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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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17 思い出語り

「それに、そんな暴れたら他の子たちもびっくりするんじゃないかい?」

「うん、女湯には私以外には誰もいないけど……?」

「そうなのか、奇遇だな、男湯もだ」


 露店風呂だけではない。

 屋内大浴場にも人の姿は見えず、貸し切りの状態だ。


「ま、風呂って時間でもないし、子供たちは遊ぶのに忙しいんだろ?」

「そうなのか?」


 おっさん趣味のマーカスはともかく、10代前半の少女に精神が調整されている私でもこの温泉は素晴らしいもののように思える。


 広い湯舟の解放感。

 温めだがしっかりと体を芯から温めてくれる湯。

 しかも、その湯はコバルトブルーのような青味がかった乳白色と物珍しいものであるのだから子供だってきっとこの温泉を好きになるだろう。


「良い温泉だと思うんだけどな~!」

「パパもそう思うよ。この青味は硫化銅で、泉質は強アルカリかな? 肌がちょっとヌルヌルするだろ?」

「言われてみれば確かに……」


 腕をさすってみると確かにヌルりとした感触がある。

 温泉の湯自体はサラっとしたものであるので不思議に思えてくる。

 湯舟に入る前に体を洗っていたならば、石鹸の流し残しでもあったのかと思ってしまうだろう。


「なんでだぁ?」

「アルカリ性の湯に肌の角質とかが溶かされてるんだよ!」

「ゲェッ!?」


「体が溶かされている」と聞いた瞬間、私は反射的に飛び上がって湯舟から出ようとしていた。

 足の裏までヌルヌルになっている可能性を考えずに湯舟の中を走ったせいで盛大に転んで顔面から湯舟に突っ込み、鼻の中にまで湯が入ってきた激痛に耐えながら湯舟の中から頭を出すと、竹塀の向こうからは堪えきれない笑い声が聞こえてきていた。


「……嘘なのか?」

「パパはサブちゃんには嘘はつかないよ。成分として硫化銅が入ってるから青味がかってるってのは想像だけど、アルカリ性だから角質を溶かすってのはホント。でもサブちゃんが心配しているような事にはならないさ。むしろ古い角質をゴシゴシとこすらないでも落としてくれるんだ。きっと元の温泉は『美人の湯』とか『美肌の湯』なんて言われて評判なんじゃないか?」


 たしかに命に係わるような溶解液を湯舟に張るわけがないか。

 一応、このVR療養所は国の施設なわけだし、そんな素っ頓狂な代物を作るわけがない。

 少し考えてみれば分かる事であった。


「いやぁ~、それにしてもこの温泉のヌルヌルは凄いな!」

「そうか?」

「パパはいろんな場所の温泉に入って来たけど、アルカリ泉質の温泉でもこうもヌルヌルになったのは初めてだな!」


 私としても「美人の湯」と言われて、効能の説明を聞いてみると確かに効果がありそうな気がしてきて改めて湯に浸かり直す。


 確かに湯に浸かっている肌はヌルヌルとしているような感覚は確かにあるが、それでも石鹸で手を洗う時に感じるほどではない。

 だがマーカスに言わせるとこれでも温泉としては破格の効能であるようだ。


「パパ、一度、別府に行ってみたかったんだけど、そんな機会も中々なくてね~!」

「へ~……」

「パパの昔の職場じゃ、湯布院の陸自さんの演習場を借りて滑走路被害復旧訓練ってのをやってるんだ。地面の中に爆弾埋めて、その上にコンクリートの滑走路を作って、その爆弾を爆発させて滑走路を壊して、そこを施設隊の連中が応急処置して再使用可能な状態まで手早くもっていくって訓練さ」


 仮想現実の世界とはいえ、長らく憧れていた別府の温泉を楽しむことができたせいかマーカスは意気揚々と昔語りを始めていた。


「それじゃパイロットのマーカスは関係無くないか? 別に直した滑走路に実際に着陸してみせろってわけじゃないんだろ?」

「そうだね。仮設の滑走路は訓練に必要な分だけのサイズしかないからね。着陸なんかできないよ。できたらF-15はVTOL機だね。でも訓練の気分を盛り上げるために爆弾を爆発する前に戦闘機で急降下して見せるんだよ!」

「あん? じゃあ何だ? わざわざ戦闘機飛ばして、急降下させて、そのタイミングを見計らって地下の爆弾を爆破させるって、お前の職場はゴッコ遊びでもしてたんか?」

「ハハッ、そら手厳しい!」


 朗らかに笑うマーカスの声は楽しかった頃の昔を語るというよりも、思い出話を私に語る事自体を楽しんでいるかのようである。


「で、そんな大がかりな訓練だから事前準備もけっこうな期間がかかってね。施設隊の連中なんかは1ヵ月くらい前乗りして課業後は湯布院とか、お隣の別府の温泉を楽しんでたそうなんだ。まあ、そいつらはいい。だって汗水垂らした仕事の後だからな! でも訓練の視察にきた航空総隊司令まで当日は別府で一泊38,000円の旅館に泊まったって話を聞いたのは羨ましかったな~!」


 確かマーカスが現役のパイロットであったのは20年ほど昔の事であったハズ。

 なのに旅館の宿泊料金を覚えているというのはそれほど根に持っている事だというのだろうか?


