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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第2.5章 サンクチュアリの子供たち
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5 玩具箱、あるいは聖域

 私の知り合いと分かり、少年に倣いマーカスも銃口を下げるとそれからはしばらく私たちは再会を喜んで話に花を咲かせていた。


「そういえばこないだはなんですぐに帰ってしまったのさぁ? あれから皆でフレンド登録したりして盛り上がったのに」

「スマンなぁ。ちょいと急用があってね」

「服屋に行くのが急用かよ?」

「サブちゃんに服をおねだりされては万難排除して全速でむかわなければならないだろう?」

「ハハッ! マーカスさんは随分とこのゲームを楽しんでいるようで何よりさ~!」


 少し引っかかるような所もあったような気もするが、マーカスもキャタピラーと穏やかな調子で話していてそこだけは一安心。

 だが、そのキャタピラーの声色が変わったのはそれからすぐの事であった。


「……ところでお二人にちょっと聞きたいことがあるんだけど、二人はなんでここに来たのさ~?」


 その声は何かを確かめようとするような、こちらの懐に潜り込んで探りを入れてきたような。

 底抜けに明るい幼さの残る少年という印象であったキャタピラーから不意にそんな低くなった声が飛び出してきて思わず面食らってしまう。


「ふむ……」


 少年の声の変化にはマーカスも気付いたようで、少しの間だけ考えた様子の彼は結局、ありのままの事を答える事にしたようである。

 幸い、キャタピラーは何か探りを入れてきたようではあるが、別に敵対の意思を示したわけではないのだ。


「いやぁ~、今日の昼休みに公式サイトの地図を見ていて面白そうな所を見つけてねぇ」

「それがここだったってわけさぁ? よっぽど地図を拡大してみないと分からないようになってるハズさぁ!」

「そんだけ暇な昼休みだったのさ」

「良い歳して、とっとと働けって怒られないさぁ?」

「良い歳だから、その辺の判断は自分でして良いんだよ!」


 話ながら含み笑いするマーカスの様子で私も気付く。

 マーカスは「面白そうな所を見つけた」としか言っていないのに、キャタピラーはその言葉をこの近辺の異常性と結びつけて考えている事に。

 しかも「分からないようになっているハズ」とはまるでキャタピラーはその異常性についてよく理解している事を白状しているも同然ではないか。


「ふぅん……。となるとマーカスさんは自分でこの場所を見つけたという事は最近の人たちとは別口……」


 追い求めていた謎の手がかりを見つけた私たちとは裏腹、一方のキャタピラーの方はというと私たちに探りを入れてきた理由とは無関係と納得してみるみる内に気が抜けていくかのように元の陽気な少年へと戻っていった。


「は~、そういう理由でこの場所が見つかる事もあるわけさぁ。運営の人たちもこの近辺ではミッションが発生しないようにしているって言っていたのに」

「ミッションじゃなくても現地訓練って名目を付ける事もできるんだよ」

「現地訓練……?」

「ほれ、他のゲームでいうところのトレーニングモードの代わりみたいなモンだよ」

「ああ、なるへそなるへそ」


 仮想現実世界への完全没入型というこのゲームの仕様上、トレーニングモードの実装は難しいらしい。

 そういうわけで傭兵教習所の一区画を借りて練習を行う事はできるし、特殊な環境での訓練を行いたい場合は組合に申請を出す事で輸送機のチャーター代や燃料代に補助が出る「現地訓練」というシステムがこのゲームには存在する。


 私たちも、マーカスは「ピクニック」とは言ってはいたものの、この現地訓練のシステムを利用してきていたのだ。


 いや、それよりもキャタピラーが言った「運営の人たちもこの近辺ではミッションが発生しないようにしているって言っていた」とはどういう事か?


 その口ぶりではまるでキャタピラーが運営と繋がっているみたいではないか?


