20 ハイエナ・プレイヤー
『非常警報発令! 出撃可能な者はただちに出撃準備に移れ! 屋外にいる者は屋内に退避! 各職員は入所者の所在確認を急げ! これは訓練ではない! 繰り返す、非常警報発令…………』
警報音に引き続いて館内に切迫した様子の男の声でアナウンスが流れ、フードコートやショップの店員たちを含めた施設職員たちは小走りで駆けだしていく。
「一体、何が……?」
「分かりません。一緒に作戦室に行きましょう」
「あ、ああ」
マサムネは通話モードにしたタブレットでどこかに連絡を取り、フードコートにいた子供たちの所在を伝えていた。
それから私はマサムネに促されてフードコート脇の狭い通路を通って作戦室へと向かう。
「ドローンを上げろッ!!」
「対地ミサイルでパオング君たちの撤退を支援しろ!!」
「中立都市へ救援を要請して、中立都市防衛隊のホワイトナイトを回してもらえないのか!?」
「駄目です! 上級AIは中立都市防衛隊の派遣は不適当と判断しました!」
作戦室とやらはすでに戦場のような喧噪に包まれていた。
テニスコート2面分はありそうな室内は暗く、壁面の大型ディスプレーやプロジェクターを使ったサブモニターの灯りに照らされて動き回るグレーのブルゾンを着込んだ男女が慌ただしく動き回ったりパソコンを操作している。
彼らが着ているブルゾンの背にはVVVRテック社、つまりはこのゲームの運営元のロゴがプリントされていた。
彼らがこのVR療養所の運用担当の社員たちなのであろう。
「何があったのですか!?」
「敵襲だッ! 詳細は不明!」
「おいおい、この辺は武装犯罪者集団は来ないんじゃなかったのか?」
「敵性NPCではない! プレイヤーたちによる襲撃だ!」
「……は?」
マサムネは手近にいたオールバックの、マーカスのようにお洒落のためではなく薄くなった頭髪を隠すためのオールバックの中年男に問いかけると緊迫した面持ちの男が端的に答えた。
そして男の答えはそれ以上ないほどに端的なものでありながら、私はその言葉をかみ砕いて理解するのにいくらかの時間を必要とさせられた。
「……ハイエナ・プレイヤーだってか?」
「ああ、突如として輸送機が大挙して現れて多数のHuMoを降下させていったのだ。その際に正体不明機の警戒に出ていたパオング君たちの小隊が攻撃を受けた」
中年男が顎で指し示す壁面大型ディスプレーの周辺マップには無数の緑色の光点と赤色の光点が表示されている。
トイ・ボックスに次々と接近してくる緑の光点がターンして帰っていく際には数機の赤点が新たにマップ画面へと追加されるという光景が繰り返されていた。
敵は私たちがそうして来たように中立都市から輸送機をチャーターしてやってきているようだ。
赤い光点で表示されている事からも分かるように、すでにトイ・ボックスの運営チームは周辺のプレイヤーをすべて敵として認識しているようである。
無論、キャタピラーたちが攻撃を受けたのなら敵として扱う事に問題は無いのであろうし、運営チームもただ手をこまねいているだけではなくドローンを上げて敵の情報を探るとともに対空ミサイルで輸送機を落とそうと試みているようである。
だが敵の数が多すぎた。
すでに敵の数は200を超え、それらの上げる対空砲火によりミサイルは次々と迎撃されて敵機を運んでくる輸送機にはただ1機の被害も無い。それどころかドローンも次々と落とされて、その度に新たなドローンを上げて向こうの情報をえている状況。
敵は私たちが越えてきた峰の向こう側で待機し、味方が揃うのを待っている雰囲気。
レーダーの電波が遮断される峰の向こう側の様子を探るにはドローンを上げ続けるしかないが、さりとてそれがいつまで続くかは心細いものでしかない。
さらに懸命に施設まで退避しようとしてくるキャタピラーたちであるが、鈍足のオライオン・キャノンがいるだけに青い3つの光点の速度は上がらずに見ているこちらまでヤキモキさせられるが、敵は3機を撃破する事を急いではいない様子であり、それが不気味である。
