ヒトバシラ
環は読書が好きだった。
兄弟はおらず、両親共に帰りは遅い。友人と遊ぶのも、持て余した彼の時間を潰すには余りにも心許ない。必然的に彼は一人で成り立つ暇潰しに長けていったのだ。
「軛村の伝承……」
県市立図書館の絶妙に鄙びた雰囲気の中、黴なのかなんなのかよく分からないモノを纏っている古文書を環は紐解いた。最早古文書である。
県市と軛村の所以は古く、軛村の過去を知りたいとなれば県市の図書館を訪れるのが当然の筋である。
伝承、生け贄、ヒトバシラ……。
そんな不安な言葉がそこかしこに登場する為、これが本当に自治体の歴史を正式に綴った書物なのかと環は目を疑ってしまう。
だが、口伝する人間の息絶えた時代に限っては、伝承だろうがなんだろうが、あらゆる文献から当時の時代背景を推し量って事実だと推定するしかない。
「なに調べてんだろうな、俺は……」
大学生、暇な時間のモラトリアムが4年。
とはいえ、流石にこんなファンタジーに現を抜かしている暇はないだろうと、環の中の理性が確かに語りかけてくる。
だが……。
不可解なもの。
未知数なもの。
まだ誰にも、明らかになっていないもの。
もし仮にそんなものがこの世界に存在しているのだとしたら、それはとても素敵なことだとは思わないか?
環は、誰にともなく問いかけた。
図書館ではお静かに。
そうでなくとも、平日の午前。雨がしとしとと空気を濡らす中、館内の利用者も決して多くない。
環は、書物に触れ、想像を膨らませるこんな時間がなによりも好きだった。
環は読書が好きだった。
でもそれは、独りが好きだったからじゃない。
そこに綴られた物語の先に、確かな人の温もりを感じるから。