 昨日見た短パンTシャツの少年が謎の手がかりどころか、謎そのものみたいに思えてくる。


「ま、そういうわけならすぐそこだしウチよってくさ~!」

「……は?」

「おっ、良いのかい?」


 ところがどっこい。

 私の中で謎の存在と化していた当の少年本人が乗るズヴィラボーイは丘の向こうを指さす。


「別に良いんじゃないのかな? だって今の段階では大々的には宣伝していないみたいだけど、かといって別に隠しているものでもないさ~!」


 恐らくはこれから向かう先、先ほどマーカスが打ち上げたドローンが送ってきた映像にあったという建造物こそがこの周辺の特異な環境の理由なのだろう。


 建造物がこの異常な空間を作り出しているのか。

 それとも、その建造物のために運営が異常な空間を用意しているのか。


 いずれにせよ、キャタピラーが「ウチ」というくらいなのだ。

 彼はそこの住人という事、つまりはその建造物と密接に関わっているという事だ。


「ほれ! こんな何もないとこにいつまでいたってしょうがないさ~!」


 私たちを先導するために背を向けて来た道を戻っていくズヴィラボーイ。

 通信チャンネルをオープンから限定モードに切り替えたのか、キャタピラーの声は聞こえなくなるが、それは仲間たちに私たちの事を伝えていたようで、3機が丘を越えてすぐに左右両脇の光景が歪んだかと思うと光学迷彩シートを脱ぎ捨てて2機のHuMoが姿を現す。


「紹介するさ~。『オライオン・キャノン』に乗っているのがパオング、『紫電改』がパス太さ~」

「スッゲェェェ!! 陽炎、ちょ~デケェェェ!?」

「……呆れた。ホントにHuMoを魔法少女アニメの主役みたいな色にする素っ頓狂な人がいるだなんて」


 プロテクターを付けたアメフト選手のようにゴツい機体の両肩に短砲身の砲を1門ずつ担いだオライオン・キャノンのパイロットは大人びた声質の少女。

 陽炎の巨体を見て飛び跳ねて驚きと喜びを表現している小柄の機体に乗っているのはキャタピラーと同じくらいの年頃を思わせる少年であった。


「はじめまして、私はマーカス。で、こっちがウチの娘のサブちゃん」

「サブリナだ。コイツの事は頭がおかしい大人だとでも思ってくれ」

「聞いてる、聞いてる! 魔法少女カラーのHuMoでピンチに駆けつけてくれるニクい奴と、敵の陽炎をかっぱらうオジサンでしょ!?」

「……まあ、お客さんなら歓迎するわよ?」


 パオングというハンドルネームの少女は大人びている印象のせいか第一印象はどこか陰があるというか冷たさを感じたものだが、自己紹介が終わった後にクスリと笑った彼女の声はなんともいえない女性らしさが垣間見えて、きっと将来は男性諸氏にモテるのだろうなと思ってしまう。


 反対にパス太の方は落ち着きがないというかなんというか、あれだけ機体を飛び跳ねさせればコックピットの中もエラい事になっているだろうと思えるのだが、テンションの上がった少年にはそんな事など些細な事であるのかもしれない。

 こちらは将来が不安になってくるくらいだ。


「……なあ、『お客さんなら』ってどういう事だ?」

「その話は歩きながらするさ~! ほれ、もう見えてるあそこさ~!」


 私が気になったのはズヴィラボーイを始め3機がそれぞれ武装している事だった。


 おまけにパオングとパス太の機体は光学迷彩シートに身を隠した状態でキャタピラーに先行させるという手段。

 これではまるで正体不明の敵かどうかすら分からない相手を警戒しているみたいではないか?


 それにしてはキャタピラーはこちらが拍子抜けするほどに容易く私たちを「ウチ」へと招待してくれている。

 これは一体、どういう事なのだろう?


 そして、ズヴィラボーイが指さす方角に小さく見える建造物は謎に拍車をかけてくるような代物。


 それは作りかけの積み木細工のようであった。

 天を突く巨人が玩具箱をひっくり返したように山の斜面に直方体を主体とする形状の建造物が幾つも組み合わされ、オマケに周囲にはHuMo用の大型格納庫やら隣接する滑走路に、テニスコートやサッカー場のようなものも見える。


 建物の配置がひっくり返した玩具箱なら、周囲の施設の節操の無さもまるで玩具箱の中身のようだ。


 欲しいもの、必要なものを適当にポンポン追加していきましたと言いたいかのような玩具箱。


 それが私がその建造物群に受けた第一印象である。

 そして、これが聖域(サンクチュアリ)の少年少女たちとの出会いのはじまりであった。

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