いや、200を超えてさらに増え続ける敵機からすれば味方が揃ってから数で擦り潰せばいいとでも考えているのかもしれない。
キャタピラーたちの撤退を支援するために峰の向こうへ対地ミサイルでの攻撃が試みられているが、果たしてそれが無かったとしても向こうが顔を出してくるかどうかは微妙なところだろう。
「……アイツらの目的はなんなんだ?」
「先ほど確認したが、バグか何かの影響でこの施設が何らかのミッションの対象エリアとなっているという事はないようだ……」
「つまりアイツらは自発的にここに来ていると?」
「奴らがハイエナ・プレイヤーなら、何らかの旨味を求めているんだろう?」
「そんな物、ここには無いと思いますよ?」
このゲームは自由度の高さがウリの1つである。
個人傭兵として傭兵組合を通じてミッションを受領し、それをクリアする事によって報酬を得て戦力を強化していく事が一般的ではあるが、道はそれだけではない。
傭兵組合以外の特殊なルートから出されるミッションの中にはこの世界においても違法とされる犯罪系のミッションもあり、それらのミッションを受けずとも自発的に非合法行為に手を染めるプレイヤーもいる。
そのような傾向の強いプレイヤーを武装犯罪者と化したプレイヤー、略してハイエナ・プレイヤーと称するが、彼らだって何も得られるような物の無い場所を好き好んで襲ったりはしないだろう。
「大体、この施設の場所は公にはされていないのだぞ!? 何でこの場所を……」
作戦室の中な悲壮な雰囲気に包まれていた。
対地、対空ミサイルによる攻撃は一切の成果を得られず、ただ敵に弾を使わせるという程度に留まり、中立都市の傭兵組合を通じた緊急ミッションの発令もそれに応じたプレイヤーの到着はいつになるというのだろう。
いや、仮に救援が来たとしてもすでに尾根の向こう側に大挙している敵を相手に何ができるというのだろうか? 焼石に水にしかならないように思えてならない。
その中にあってキャタピラーたちが無事に撤退できそうだというのは小さな、本当に小さな朗報であったが、それで僅かに気が緩んだオールバックの男が呟いた恨み節は作戦室に詰めている者たちの気持ちを代表しているように思えた。
「その事なんですが、山下さん、これを……」
「うん、なんだ? これはネット掲示板か?」
山下と呼ばれたオールバックの中年男の近くにいた女性社員がノートパソコンの画面を見せる。
私とマサムネも山下の脇からノートパソコンの画面を覗き込むとそこには特徴的なネット掲示板の書き込みの中に「レジメン募集! 修理、弾薬補給費のいらない拠点は欲しくないですか?」という書き込みがあった。
さらに某SNSのURLが張られており、興味がある者は連絡してこいという事なのだろう。
「え……、まさか『修理、弾薬補給費のいらない拠点』ってここのことか……?」
「いやいや、それこそ一般のプレイヤーには秘密の事だよ」
「なら、他にそんな場所があんのか?」
「……いや、無い。例えばミッションの依頼主の好意で依頼主持ちになるという事はあっても、恒常的にそのような拠点など存在しないよ。ここ以外には……」
そう例えば昨日の難民キャンプでの戦闘。
トクシカ氏の御厚意で修理費やら弾薬補給費は無料となっていたが、それも最初からそういうミッションだったというわけではない。
あくまで依頼主であるトクシカ氏の厚意という扱い。
機体が損傷したら修理にクレジットがかかる。
弾を使ったら補給に金がかかる。
それはこのゲームのシステムの根幹の1つである。
であるからこそプレイヤーたちはより上手い立ち回りを考えるのであろうし、作戦が上手くいって修理補給費が抑えられた時の喜びもひとしおであろう。
トイ・ボックスのようなイレギュラーな場所を除いて修理費、補給費が無料になるような場所などあるわけがないのだ。
山下はノートパソコンの画面を睨みつけたまま固まってしまう。広い額には脂汗が浮かぶものの、この場を切り抜ける名案は出てこないよう。
