39 黒幕
大空の一騎討ちは終わり、ゆっくりと青い炎のマントをたなびかせながら降下してきたノーブルはカチャリとその数十トンもある質量から考えられないほどの軽い音を立てて穴だらけの滑走路へと降り立った。
「チィっ!? やってられっか!! 俺は降りるぞ!!」
「はいはい。私も2抜~けたぁ~!!」
地上へと戻って来た騎士王がその涼やかな視線を周囲へと向けると、まだ残っていた敵機たちの一部がノイズでも走ったかのように歪んでそのまま消失していく。
「敵さん、勝てないと踏んでログアウトして逃げやがった!」
「ほら! ポイント稼ぎするなら早いモン勝ちだよ!!」
ゾフィーの号令で総攻撃が開始され、次々と撃破されていく敵機たちの中に、また1機、また1機と消失していく敵機たちの姿が混じる。
トイレ休憩などのために用いられる「一時ログアウト」ならば機体はその場に残ったまま。
撃破されていない機体が消失するという事は完全にログアウトして機体が自動的に中立都市へと戻っていったという事なのだ。
上空での一気討ちの勝利もあり、こちら側の士気は最高潮。
黙って帰してやるものかとばかりに味方機は遮蔽物として使っていた装甲壁から飛び出して突撃を開始している。
ライフルの砲弾が尽き、格闘戦用のナイフが連続使用で折れようとも自機の拳や脚部、あるいは機体の質量をも武器にしようと体当たりで苛烈に攻撃をくわえていくのだ。
「ず、随分と燃えてんじゃん?」
「ほれ、きっとアイツらに2度とこんな気をおこさないよう最大限に脅かしてやるつもりなんだろ?」
「なるほどね。お前は?」
「ん~……、さすがに疲れたよ。やる事もあるし、ノーブルに乗ってるのがカーチャ隊長じゃないってバレちゃ困るし、だったらただ突っ立ってる方がサマになるかなって」
確かに。ノーブルはただ砲弾で穴だらけにされた滑走路にただ立っているだけ。
だが、そこには王が兵の戦ぶりを見定めているかのような貫禄があった。
虎代さんが昔、ハマった少女漫画に出てくるロボットをモチーフにしたというホワイトナイト・ノーブルは騎士然とした姿もあって、ただ立っているだけで絵になるのだ。
その眼差しは仏像のように慈悲深いようにも、怒り狂う龍を思わせる怒気をはらんだものにも、また周囲の全てに対して無関心のようにも見えてくるから不思議なものである。
結局、飛燕隊の壊滅と味方が次々とログアウトによって遁走していった事によりほどなくしてトイ・ボックスへと攻め込んできたハイエナ・プレイヤーたちは殲滅された。
味方の最高戦力であるホワイトナイト・ノーブルも、その次に有力である陽炎すら殲滅戦に参加せずとも完全に戦意を喪失した敵は次々と1機ずつ仕留められて、機体を捨てて脱出した哀れなパイロットたちは歩兵部隊に拘束されてマモルたちの待ち構える格納庫へと連行されていく。
「んじゃ、パパは最後に戻る事にするから、サブちゃんは先に格納庫に戻って冷たいのでも飲んでなよ」
「おっ、悪いな!」
私は機体の損傷のために陽炎を後退させつつも、いざという時は胸部ビーム砲で味方を援護するつもりで格納庫出入口付近で待機していたのだがその心配も杞憂であったようだ。
最後までカーチャ隊長への偽装計画を完遂するつもりらしいマーカスに促されて私は先に格納庫へ戻らせてもらう事にした。
私の担当は正直、私の手に余るような人物である事は間違いない。
だが、その男の奮闘によって子供たちの聖域を守り抜く事ができた。
今はただ素直にマーカスに感謝しておこう。
現実の世界では運営チームの文芸設定班がトイ・ボックスにUNEIの出張所を作る案か何かを上手くこじつけている最中であろう。
そうなればトイ・ボックスの防衛にホワイトナイトを使う事ができるハズ。
マーカスがいない時でもここを守る事ができる手筈は時間さえあれば作れたという事だ。
だがそれまでの時間、ハイエナ・プレイヤーたちの手からこの場所を守り抜いたのは間違いなくマーカスの手腕によるものが大きいのだから。
戦闘の余韻が頭に残っているのか、整備員が振る誘導灯はビームソードを思わせる。
指定されたブースに陽炎を駐機させ動力炉の火を落としてからコックピットハッチを開放させると超音速ミサイルの直撃の影響か「ガゴゴ……!」と鈍い音をあげながらも何とかハッチとコックピットブロックを守る装甲は展開。
近くまでよってきた高所作業車のバケットに乗って作業員に合図を送るとアームは伸縮しだして思わず私はよろめいてしまった。
「……おっと!」
思っていた以上に疲労してしまっていたようだ。
バケットの手すりを掴んで苦笑しながら周囲を見渡すと次々と帰還してくる味方機を子供たちが大きく両手を振りながら歓声を上げて出迎えていた。
勝てて良かった。
本当にそう思う。
子供たちの笑顔を守れたのなら、疲労で弱った体も、汗でビッチョリと汚れた衣服もかえって心地良いくらいだ。
私は意図的に格納庫の壁の一面に張られた視線隠しの幕とその奥から聞こえてくるこの世のものとは思えない悲鳴にはあえて目を瞑ってそう考えていた。
「……な~にが『R-12指定(笑) byマモル』だよ? どうせR-15どころかZ指定間違いなしの事をやってんだろ?」
うん。どう考えても気にしないだなんて無理だ!
