14 敵のボスキャラが味方になると弱体化する現象
「お~い! おっさん、本気かよ?」
通信機から聞こえて来たのはパス太の声。
格納庫で陽炎を見ていたらマーカスから呼び出されてきたようだ。
「本気、本気。パス太君も見てるだけじゃ詰まらんだろ?」
「って、言ってもよぉ……」
小生意気な大人を舐めた子供という印象であったパス太がこうも遠慮しているような声を出すとはどういう事だろうか?
いや、遠慮しているというか戸惑っているような。
そこで私は気付いた。
ピンク色の陽炎の胸部と肩部からそれぞれ左右一対ずつ取り付けられている腕部にそれぞれライフルが持たれている事に。
しかもスカートアーマー前部と背部、大きく迫り出した左右の肩アーマー端のCIWSはカバーが展開して35mm機関砲がいつでも射撃できる状態だ。
「うん? 怖いなら怖いと言ってもいいのだぞ? なんならサブちゃんに変わってもらうし」
「こ、怖くなんかね~よ!」
「おい、ちょっと待て、マーカス、おま……!」
私がマーカスを問い詰めようとする言葉を発する前にF-15のエンジン音ではない轟音が鳴り響いて私は自分の口から言葉を発する事ができたのかも分からない状況へと陥る。
何事かと轟音が聞こえてきた方向を見ると、陽炎の左肩アーマーのVLSから青い噴炎の尾を引くミサイルが天へと一直線に駆けあがっていくところであった。
どこへ?
もちろん、そんな事は決まっている。
大空にある標的となるものはただ1つだけ。
マーカスとリョースケが乗るF-15だけだ。
「おいおい、ミサイル1発だけかい?」
落胆したような、中々に本気にならないパス太を煽っているかのようなマーカスはその言葉通りに自機に対して軌道を微調整しながら飛んでくる高速のミサイルをヒョイっとロールしてからのダイブで振り切ってみせる。
近接信管が作動して自爆したミサイルの破片もマーカス機に対して損傷を与える事はできなかったようだ。
高高度からのダイブから水平飛行に移った後のバンクは続きを促しているのか、それともパス太を煽っているのか。
「クッソ!! 舐めやがって!?」
その言葉を切っ掛けに陽炎が手にする4丁のライフルが一斉に対空砲火を撃ち上げ始める。
それと同時に両肩の肩アーマー内垂直発射機からは次々とミサイルが打ち上げられていき、目を閉じればまるで激戦繰り広げられる戦場の如き数多の轟音が響き渡っていた。
4丁のライフルに同じく4門のCIWS。加えて中型艦船に匹敵する搭載量を誇るVLSのミサイル群。
陽炎という重駆逐HuMoはただ単騎でそこを激戦地もかくやという戦場へと変えてしまう火力を有しているのだ。
「……ァッ……!? ぅ゛……!! っ……。 ぁ」
鳴り続ける砲声と打ち上げられていくミサイルが大気を切り裂く音。
大空から轟いてくる戦闘機の2基のエンジンが自壊せんばかりに全力で酸素と燃料を燃やしてタービンを回転させ続けていく轟音に、金属の巨鳥がその翼で大空を滑っていく悲鳴にも似た風切り音。
数多の騒音に混じってタブレット端末からリョースケの声が聞こえているような気もするが、とても何を言っているかなどは聞き取る事ができない。
むしろ大空を縦横無尽に飛び回るF-15を見るに、仮に周囲を埋め尽くす轟音の全てが無かったとしてもあの機体のコックピットの中にいるリョースケが意味のある言葉を発せたかどうかは甚だ疑問である。
「チクショウ、ちくしょう、畜生! なんで当たらないんだよ!?」
「なんだ? もう終わりかい? それならサービスでもしてあげようか?」
大小合わせて数百発の砲弾に数十発のミサイルの攻撃を躱し続け、F-15の被弾は無し。
断片で損傷すら負っていないマーカスは陽炎のライフルから空になった弾倉が投棄されたのを見て一気にダイブ。
地表スレスレまで降りたF-15はそのまま水平飛行に移って陽炎めがけて一直線に加速。
「おっ、なんだ、なんだ?」
「模擬戦でもやってんの?」
「でも、ウチにあんなデカいロボットいたっけ?」
「あれ、パス太が乗ってるらしーぜ!?」
「はっ、ダッセ! 攻略組っても飛行機1機落とせね~でやんの!」
これほどの轟音を周囲に振りまいていれば当然だろうが、周囲のサッカー場やテニスコートでスポーツに興じていた少年少女たちも陽炎VS旧式戦闘機の戦いに注目しだしていた。
施設の窓を開けてこの戦いを見守っている者もおり、一体、いくつの目がパス太の醜態を見ているかは定かではない。
その視線が少年のタガを外した。
「い、いくらなんでもこれは避けられね~だろッ!?」
機体を旋回させて迫ってくるF-15と正対した陽炎の胸部装甲カバーが展開する。
「あ、馬鹿! さすがにそれはやりすぎだ!」
陽炎の胸部大口径ビーム砲。
敵戦線に穴を空ける、その機体コンセプトを体現する武装は陽炎のアイデンティティーと言ってもいい。