そうこうしていると大型ディスプレーにポンと光点が浮かび上がり、オープンチャンネルでの音声通信が入ってくる。
『あ、あ~……。これより30分後、VR療養所接収のための総攻撃を開始する。これは当該施設の利用者に年端もない子供が多いからの処置であり、子供たちのログアウトのための時間である。だが、30分後の総攻撃の際には容赦はしない。施設からの速やかな退避を求む! 以上!』
通信は一方的なものであり、交渉のためのトイ・ボックス側からの呼びかけには一切の返答が無かった。
「ハハハ、これだから人間というのは面白い」
乾いた笑い声を上げるマサムネを睨みつけると笑い声とは裏腹、その表情は呆れかえったようで眉をひそめていた。
「何が面白い?」
「このVR療養所がどのような場所か知って、それでいて自分たちの欲望のために子供たちからこの場所を奪おうとする。想像力の欠如なのか、集団で良心のタガが外れたのか。どっちなんでしょうかね? いずれにしても私たちAIにはできないような事を平然とやってのける。面白いと言わずに何といいましょう」
口では面白いと言いつつも、マサムネは大きく肩を落として深い溜め息をついていた。
「自分、闇堕ちして良いっスか?」
「冗談は良い。それよりも子供たちの強制ログアウト処置の準備を……」
どうやら山下はVR療養所の運営チーム責任者であったようで、部下に指示を出して強制ログアウトの準備に入る。
「この場所を奪われたとして、奪還にはどれほどの時間がかかるんだ?」
「さあてな。ウチのプロデューサーはプレイヤーの行動を尊重しすぎる癖があるからな。もしかしたらここの奪還は諦めて別の場所でVR療養所プログラムを再始動する事になるやもしれん……」
プロデューサーの悪癖とやらは私も重々承知している。
そうでなかったらホワイトナイト・ノーブルの強奪など絶対に許されない行動であっただろう。
だが別の場所でのVR療養所プログラムの再始動には大きな問題がある。
この場所は周囲を山脈に囲まれ、ここ自体も標高5,000メートル級の高地でありながら大気の濃さや気温などは平地とほぼ変わらないという稀有な環境。
そのような場所など他にあるわけもない。
「再始動ってまさか、次の大規模アップデートまで待つのか?」
「…………」
私の問いに山下は苦悶の表情を浮かべるのみ。
やはり、このようなハイエナも他のプレイヤーも近づかないような場所を新たに作るにはマップの大幅な改変が必要なのだ。
つまりは来月予定の大規模アップデートまで新たなVR療養所は作れないという事になる。
国の資金が注入されているのであろうVR療養所計画に暗雲を来す事になりかねない決断。VR療養所が何故必要とされたのかを考えれば安易に施設を明け渡すという決断を取れるわけがない。
だが敵戦力は圧倒的である。
ドローンから送られてくる情報によると敵の数は400を超えて、さらに増え続けている。
ネットの掲示板の書き込みには「レジメン募集」とあった事を考えれば最悪、敵の数は500を超えるという事になる。
このゲームでは小隊は最大8機編成、中隊は4個小隊までで最大32機、大隊が4個中隊までで最大128機。そして連隊は4個大隊までで最大512機。
つまり「連隊メンバー募集」となれば最大500機を超える敵機が集まってくる可能性があるのだ。
大してトイ・ボックスの保有戦力は100機ほど。
それもプレイヤーである子供たちのほとんどには戦闘経験が無いか、あっても限りなく少ない。
そして機体のランクは2のものが大多数。
とても太刀打ちできるものではないだろう。
「それでは山下さん、強制ログアウトのための館内アナウンスをかけます。良いですね?」
「……ああ」
「強制ログアウト? ふざけんな!!」
子供たちが会社と子供たちにもたらす影響を考えてか緊張で顔を強張らせた職員が確認を取ると、山下は深く逡巡の様子を見せてから頷いた。
だが、それに待ったをかける者がいた。
「マーカス!?」
「いよっ! サブちゃん、探したぜ!」




