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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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29 マモル

 幸か不幸か、男のタイフーンは脚部を失った際にバランスを崩して天を仰ぐような形で倒れていた。


 ハッチを開放させると、何かが引っかかるような鈍い音が混じりながらも問題無く胸部装甲は展開し、それからスムーズにコックピットブロックのハッチも開いていく。


 未だ襲撃者側の戦力は防衛側の数倍。

 擱座してしまった男の機体をわざわざ撃破しようという者もいないのか、先ほどの集中砲火が嘘のように周囲には至近弾すら飛んでこない。


 ウィンチ付きワイヤーの先端に取り付けられたシャベルの取っ手のような物に右脚をかけ、ワイヤーを掴んで機外へと飛び出るとウィンチが作動してゆっくりとワイヤーは地面へと下りていく。


「さっ! マモル君も……」

「はいはいっと…… ぁ……」


 男に倣って彼の担当AIも同じようにして降機装置の先端に足をかけて機外に飛び出るものの、次の瞬間に担当AIは頭部を狙撃されて即死判定。


「ま、マモル君ッ!?」


 力が抜けた体がワイヤーから離れて大地に叩きつけられる前にマモルの姿は霧散するように掻き消えてしまう。


 死亡判定を受けた者はプレイヤーにしろ、その補助AIにしろ一瞬で中立都市のガレージでリスポーンするのだ。


「だ、誰がマモル君をッ!?」


 マモルが受けた狙撃は砲弾ではなく銃弾によるものであった。

 HuMoのライフルやCIWSから放たれる砲弾ではなく、またHuMoが対人掃射用に取り付ける重機関銃によるものでもない。


 人間がその手に持って扱う小火器による狙撃。


 しかも機銃掃射を受けたわけではなく、ただの1発の銃撃のヘッドショットによってマモルは即死させられていたのだ。


「こちらの考えはお見通しだったってわけか!! ……って?」


 HuMo同士の戦闘ではなく、内部から施設を占拠、もしくは基地機能を喪失させる事で作戦に貢献する事を男は考えていたのだが、機体を大破させられた男が瞬時に思いつくような事など向こうも想定済みであったという事だろう。


 男はマモルが受けた銃撃から狙撃手の位置を推測し、倒れた自機の陰に隠れて狙撃から逃れようと走り出す。

 だが2歩目か3歩目という所で男も左脚を撃ち抜かれて無様に大地へと顔から突っ込む形で倒れる。


 左脚を襲う激痛もさることながら、まるで自分の身体が自分の物でなくなったかのように身動きが取れない事にパニックに陥ってしまう。


 対人用の小口径高初速弾が左脚を貫通していく時、超音速の弾丸がもたらす衝撃波が体の水分を波のように伝わって胴体の臓器などに不調をきたしているのだ。


 泥の中に顔面から突っ伏し、窒息しそうになりながらも体がいうことを効かない。

 いずれ死へと向かうであろう苦痛の原因は明白で、その対処も容易いハズなのに体がいうことを効かずに苦痛から逃れる事ができない。


 それはこれ以上ないほどの苦痛であった。

 思わずこれがゲームの中の仮想現実である事を忘れて死の恐怖に怯えて泥の中をのたうち回り、何とか泥の中から顔を出して鼻や口の中に大量に入った泥を吐き出して安堵した時、もはや男には砲声や砲弾の炸裂音、数十トンの鋼の巨人たちが駆けまわる轟音の中で自身へと近づいてくる不整地用四輪駆動車の電動モーター音がある事に気付く余裕すらなかった。






(ここは一体……?)


 気が付いた時、男は目隠しをされ両の親指を結束バンドか指錠で拘束された状態で自動車に乗せられていた。


 トラックか何かだろうか、頬や手の衣服に覆われていない箇所が触れるのは車両の床は剥き出しの鋼板で貨物車両の荷台を思わせる。


 だがすぐに車両は目的地についたようで男はコンクリートと思わしき硬い床の上に乱暴に引き落とされた。


「いっ痛たたたた!? こっちは怪我してんだぞ!?」

「それじゃ止血してあげましょうね~! オラ! お前は一味と七味ならどっちが好きだよッ!?」


 男が気配のする方に向かって抗議の声を上げると四方八方から棒状の何かやら足やらが飛んできて男を袋叩きにする。


「あだッ!? あだだだだッ!?」

「オラ! とっとと質問に答えろ!?」

「い、一味とか七味って唐辛子の事ですかぁ!? だったら一味の方で!?」


 男が質問の答えた後も殴打は続き、しばらくして男がぐったりとなった頃、後頭部に銃口らしき冷たく硬い何かが押し付けられた後で男の負傷した左脚に何者かの手が添えられた。


(この声って……、ッッッッッ!?)