「へぇ~……、で、お前は?」

「湯布院にも別府にも滑走路は無いんだ。福岡の基地の外来宿舎だったよ……」

「そら、ご愁傷様」

「ま、今となっちゃサブちゃん相手に話のネタになるんだ。きっと良い思い出ってヤツなんだろうさ」


 マーカスは1人で納得したのか感慨深げにまるで自分に言い聞かせるような口ぶりであった。


 ちょうど昔の仕事の話が出た事であるし、私は昨日の難民キャンプから気になっていた事を本人に聞いてみる事にする。


「なあ、マーカス、お前、有名人らしいじゃん? その辺、お前はどういうスタンスなの?」

「なんだ、知っていたのか?」

「昨日からな。自分からリアルのエースパイロットである事を吹聴してはいないけど、かといって戦闘機パイロットであった事を隠そうとはしていないみたいだし、身バレとかどう考えてんのかなって」


 本来であれば、私のようなユーザー補助AIは担当ユーザーや他プレイヤーに現実世界でのトラブルが起こらないよう身バレや間接的にでも個人の特定を防ぐようになっている。

 例外はライオネスとサンタモニカのようにリアルで知己の間柄であるとか、虎代さんのように動画配信サービスなどで顔を出している運営スタッフなど。


 そしてマーカスのような有名人もその例外の対象になりうる。

 なりうるのだが、マーカスの場合は立ち位置が微妙なのだ。


 運営が想定していた有名人の扱いとは、たとえば芸能人やスポーツ選手、モデル、動画配信者などが動画配信サービスなどでゲームをプレイしている様子を配信しているようなものを想定していたもの。


 自分から有名人であることをオープンにしていくのをわざわざ邪魔する必要はないし、なんならそうしてくれた方がゲームの宣伝になるというのが運営の考え方だ。

 場合により、なんらかの便宜を図ってもいいとすら考えているようである。


 ところがマーカスの場合は自分から有名人であることを周りに知らしめていくつもりはないようだ。


 そもそもマーカスが現役のパイロットであったのは20年も前の事。

 現にライオネスは甘味処で初めてマーカスに会った時、マーカスの事を知らなかったようだし、ここの栗栖川も粕谷というパイロットに思うところがあるようであったが、20年の時を経たマーカスの顔に気付かなかったのだ。


 ただ粕谷1尉の名が完全に忘れ去られたかというとそういうわけでもないようでリョースケはわざわざ運営に粕谷1尉の機体のレプリカを用意してもらうようなファンみたいだし、このゲームの運営もマサムネ・カスガイという粕谷1尉をモチーフとしたキャラクターを用意している。


 有名人として扱っていいかどうかは微妙なところである。


「ん~……。自分の人生だ。恥じるものでもないのだから隠す必要も感じないけど、かといって煩わしくなるのも面倒だな、ってところかな?」

「……それは粕谷1尉に対して恨みを持つものがいたとしてもか?」

「うん? そりゃ中国人かい、それともロシア人? 宇宙人ではないと思うけど?」


 私には栗栖川の名を出す事ができなかった。

 空を飛ぶ白と黒のF-15を見上げる栗栖川の表情はただ粕谷1尉を恨んでいるというよりは、もっと複雑な何かがあったような気がしていたのだ。


 ていうか、恨みを買っている自覚はあるのかよ……。


「あの、マーカスさん、貴方、VRヘッドギア被ってゲームしてて大丈夫? 目が覚めたら麻婆豆腐とかピロシキにジョブチェンジする直前って事はない?」

「大丈夫だろ? そんな気を起こすような柔なやり方はしてないさ。……話は戻るけど、仮にパパに恨みを持っているものがこのゲームの中にいたとしたら、このヌルゲーにも良いアクセントになるんじゃない?」


 そらこのゲームは極々普通の一般人を対象として作られたものだ。ガチのエースパイロットがやってきてヌルゲー呼ばわりするのはさすがに違うと思う。

 そもそも、ヌルく感じるのなら低ランク機体を使ってみればいいのだ。1人だけ運営の切り札だとか大型イベントのボス機体だとかパクっておいてそりゃないだろう。


「……このゲームのヌルさとか、お前に恨みを、とかは置いておいて、スパイスになりうるヤツならその内に出てくるかもな」

「サブちゃんのお友達の事かい? そりゃあいい。あの子とサブちゃんがお友達でいられる程度にそのうち楽しませてもらおうかな?」


 ……気付いていたのか?

 正式サービス初日にライオネスのニムロッドを蒸発させていた事に?


 竹塀の向こうのマーカスの姿は見えず、声だけでしかその真意を探る事はできない。

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