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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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21 迎撃準備

 山下を怒鳴りつけておいてマーカスはゆったりとした足取りで作戦室の中へと入ってくる。

 さらにせわしなく視線を動かしながら作戦室の中央へと歩いて、その手に持った2本のコーヒー牛乳の瓶の1本を私に手渡してから自分も茶色の液体を煽ってから周囲へ呼びかけた。


「知っているかね? キャタピラー君は現実じゃ両手両足が無いだけじゃなくて内蔵までグズグズなんだと、パオング君は首から上しか動かなくてラストシューティング寸前。パス太君は自分をスパゲッティの具に例えていたよ」


 作戦室に詰めていた20名以上の者たちの視線がマーカスに注がれる。


 彼らとてマーカス以上に入居者の子供たちの病状について把握しているのだ。

 彼らの表情は揃って忸怩たる思いを抱いている事を物語っていた。


「リョースケ君はどうなのかな? フードコートでお絵描きしていた女の子は?

 ま、そんな事は知らんがね。おめでとう、サラリーマン諸君! ここの子供たちの表情は笑顔に溢れていたよ。俺はここの子供たちはメシ、風呂、トイレ、睡眠以外の時間にログアウトする必要は無いと思うのだがね。サラリーマン諸君はどうだ? 子供たちは辛い現実に耐えられるほど強いと思うのかい?」


 ブルゾンを着込んだ運営社員の忸怩たる思いはマーカスへの敵愾心へと変わっていく。

「そんな事、言われなくとも分かっている」「ならばどうすればいいのか?」、行き場の無い思いは社員にとっても分かり切った事を堂々と語るマーカスへと無言の圧力となってぶつけられていた。


「ならば貴方は子供たちが砲弾に吹き飛ばされて炎に焙られる体験を与えるのが良いと? それでハイエナ・プレイヤーたちの僅かばかりの良心が咎めるのを期待するつもりなのですか?」


 社員たちを代表して声を上げた山下をマーカスは声を上げて笑い飛ばす。


「んな七面倒な事を考えてるから髪が薄くなるんだ、このハゲ!! 敵が来たなら戦えばいいだろ!!」

「おいおいマーカス、そこのディスプレーが見えないのか? すでに丘の向こうの敵は500を超えているんだぞ?」

「おまけにこちらにある機体はほとんどがランク2の物、おまけにパイロットである子供たちにはほとんど戦闘経験が無いのです。ただHuMoの動かし方を知っているだけ……」


 別にハゲ呼ばわりされた山下を庇うわけではないが、マーカスが言い出した事はまともに状況を判断できているとは思えないのだ。

 私とマサムネが簡単に絶望的な状況を説明をするもマーカスは私にパチンとウインクをキメただけでつかつかと歩いていって、先ほど山下に館内放送の許可を取ろうとした女性社員が手にしていたマイクを奪う。


「館内放送のスイッチは?」

「え? ええ、これです……」


 有無を言わさぬ獣のような眼光に負けたのか女性社員はたじろぎながらもテーブル上のスイッチを指す。

 マーカスは躊躇いもなくスイッチを押すとピンポンパンポ~ン!というチャイムが鳴って全館へのアナウンスができる状態になった。


「あ、あ~……。諸君らもご存知のとおり、敵襲だ。敵は烏合の衆だが数が多い。こちらには機体はあれどパイロットは不足している。だがここを他のプレイヤーに奪われるわけにはいかない。そうだろう? 玩具箱(トイ・ボックス)は子供たちのものだ。よって諸君らの手を借りたい。例え作り物であろうと心ある者は5分以内に格納庫へ参集せよ! 以上」


 女性社員にマイクを放り投げて返したマーカスは山下へと向きかえって不敵な表情を浮かべる。


「ウチのサブちゃんはこういうのを好まんだろうから俺たちが手を貸してやる。ハゲは上級AIとやらに申請して格納庫内をログアウトできない状態にしてくれ」


 山下たちはつい先ほどまで施設利用者たちの強制ログアウトを考えていたというのに、マーカスが考えていたのはむしろ逆。

 一部だけとはいえログアウトができない状況を作ろうとは一体、何を考えているのだろうか?


