36 MAN ON THE TIGHTROPE
「3番機がやられたッ!?」
「クソッ! 油断したか!? いかにカーチャ隊長と言えど空中戦ならばこちらに分があるハズだ」
「ま、また来るぞッ!!」
「編隊を崩すな!! 回避できないほどの弾幕を浴びせてやれ!!」
「だ、駄目だ!?」
「4番機、編隊を崩すな!!」
「無理だ。散開しよう!」
「2番機、おい!?」
空に駆けあがって瞬く間に飛燕隊の1機を撃墜したノーブルに対し、飛燕隊のパイロットたちは半ば恐慌状態となっていた。
編隊の先頭を務める小隊長機は編隊飛行を維持したまま迎撃する事を命じるが、1機、また1機とロールしながら編隊から離れて再び接近してくるノーブルから距離を取ろうとする。
その小隊長機とてパニック状態なのか、飛燕隊は小隊を組んでいるであろうに部隊間通信ではなく先ほど使ったオープンチャンネルのままである。
どだい彼らは規律を重んじる軍人の、それもエリート格であるパイロットではなく、娯楽のためにプレイしているゲーマーなのだ。
パニック状態になってなお編隊を組み続ける事など不可能であろう。
一方、飛燕隊を翻弄しているように思えるマーカスもその実は苦しんでいる。
「う゛う゛、……つ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、う゛ぅ……」
通信機越しに聞こえてくるマーカスの声は野獣の唸り声そのもの。
真っ先に編隊から離れた飛燕を狙って距離を詰めていった所を敵小隊長機の空対空ミサイルで狙われ、CIWS代わりの腕部ビームガンの拡散モードで迎撃しながら破壊したミサイルの破片を避けるために無理矢理に機体を起こして急上昇させる。
仰向けの状態での飛行から瞬時に両脚を振って直立したような形での急上昇。
それが一体、人体にどれほどの負荷をかけるか?
旧式で推力偏向ノズルを持たないF-15戦闘機ですらマーカスのようなパイロットが振り回せば体の出来上がっていないリョースケのような子供は死亡判定を食らってしまうほどなのだ。
ノーブルの両手両足の可動域は航空機の推力偏向ノズルなど比較にならないほどの広い可動域を有する。
マーカスがどれほど極端な操縦をしようと、それに応えてしまうのがホワイトナイト・ノーブルなのだ。
マーカスの操縦が自身の生命力の限界を超えてしまった時、敵は何もしなくともマーカスは絶命して中立都市にガレージバックしてしまう。
マーカスはただ敵と戦うだけではない。空中だけではなく地上の敵機たちにも自身がカーチャ隊長であるかのように振舞い続けなければならないのだ。
だがそのブラフが自身の限界を超えてしまっても駄目。
右に落ちても死、左に落ちても死のまさに綱渡り状態。
「おい、大丈夫か!? マーカス!!」
「……余裕、余裕。宇宙人の方がよっぽど機体をブン回してきやがるぜ!」
さすがのマーカスも言葉とは裏腹、その声は無理矢理に歯を噛みしめていた中から振り絞ったような苦しそうなものであった。
そら異星人の半重力装置を使った円盤の方が運動性は凄いのだろう。
いくらこのゲームがSF世界のものだとしても飛燕は航空力学にのっとった飛行をする物だ。
だが異星人の円盤と戦った時のマーカスが肉体のピークを迎えた頃だとして、今のマーカスはアラフィフの、とうにピークを越えて下り坂を転がり落ちている最中の男である。
その肉体のピークを越えてしまった男が乗るのがホワイトナイト・ノーブル。かつての愛機よりもパイロットを簡単に死線に誘ってしまうじゃじゃ馬なのだ。
いや「じゃじゃ馬」というのは正しくはないか?
ノーブルはいくらでも繊細に命じられたとおりに動いてしまう。言う事を聞かないじゃじゃ馬とはそこが明白に異なる。
そう、ノーブルはいくらでもパイロットの言う事を聞いてしまうのだ。
安全装置などは無い。
あるわけが無い。
ノーブルは陸戦兵器。空戦用にパイロットの負荷を考えたリミッターなど搭載する必要も無いのだ。
それにしても、だ。
いくらなんでもノーブルは動き過ぎじゃないか?