 止血のために包帯でもあてるのか布の感触がした事で一安心し、先ほどから聞こえてくる子供らしさの抜けていない、それどころか子供そのものの声がどこかで聞いた事がある声だと考えていたその刹那、患部が異様な熱で焼かれる。


「コイツ、この状況で唐辛子をどう使うか想像もできないのか。まっ、想像力が欠如してるからここを攻めようだなんて思えるんだろうな!」


 聞き様によってはボーイッシュな女の子の声にも取れるような男児の声が嘲笑う。


 患部の内から燃え盛るような熱が生じ、その熱は神経に激痛をもたらす。


 思わず転げまわりたくなるような激痛。

 だが両脇をグリースの匂いが染みついた屈強な男に抑えられて身を捩る事しかできない。


 患部に振りかけられた一味唐辛子を洗う事もせずにそのまま乱雑に包帯は巻かれ、そのままでは血流が止まって壊死してしまうのではと思うくらいに強く巻かれた時点で応急措置は終了。


「それじゃ整備員さん、壁際にでも並べといてください」

「あいよ!」


 そのまま男は2人の男に両腕を引きづられて動かされると、その場で正座を命じられる。


 傷口が痛んで正座なんて無理だと抗議の声を上げるも、それに対しての返答はまるで丸太のような腕から繰り出される殴打とゴツゴツとした作業用ブーツの蹴りによってなされた。


 散々に殴られ、蹴られ、最後にブーツの足裏にキスした所で再び正座を命じられた時、男は抵抗の意思を示さずに正座。


 それから数分。


 遠く聞こえてくる砲声や爆発音に混じって子供たちの歓声が聞こえてきていたが、本来ならば心安らぐであろうまだ幼い子供たちの黄色い声もこの状況ではただ不気味なだけである。


 まれに乾いた銃声がコンクリートの壁に反響しながら聞こえてくるのは銃の射手がこの建造物の外ではなく中にいる事を示していた。

 だが、誰を撃っているのだろうか?


 どこかから聞こえてくる子供たちの歓声には緊迫感は感じられず、敵が攻めてきているような状況ではないように思える。


 ならば誰を撃っているのだ?