「どういう事だ?」

「館内放送でも言ったが、敵は烏合の衆だ。烏合の衆だが数が多い。つまりは長期戦になるやもしれん。という事はだ、一回、撃破したヤツが中立都市に戻った後で課金アイテムでデス・ペナルティーを解除さえてまたやってこられても面倒だ。なら機体から脱出した敵パイロットが腰の拳銃を使って中立都市にデス・ルーラする前に捕らえたらいいじゃない?」


 リスポーンした敵がすぐに戻って戦列に加わる事を危惧して撃破した敵機から脱出したパイロットを捕らえる。

 簡単な理屈ではある。

 だがそんな事を考えていた者はマーカス以外にはいない。


 そもそも5倍以上の、機体ランクを考えればそれ以上の戦力差にあっという間に擦り潰されると思っていたのだから当然だ。


「ログアウトの希望者がいたら格納庫以外でしてもらえばいいだろ? どうだ、できるか?」

「あ、ああ。それなら大丈夫だ……」

「あ、あの……」


 すでに戦う事を決めた男の気迫に圧されてか、山下はデスクのパソコンに向かって上級AIにログアウト禁止区画の申請を行う。


 その山下に1人の男が声をかける。

 周囲の者と同じくブルゾンを着ているが、仕事中とは思えない赤い髪の男であった。


「僕も格納庫に行きたいのですが……、βの時に機動力と耐久を補う形のパイロットスキル構成にしてあります! なにより前の担当さんもきっとこういうのは好まないと思うんです」

「そうか、頼む。俺らもすぐに行くから先に格納庫で説明しといてくれ!」

「はいッ!!」


 赤髪の男、AIナンバー99「ジェムソン」の一個体は山下ではなくマーカスの許可を得ると脱兎の如く駆けだして作戦室を後にする。


「そうか、ここの職員のほとんどはβ版時代のユーザー補助AIが使われているから、そいつらをパイロットにするってわけか!」

「ご名答! よほどの廃人でもなければ正式サービス4日目のプレイヤーよりはパイロットスキルが育ってるだろ?」


 先ほどの館内放送はヒトに対して呼びかけたわけではなかったのだ。

「作り物であろうと心ある者」とは即ち、私たちAIに対しての言葉であったわけだ。


「で、機体のランク格差はどうする?」

「どうにもこうにも、このままぶつかるだけさ」

「はあ? お前は烏合の衆というけれど、敵は500機を超えてるんだぞ!?」

「いやいや、見てみなよ」


 マーカスの視線の先には壁面の大型ディスプレー。

 マップ画面の横にはドローンによって観測された敵の数が520機である事を示すカウンターが表示されていた。


「なあサブちゃんや、このゲームの部隊編成って小隊、中隊、大隊ときて連隊までだったよな? で、連隊の最大機数は512で間違いはないよな?」

「だな。うん? 520? 連隊の最大機数を超えてる……?」

「つまりアイツらは暗号スクランブルのかかった部隊間通信は使えないわけだ」


 部隊間通信を使えない。

 つまりそれは敵機は暗号化されていないオープンチャンネルの通信をも使わなければいけない事を示していた。


「あ~あ、俺なら応募が殺到してもキッチリ512機の連隊を作るんだがねぇ。なんだって欲張り過ぎはよくないよ?」


 そうこうしている内に山下の申請は承認され、VR療養所の格納庫はログアウト禁止区域に設定された事を確認するとマーカスは私とマサムネを引き連れて作戦室を後にする。


「サラリーマン諸君はこちらに詰めて敵の通信内容とこちら側の動きを見比べてサポートしてくれたまえ!」

「……いや、私も行こう! 皆は後を頼む」


 私たちに山下も同行し、小走りで向かった格納庫にはすでに大勢の者たちが詰めかけてきていた。


 山下たちと同じVVVRテック社のブルゾンを着ている者。

 サッカーの審判のユニフォームを着ている者。

 白と黒の縦縞の野球のユニフォームを着ている者。

 エプロンに衛生目的の帽子を被っている者もおり、中には私がポテトとコーラを頼んだハンバーガーショップの店員や、その隣のテナントに入っていたチェーンの讃岐ウドンの店のオバちゃんまでいる。


 彼らはみなAI。私とは違い、今は特定の担当を持たないβ版時代のユーザー補助AIである。


 そしてAIたちを取り囲むように多数の子供たち。100人くらいはいるだろうか?