ロールしながら、スピンしながら、敵の火線を避けながら全身のスラスターを使って小刻みながら直角に動いてみたり、急制動をかけたり。
左右2本ずつのフットペダルと3本の操縦桿でこうも思い通りの動きがさせられるのだろうか?
「マーカス、その動き、どうやってんだ!?」
「……はは、各所のスラスターにキーボードのキーを割り振ってんのさ……。あ゛あ゛あ゛!」
言うは易しである。
対Gシートでも相殺しきれない振動の中、自身の操縦がもたらすGの中で思い通りのキーをタイピングする事など可能なのであろうか?
操縦桿ならばいかに機体が振られていても握ったままでいる事もできよう。
だがGに体が振り回されながらのキータイピングなどできる者がいようとは……。
損傷のために陽炎を後退させている自分が申し訳ないくらいであるが、ノーブルの後席に自分が座っていたらマーカスは思う存分戦う事ができないだろうと思い直す。
「やっぱ、お前はスゲ~奴なんだなぁ……」
「だろ?」
フットペダルに操縦桿、そしてキーボードまで使ったノーブルの飛行はまさに圧巻。
甲冑を着込んだ人型であるノーブルの無数の突起からは白い飛行機雲が生じて、その白雲を振り払うかのように青いスラスターの噴炎は盛大に煌めき、そしてノーブルの装甲は青空の中で陽光を受けて七色に輝く。
まるでノーブルが大空の支配者も自分であると主張しているかのように美しい飛行だった。
そのノーブルのコックピットの中で命の炎を燃やして苦悶も厭わずに機体を動かし続けているマーカスの執念が乗り移っているかのよう。
その甲斐もあってか敵の砲火もミサイルもノーブルの装甲に触れる事すらできないでいる。
そしてマーカスは何かを思いついたのか空に上がる前に収めたビームソードを再び取り出して超高熱のビームの刃を自機の進行方向に向けて展開。
ビームソードの刃が航空機のノーズの役割を果たして大気を切り裂き、ノーブルはさらに加速。
「だ、駄目だ。振り切れない!?」
「く、クソ! 瞬間移動? まるで時間を止められたみてぇだ!?」
「2番機! ダイブだ! ダイブして振り切れ!!」
≪飛燕:サトー氏を撃破しました。TecPt:15を取得、SkillPt:1を取得≫
背後からグングンと飛燕に迫っていったノーブルは追い抜きざまに収束モードのビームガンを発射して撃墜。
これで残りは2機。
敵が瞬間移動と見紛うほどの急加速で敵から距離を取って、今度は対向戦のつもりか敵の真正面から突っ込んでいく。
「や、やられるッ!?」
「4番機、撃ち続けろ! こちらからも十字砲火を組む!」
1機の飛燕にノーブルが突っ込んでいくとそれに合わせてもう1機の飛燕も上空から射線を通して砲火を加えてくるが当たらない。
真っ直ぐに突っ込んでいるように見えて、小刻みに機体を振りながらの機動は実にマーカスらしい、嫌らしい機動である。
そもそも十字砲火とはただ異なる射線から敵を撃つだけではなく、鉄条網などで敵の動きを足止めできなければ効果は薄いのだ。
クロスファイアだなんだと名前は勇ましいが動き回る相手に試みたところで当たらないものは当たらないのだ。
それがマーカスほどの相手であればなおさら。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」
≪飛燕:ぴえんを撃破しました。TecPt:15を取得、SkillPt:1を取得≫
マーカスが吠える。
その咆哮に呼応するように激突寸前だったノーブルは僅かに位置を変えて左腕のスパイクを敵機に突き立てて撃墜。
残る飛燕は1機。
マーカスの自身の命を賭けた綱渡りもついに終盤。
その綱渡りの結果、マーカスは陸戦兵器で空戦機と渡り合うどころか、亜音速域での空中戦において文字通りの格闘戦で敵を撃破するという快挙を成し遂げていた。
敵の背後を取り合うガンファイトではない。
ノーブルの前腕と同じ程度の長さのスパイクを敵機に突き刺すという格闘戦。
もはやノーブルを駆っているのがカーチャ隊長以外の者であると疑う敵はいないだろう。
そういや2ちゃんのオカ板の某コテハンニキは元気やろか?




