう少しかかるみたい」
「いえいえ。双月も雷電陸戦型も回収キット適用済でこちらも興味深いので時間があって助かるくらいです!」
ポリーナさんの意気揚々とした声に騙している事による罪悪感が増していく。
彼女の家業であるカスタムショップ・ゴルビーはガレージショップといっていいほどの小さなお店で、元々はHuMoの整備屋であったそうだ。
ちょっと化粧すればモデルか女優か見紛うほどの美しさの彼女が油と金属粉の匂いに満ち溢れた家業を継ごうと思うだけあって、彼女はいわゆるHuMo馬鹿というか技術馬鹿というか。
興味津々にトミー君やサンタモニカさんに質問していくところをみるに時間がかかってかえって助かるというのは社交辞令ではなく本心からのものであるように思える。
「陸戦型はスペックシート上よりもいくらか加速が良くなっているように思えますがどうですか?」
「ん~、俺も気持ちそんな感じはあるけど、下半身のサスが硬くなってるのか乗り味は悪いぜ? まっ! 加速ってより瞬発力って感じだな!」
「ほうほう。双月の方はどうですか?」
「あ、現在のパイロットは双月に乗るのが初めてなんで私が答えますわ。基本的に飛行性能に変わり無しですわ! スイッチ1つで飛行用エンジンを投棄して陸戦モードになれるようになった事と、その陸戦性能が上がったのがメインでごぜぇますわ!」
基本的にトクシカさんトコのGTワークス製の改修キットは機体の性能を全般的に伸ばす方向で強化されるものであるらしい。
大企業であるGTワークスに対して零細企業で後発のカスタムショップ・ゴルビーでは同種のアイテムである改修キットで市場に参入するにしてもまったく同じ物では長年の信頼があるGTワークスの方に分がある。
そういうわけでゴルビーの改修キットは長所はより伸ばすが、短所はより悪化させるという形になるらしい。
それでも業界の先駆者の商品は気になるのか、しきりに2人に質問を重ねていくポリーナさん。
「ところで先ほどトミーさんが言ってた陸戦型の乗り心地なんですが、コックピットの対Gシートを上位の物に換装する事で改善されますよ? ウチにも在庫はありますが……」
「いいねぇ! 後でカタログ送ってくんな!」
「ちょっと待つっス! 未確認機接近中っス!」
「姉さん、どういう事!?」
質問の合間にちゃっかりとセールストークを入れ込んできたポリーナさんとトミー君の会話をぶった切って切羽詰まった声の姉さんから通信が入ってくる。
その声にただならぬものを感じ取った私は返答を待つよりも先に自分でもレーダー画面へと視線を移す。
「え……?」
レーダー画面を重ね合わせたマップ画面には10機以上の機影が映っている。
自機を含めた4機は緑色。つまり味方。
だが残りは全て赤い点。敵を示す表示だ。
そしてこちらへまっすぐに向かってくる赤い光点の戦闘に表示されていたのがマサムネさんが奪って逃げたパチモン・ノーブルである。
「まさか『トレイン』……?」
「なんスか? ライオネスちゃん、トレインって?」
「……いや、ネトゲの運営社員の姉さんは知ってなきゃダメでしょ」