 整備員が道具を置いているスペースから拡声器を持ってきたマーカスは集まって来たAIたちへと呼び掛ける。


「あ、あ~……。時間が無いから挨拶は省かせてもらうが、まずは君たちに感謝する。ありがとう。

 さて、君たちの中に軍歴のある設定の者はどれほどいるか? 特に退官時に佐官級以上であった者は……? なんなら大尉でもいい」


 マーカスの呼びかけに対して手を上げたのはウドン屋のオバちゃんとサッカーの審判姿であったゴリゴリのマッチョの2名。


 審判姿のマッチョ、デイトリクスは軍にいた時には大尉であったという設定のキャラクター。

 ウドン屋のオバちゃん、ゾフィーは元大佐という経歴を持つキャラクター。


 いずれも高い能力とそれに見合ったデメリットを持つキャラクターである。

 が、両者のデメリットは今回に限っては心配ない。


「ならば大佐、貴様が連隊長をやれ。残り20分で連隊の編成ができるか?」

「やれというのなら『部下に任せる』という手を使わせてもらうよ。アンタがやんな!」

「了解、ならば大尉、貴様に大隊を1つ任せる。できるか?」

「お望みとあらば、お望みのとおりに!」


 3者はそれぞれ自衛隊式、サムソン式、ウライコフ式の敬礼を交わして残りの面子に向き合う。


「さて、サブリナ大隊、デイトリクス大隊。……もう1人、大隊長が欲しいな。マサムネ君、貴様がやるか?」

「遠慮しときますよ。私には指揮官としてのデータはインプットされていませんのでね」

「……私がやろう」


 声を上げたのは山下である。


 大型のタグカーにより地下物資保管庫から運ばれてきたHuMo用のコンテナを背に大隊を1つ任せてもらうと大見栄を切る。


 コンテナが開けられるとそこに収められていた真っ青なHuMoが姿を現す。


「センチュリオン!! ランク7の機体が!?」

「これはセンチュリオン・ハーゲン。機体ランクを6に落とされているが、拠点防衛に限っていうなら大して変わらん。これが私の専用機だよ」

「ふむ。ランク6の機体があるなら指揮を執りながらの戦闘もできるか……」


 確か、私の記憶が定かであるなら専用HuMoを与えられるのは運営チームならばディレクタークラスのハズであったハズ。


 山下はVR診療所計画のためにディレクター級の権限を与えられている人物であるという事なのだろう。


 その山下に大隊の1つを預ける決断を下しながら、何故かマーカスの表情は曇っている。

 私に耳打ちして山下という人物について聞いてくる。


「なあ、サブちゃん。あのオッサン、大丈夫か?」

「さあ、私は知らない人だけど、運営チームでそれなりの地位にいる人だから専用機もらってんじゃない?」

「それだよ、それ! なんで頭髪が薄い人の専用機に『“ハーゲ”ン』なんて名前付けんの? あの人、職場で苛められてない?」


 ハーゲンとは北欧の神話に登場するブルグント族の戦士「ハゲネ」の英語名である。

 その証拠にセンチュリオン・ハーゲンの頭部にはオリジナルのセンチュリオンには存在しないスカンジナビア風の兜のように側頭部からそれぞれ角を模した通信アンテナがこれ見よがしに取付けられている。


「ていうか、あの人さぁ。専用機まで用意されといて降伏してログアウトする気だったのか?」

「ま、まあ。そんな言ってやるなって、なっ!」


 とりあえずは取りなしてみるものの、さすがに擁護しきれないような気がしてきた。


 ホントに大丈夫か……?

キャラクター紹介のコーナー。

・ゾフィー元大佐

 てっぷりと太った60近いオバちゃん。

 HuMoの操縦技能は並程度ながら高い指揮能力を持つ。

 ただし中立都市に所帯を築いており、家事のため朝9時から夕方6時までしか働いてくれない。

 けっこうデメリットがキツいが、その程度でワーストランキング入りはできないのだ。




あと獅子吼(姉)のパチモン・ノーブルがランク2なのに山下さんのセンチュリオン・ハゲがランク6なのは、獅子吼(姉)が自分もノーブルが欲しいとワガママ言ってプロデューサーにキレられたから。

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