 決まっている。

 自分たちのように捕らえた捕虜を撃っているのだろう。


 捕らえられて正座させられているのは男だけではないようで、近くからも遠くからも呻き声や姿勢をずらす時の衣擦れの音が聞こえていた。

 さらに男の右隣にも誰かが連れてこられて正座を命じらると、男の時とは違い、怯えきった様子の新たな虜囚はただ黙って正座したようだ。


 だが目隠しをされたままであるので詳しい事は分からない。

 それが怖い。


 先ほどからたまに聞こえてくる銃声、恐らくは拳銃の発砲音も何のために撃たれているのかが分からないのが背筋が寒くなるほど恐ろしい。


 撃たれた者が反抗したために射殺されたのか、それとも誰かの気まぐれで哀れな犠牲者が出たのか。

 それすら分からないのだ。


 恐怖と直接地べたに正座させられているコンクリートの冷たさ。出血とツナギ服を濡らす汗が乾いて冷えた事による体温の低下。


 男は知らず知らずの内に震えていた。

 雨に濡れた子猫のように。

 ただ震えているしかできない自分の姿を不特定多数にさらす情けなさはあったが、意識しても震えを止める事ができない。


「お~い! 皆ぁ~、ピザハットリにブート・ジョロキアのホットソースがあったよ~!!」

「おっ、良いね! ……オラ、お前ら、目に埃が入って痛いって奴はいるか!? 目薬があったそうだぞ!!」


 またあの幼い男の子の声が聞こえてくる。

 まるで一人芝居でもしているかのように遠くの声も近くの声も同じ声。

 それを聞いて男の中の予感は確信へと変わった。


 それはともかく男の子の「誰か目薬をさしてやろうか?」という提案に乗る者は誰もいない。

 その前に遠くから聞こえてきた言葉を考えれば目にホットソースを注がれるのは間違いないだろう。


「……おい、おい、アンタ。外の様子は分かるか?」

「いや、まだこっちの戦力は残っているだろうが、今どうなってるかは分からん……」


 カツ、カツと足音を立てながら目薬はどうかと問いかける男児の声が通り過ぎていってしばらく、それを見計らっていたのか隣の男が小声で話しかけてくる。


 目隠しをされているので相手の姿は分からない。

 だが中年と呼ばれるであろう年の頃を思わせる左隣の男の声は上からでも下からでもなく、男の耳と同じ高さだと思われた。

 男と同じく右隣の男も正座させられているのだろう。


「話が違うぜ、なぁ?」

「まったくだ」

「誰がおしゃべりして良いっつったよッッッ!!」


 不意に男の背に通り過ぎていったハズの男児の足裏が叩き込まれる。


 感触から察するに男の子は裸足。

 わざわざ冷たいコンクリートの上で裸足になってまで足音を消して捕虜たちが何か企んでいないか監視してまわっているのだ。


「その足のサイズ、蹴りの痛さ、情け容赦無さ、マモル君かッ!?」

「だったらなんだってんだよ!?」


 予想通り声の正体は男も補助AIとしているマモルであった。


 男の子の正体がマモルならば彼がここにいる理由も、まったく同じ声の者が複数いる理由も納得である。

 恐らくは療養所利用者か誰かにマモルを補助AIとしている者が複数いるという事だろう。


 逆上したのかドカドカと背中に叩き込まれる蹴りも、裸足の、しかも小さな男の子のパワーと体重から繰り出されるのならば大して痛くはない。


 そもそも男はマモルに蹴られる事に慣れているのだ。


 それを男の余裕と受け取ったのか、マモルは繰り出すストンピングを止めて手を変えるようにしたようだった。


「整備員さん、コイツの両隣りの奴をボコボコにしちゃってください」

「あいよ!!」

「ちょ、マモル君!?」


 男の左右から思い何かを叩きつけるような音と、束ねたパスタをまとめて折るような音が聞こえてきて、悲鳴と呻き声が耳に染みつくように幾度となく入ってくる。


「や、止めッ……!?」

「ハハッ、恨みがあるなら、……ええと、プレイヤーネーム『ミュラー』って奴のせいだと思いなよ?」


 さすがにマモルたちも捕虜を殺すつもりはないのか制裁はすぐに終わり、マモルたちが離れていくと男は針の筵に座らせられているかのようか心地を味わう事となった。


 散々に殴打された両隣の者があげる呻き声。

 言葉にこそださないものの、明らかに自分に対して向けられているであろう怒気。


 両隣りの者だけではない。

 何が起きたのかを聞いて知る近隣の者たちにもヘマをした自分のハンドルネームを聞かれてしまっていた。


 なんで娯楽のためのゲームでこのような惨めで情けない思いをしなければならないのか?


「整備員さん、ここの緊急停止ボタンって外せますか?」

「あいよ! こりゃ、ちょっとカバー外して配線切れば良いだけだからすぐだな」


 やがて小型の電動車が何かを牽引してくる音が聞こえた後、なにやらマモルと整備員が話をしながら作業をする物音が聞こえてくる。


 一体、緊急停止ボタンとは何の機械をイジっているのかは分からないものの、作業はすぐに終わり、マモルたちは捕虜へ拡声器を使って呼びかけはじめた。


「あ、あ~……、目隠しを外された者からこちらをご覧ください。あっ、正座を崩してもいいとは言ってませんよ?」

「ギャァアアアアアア!? あし、足がぁ!!?!」


 また乾いた銃声が鳴ってだいぶ離れた左方向から悲痛な叫び声が木霊するように響いてくる。


 すでに完全に抵抗の意思を失っていた男は悲鳴を聞いても何をする気にもなれずにただ自分の目隠しが外される順番を待ち、すぐに目隠しが外されると努めて両隣の者と視線を合わせないようにしながら痛む足に耐えながら正座したまま体を回して後ろの方、マモルの声が聞こえて来た方へと向きを変えた。


 そこにいたのは5名のマモルと男も良く知る整備員のツナギ服を着た屈強な男たち、そしてこのゲームの運営であるVVVRテック社のブルゾンを着た者たち。


 整備員たちは鉄パイプや、あるいは血で濡れた釘の飛び出た角材を手にして、ブルゾン姿の会社員風の者たちは手にサブマシンガンや拳銃を持って武装していた。


 そして5人のマモルたちの後ろにあったのは大型の機械。

 サイズ感としては軽トラに乗るかどうかといったくらいの大きさで、金属製の機械は数百kgはありそうなものだったが、男にはとんとその機械が何であるかについて見当は付かなかった。


「さて、お集りの皆さんには1つ考えて頂きたい事がございます。もちろん皆さんのようなクズに子供たちの聖域を奪う事の道義的な可否を考え直せというのではございません……」


 やがて一列に並べられた捕虜たち全員の目隠しを取り終わったのか、マモルの内の1人が話始める。


 その様子は新商品のプレゼンをする電子機器メーカーの代表のモノマネを子供がしているかのようで微笑ましいようでもあったが、マモルの背後にある謎の機械と捕虜たちがこれまでに受けて来た扱いを考えれば暢気に話を聞いているというわけにもいかない。


「我々の第1大隊長、そして実質的な連隊指揮官より僕たちが任された任務は3つ。

 1つは『子供たちの聖域を侵す者への制裁』、2つ目が『もう2度とこんな真似をしようと思わないように躾する』。そして最後が『ログアウトが禁止されたこの場所から貴方たちを中立都市へと送り届ける』という事……。

 それら3つの任務はただ1つのアイテムによってなされます! This is new Woodchipper!」


 ウッドチッパーとは内部に投入された木材などを搭載されたエンジンの動力によって粉砕する林業や造園業などで用いられる機材である。


 誇らしげに自身の背後の機械の正体について明かしたマモルは一変して狂暴性を隠そうともしない顔で捕虜たちを見回すと、普段からマモルを見慣れている男も思わず背筋に冷や汗が走るのを感じた。


「戦闘が終わったらお前らを肥料にするから考えとけよ? 僕たちの手を煩わせずに自分からコイツの中に入るというなら頭から入る事を許してやる。自分じゃ入れないって僕たちの手を煩わせるなら足から入ってもらう!」


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