彜
「椚。いないのかー、椚。出席番号八番、椚ー」
「はい」
担任のハゲ山の耳障りな声に、これでもかと苛立ちを込めて返答する。
人を番号で呼ぶなよ。
「んでさ、見た?俺が昨日勧めた動画」
「見た見た。すげえグロかった」
休み時間、クラスの馬鹿どもが騒いでいるのを聞くでもなく聞いている。
視覚は瞼を閉じてしまえばいいが、聴覚ばかりは勝手に情報を拾ってしまう。神様、これってどう考えても構造上の不備ですよ。
「なになに、なんの話」
「お前も見る?首チョンパだぜ首チョンパ。ギロチンの動画」
「うげ。なにそれ、ガチのやつなの?」
「知らねー。ネットなんとか知らねえの?」
「リテラシーな。お前馬鹿すぎ」
次の授業を知らせる鐘が響いて、ブス田がプリプリとキレ気味で入ってきたことで会話は途切れる。
どいつもこいつも、くだらねー。
いくら映像で見せられたって、俺たちの五感でそれを感じることはできない。
生温かい血の感触。
そんなものを訴えかけられても、人生で出会える修羅場の数には限りがある。
つーか実際、そんな修羅場に出会したら死んでるだろ。
「椚。この後ゲーセン、行くだろ?」
「行かねーよ。馬鹿は勉強しろよ、馬鹿こそ」
つまんねー。
箱庭に守られた日常。
退屈で仕方ない。
一目散に帰路について、俺は今日の新聞を広げる。
なんで勤勉な中学生だ。
数週間前、県内で事件があった。
「ゴルフ場の程近く……。胴体だけの遺体を発見、ねえ」
ほんまかいな。
だが、少なくとも匿名掲示板よりは信頼のおけるソース。
今頃、クラスメイトたちは部活動に汗を流している頃だろうか。
数週間前、俺はなにをしていたっけな。
非日常と日常が交差する。
その境目が見てみたい……。
薄曇りの空に、俺はカーテンを閉めた。