一体、あの幕の奥で何がされているのかは分からないが白い工事現場に張られているような幕に書かれたマモルの子供らしい可愛らしい字とは正反対のおぞましい事がされている事だけは間違いないと私は確信する。
「ちょッ! ちょっと待って!? じ、自分で入るから!! 自分で入るからちょっと待って!? あ、や、嫌だ!? ぎゃ、ぎゃああああああ!?」
マジで何してんだよ……?
続々と帰還してくるHuMoの稼働音に混じって幕の向こうから何やら機械の作動音のようなものと悲鳴、それとよく分からない水音が聞こえてきている。
多分、知ったら絶対に知らない方が良かったと後悔するやつに違いない。
格納庫の入り口の方へ行けば、幕の向こうから聞こえてくる音も聞こえなくなるのではないかと予想して私は足早にその場を後にする事にした。
「こっちはちょっとしたお祭り騒ぎだな……」
帰還してくるHuMoたちへ子供たちは飽きずに手を振り続け、気の早いパイロットは機体を歩行させながらもコックピットハッチを開放して手を振り返す。
その脇を通って不整地仕様のピックアップトラックが荷台に拘束したプレイヤーを積んで格納庫の奥の幕の中へといく。
そして宣言通りに最後に帰ってきたのは純白の機体。
すでに機体を捨てた敵パイロットの捕縛は完了しており、敵にノーブルのパイロットが誰であったか知られる心配はないと判断したのだろう。
「うん? ここで降りるのか……?」
HuMoたちの王、ホワイトナイト・ノーブルの帰還に子供たちは一層、沸き立ち、反対にVVVRテック社の社員たちは複雑そうな表情を見せるも今回の功労者であるマーカスをこの場でどうこうするつもりはないようで彼らも苦虫を噛み潰したような顔をしながらも両手を打ち鳴らしてマーカスの健闘を讃えている。
整備のため、格納庫の奥へとノーブルを誘導しようと誘導灯を振る整備員を無視してマーカスは出入口付近でノーブルを立ち止まらせてハッチオープン。
ハッチのウインチを使って降りてきたマーカスの顔色は未だに青白く、顔はべったりと脂汗に塗れてダークグリーンのツナギも汚れていた。
「おい! マーカス! どうしたんだよ!?」
「うん~……、最後の仕上げをね!」
空中戦がもたらした負荷がまだ残っているのか、地上へと下りたマーカスは足をもつれさせて倒れそうになったのを慌てて私が支えになってやるほどであった。
私がマーカスの腰に回した手はツナギを濡らす汗の冷たさを感じ、これほどに疲労困憊した状態でもなければけしてこんな事はしないであろうに私の肩に置かれたマーカスの手からはどっしりと体重をかけられる。
その目は充血しきって、いち早く負傷を癒すメディカル・ポッドに入らなければならないのは一目瞭然といったところであるが、当のマーカスが言うにはもう一仕事あるらしい。
そしてマーカスは私に体を支えられたまま腰のホルスターから拳銃を抜き放つととある人物に対して真っ直ぐに向けた。
「……やあ。ハイエナ・プレイヤーたちにここの情報を伝えたのは貴女だろう?」
マーカスの銃が向けられた先にいたのは子供たち。
だが銃口の角度は子供たちを狙ったものではない。
銃口が向けられていたのは子供たちの中にいたただ一人の大人である。
「なあ、栗栖川先生……?」




