2 面倒な女
「う゛お゛お゛~~~ん゛!! い、いったい私の何が悪かったって言うんスか~~~!!」
「ちょ、姉さん、落ち着いて……」
私たちがいる回転寿司のアドレスを送ると姉は数分で駆けつけて、ストロング系ビールを呷りながら次から次へと注文した寿司を胃袋の中へと放り込んでいく。
その様子はさながら悪い男に散々に貢がされた挙句に捨てられた哀れな女がクダを巻いているかの如くである。
だが姉は「自分の何が悪かったのか」と慟哭するが、世に男の数は星の数ほどいようとも鳴き声が「う゛お゛お゛~~~ん゛!!」だなんて女、誰だって嫌だろう。
ていうか、どっから声出してんだ?
「大体、マサムネさんってそういうAIなんでしょ? 非常に高い能力を持つ代わりにたまに機体と資金を持って逃げるって攻略wikiにも書いてあるわよ?」
そう、マサムネさんが機体をパクって逃げるのは別に彼が悪いわけではない。
いや、ごく普通のプレイヤーならそう言ってもいいのかもしれないが、運営チームの一員である姉にとってはそうだろう。
そもそも彼をそのようなキャラクターにしたのは姉たちなのだから。
「大体、マサムネさんに機体を持ち逃げされたくないプレイヤーは彼に免許を取らせないよう推奨されているじゃない?」
「…………そういや、そうっスね!」
私の言葉を聞いてしばらく、姉は「そういやそうだった」と言わんばかりにケロリと泣きやんでネオYAIZU産の宇宙マグロの大トロを口に放り込む。
結局、泣いてても泣き止んでも食うものは食うのか……。
ホント、面倒な女だな。
先ほどから号泣していた姉に対して周囲の店員や客の好奇の目が痛いほどで、まだ店員の苦笑いはいいとして、他のプレイヤーである客の一部なんかはタブレットのカメラモードで姉の姿を撮影している者もいるくらいだ。
そら動画配信サイトなんかを使った広報チャンネルで顔を出してる姉がこんな事してたら、そらそうなるだろう。
「……ていうか姉さん、マサムネさんってクレジットも持ち逃げするらしいじゃない? ここの代金は大丈夫なの?」
「へへっ! 妹の奢りで寿司が食えるだなんて、玲緒奈ちゃんも大人になったもんスね~!」
このアマ、奢りのつもりかい!
まあ、この回転寿司屋もゲーム内世界の店舗であるので支払いはゲーム内通貨のクレジットなのでリアルの私の財布が痛むわけではないのだが。
それでも1皿10クレジットの寿司を次々に、しかも先ほどから姉が食べまくっているマグロのトロだとかノドグロだとかいう高級魚は現実の100円回転寿司よろしく1皿に1貫しか乗っていないのだ。
次の機体を購入する資金難に悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくる。
まあ、姉さんには昨日の難民キャンプで改修キットを譲ってもらった恩もあることだし、思う所はないわけではないがここは気前良く奢ってやるとしよう。
「ところで、姉さんとこのマサムネさんって免許持ってないんじゃなかったの?」
昨日の難民キャンプの戦闘の時点ではマサムネさんはまだ免許を持っていなかった。
そのために彼は多数のHuMo同士が戦う戦場にパーソナルジェットパックを担いで生身で参戦する羽目になったのだ。
うん。そう考えてみるとマサムネさんがバックレたくなるのも分からんでもない。
「いやぁ、それが昨日の1件で運営チームがゲーム内世界の展開に介入していくなら戦力はあった方がいいだろうって、上司の総合ディレクターにお願いしてマサムネ君に免許取らせる事にしたんスよ。費用は運営持ちで」
本来ならマサムネというAIに免許を取らせる場合、その費用は担当プレイヤー持ちになるのだとか。
「で、時間的に教習所から帰ってきてるかな~って時間を見計らってゲームにログインしてみたら、ガレージが空っぽだったってわけっス! アハハハハ!」
ゲーム内世界のトラブルに対処するための措置で、自分がトラブルに巻き込まれてちゃ世話ないわ。
もはややけっぱちとしか見えない姉は高笑いしてヤガラの寿司をヒョイと口に放り込んだ。
「でも、おかしいんスよ?」
「おかしいって、姉さんの精神状態が?」
「違うっスよ~! 本来なら担当するプレイヤーの保有機体数が1機の時にはマサムネ君は逃亡しないようになっているんスよ! 大体、1機しかないHuMoを持ち逃げされたら取り返しに行けないじゃないっスか~!」
それは確かに、だ。
タブレット端末を使って攻略wikiのマサムネの項を表示させると、マサムネ逃亡後、プレイヤーが奪われた機体のランクと同じ難易度のミッションを受けることで戦場でマサムネが現れて戦いを挑んでくるらしい。
つまりは最低でもHuMoが2機はないと成立しないシステムだ。
「ったく、ホントよく分からないことだらけね。ま、不具合が起きたのが一般プレイヤーじゃなくて運営の姉さんとこで良かったって思いなさいな」
「まあ、それもそうなんスけどね。実際問題、玲緒奈ちゃん1人でマサムネ君に勝てるんスか?」
「……言ってくれるじゃない?」
そもそも私がマサムネさん撃破を手伝うのが決定事項のような口ぶりはこの際、置いておくとして、それでも聞き捨てならない言葉である。
「私は姉さんから教わったのよ? 『やる前から負ける事を考える馬鹿がいるかよ』ってね」
そもそも私のニムロッド・カスタムⅢはランク4.5。マサムネさんがパクって逃げたパチモン・ノーブルはランク2の機体。
いかにマサムネさんが優れたパイロットであろうと負けると思う方がおかしいではないか?
「あ、私のイミテイト・ノーブル、昨日の一件でランク4だったって事にしてもらったっス!」
「……それを先に言いなさいよ」
これで性能差はだいぶ薄まったのだろうが、それでもまだこちらの方が格上。
しかもニムロッドは基本性能に優れるサムソン製の機体である。大して姉のパチモンはガワだけノーブルに似せただけの雷電。
ランクが上がろうが、持ち逃げした機体ではトヨトミ系のウリであるパーツの追加による基本性能の拡充が行えないわけで、こちらの圧倒的優位は揺るがないだろう。
「ま、普通に戦っても負けはしないでしょうけど、念には念を入れましょうか?」