その大口径ビーム砲から生じる二段加速式ターボ・ビームはHuMoの複合装甲もその内部の大重量に耐える堅牢なフレームも一緒くたに蒸発せしめるまさに必殺の兵装である。
HuMoのような装甲も耐久もないF-15のような戦闘機ならば直撃せずとも超高熱の余波にすら機体は絶えられないであろうし、超高音に熱せられた空気を吸入してしまえばジェットエンジンもその機能を喪失してしまうだろう。
私は自分の目の異常を疑った。
いや、エラーチェックアプリを動かそうとは思わなかったが、私の目の前ではとても信じられない事が起きていた。
陽炎から放たれたビームの火線。
そこにマーカス機の姿は無かった。
陽炎のコックピットに隠しカメラでもあって、それを見てパス太がトリガーを引くタイミングを見計らったと言われたらそう納得してしまうようなタイミングでマーカスはインメルマン・ターンで高度を上げてビームの火線の真上を飛んでいたのだ。
太いビームの真上、熱の暴力の範囲外ギリギリを飛ぶマーカスは数秒間のビームの照射が終わると今度は真逆の動き、スプリットSで高度と進行方向を元に戻すと再び加速。
さらに信じられなかったのはそれだけではない。
いや、ある意味では「そら、こうもなるだろう」と納得してしまうような事実。
「すっげぇ~~~! 外からだとこう見えるのか~!!」
いつの間にか私たちの傍らに1人の子供が来ていて、興奮した男児はピョンピョンと飛び跳ねながら歓声を上げている。
「……おう、マーカス?」
「なんじゃい、サブちゃん、君もコイツに乗ってみたくなったかい?」
両手を振り上げて大声で歓喜の声を上げる男児の頭には戦闘機用ヘルメットに着ている服はダークグリーンの空自仕様の飛行服。
「リョースケ、どうしてる?」
「あん? 後ろの席にいるだろ?」
「ちょっと後ろ見てみろ!」
「…………あ」
「いねぇだろ!? リスポーンして私たちンとこにいるんだよなぁ!?」
いつの間にか私たちの傍に来ていたリョースケの頭の上には「医療経過観察中」という文字が浮かんでいる。
早い話、それは死亡したプレイヤーに対する一定時間の再出撃を封じる、いわゆるデスペナルティーだ。
「あ、え? りょ、リョースケ!? どうしたの!?」
「分かんない!」
「どういうことさ~?」
「グワ~ってなって、頭ん中ジワ~ってなったら目の前が真っ赤になって、それから真っ暗になって気が遠くなって気付いたら格納庫にいた!」
このゲームは全年齢が対象のものではあるが、低年齢層やゴア表現が苦手な層への配慮として流血表現は設定で変更する事ができる。
15歳以下ならば問答無用で流血表現はOFFにされているハズだが、Gによる毛細血管のダメージ、それに伴うレッドアウトは想定外であったようでリョースケの身に降りかかったのはそういうことなのだろう。
そしてブラックアウト、さらに身体の機能が維持できなくなり死亡判定と続いたわけだ。
タイミングを見るに、マーカスが地表スレスレに高度を落とす前にはリョースケは死亡していたとみるべきだろう。
「ち、チクショウ? パス太、リョースケの仇だ?」
「く、来るな! 来るな!! 来るなァァァァァ!!!!」
「いや、なんで疑問形なんだよ。てか、100パーお前が悪いだろ!?」
さすがにあの野郎も自覚はあるのか随分と間の抜けた声ではあるが、それでもパス太は狂乱したような声を上げていた。
無理もない。
今やF-15は地表スレスレを飛ぶ大型ミサイルと化したかのようで、対する陽炎にはもはや迎え撃つ手段はほぼ無いと言ってもいい。
マーカスが高度を下ろした事でパス太は胸部ビーム砲で勝負を決めるつもりであったようで、未だライフルには予備の弾倉は取り付けられておらず、対空ミサイルも打ち切っていた模様。
また4基のCIWSの内、背部の1基は高度の低い相手に対して射角が足りず、残る3基も次々と弾切れとなっていく。
対するF-15は地表スレスレを飛んでいるというのに陽炎の最後の抵抗であるCIWSの機関砲弾をヒラリヒラリと左右へロールして回避し続け、なおも加速。
そして激突の瞬間かと思われたその時、爆発音の如き轟音が響き渡ってF-15が白い三角錐に包まれた。
バリアフィールドではない。
F-15にはそんな物など搭載されていないのだ。
白い三角錐の正体はいわゆるショックコーン、爆発音は音速の壁を突破した際に生じる衝撃波、ソニックブームだ。
地上30メートルかそこそこで音速を突破した余波は2kmは離れている私たちの元へも押し寄せてきて立っていられないほど。
当然、すれ違い様にソニックブームを叩きつけられた形となった陽炎の被害は甚大。
陽炎が重装甲とはいえ、それは砲弾やミサイルの被弾に対してのものであり、そんな殴り合うような距離でソニックブームを叩きつけられるような事態などは想定されていないのだ。
種々のセンサーを潰された陽炎はそこで沈黙した。




