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八月の物語

 2021年、8月某日。


 あがた市立高等学校、2年B組の面々はそれぞれの夏を過ごしていた。


 つかさには夢があった。


 広い世界に羽ばたきたいという漠然とした夢。


 父親の背中を追いかける、青い夏。


 そうでなくても夏は暑い。頭がおかしくなる。現実主義で冷静沈着、自分ではそう思っているみかどもその猛暑日ばかりは疲弊していた。


「おい、司」


「なに?」


「いい加減にしろ。なんでこんな糞暑い日に意味もなくほっつき歩かなきゃいけないんだよ……」


「なに言ってんだよ帝!!今年の夏は今年しかないんだぞ!?」


「お前こそなに言ってんだよ……」


「夏ってさあ、なんか、なんか起こりそうな気がしてワクワクするよな」


「なあ、せめて目的を持って歩いてくれよ。正気の沙汰じゃないぞ、これ」


「目的がないのが目的だって」


「本当に同じ言語体系で喋ってるか?」


 司には夢があった。


 ただ漠然として、広々とした夢が胸中に。


 帝は、困惑していた。


 彼が押し殺してきた都合のいい妄想。


 その妄想の只中を司が突き進んでいるからだ。


 その日の旅は大いに盛りだくさんだった。


 駄菓子屋の半分くらい仏になってるお婆ちゃんと爆笑トークをかましたり。


 野良犬と3kmくらい追いかけっこしたり。


 蝉の抜け殻を食べてみたり。


 正気の沙汰ではなかった。


 だが、帝は確かな実感を得ていた。


 自由な世界。


 不安と引き換えに得られる期待。まさにその期待感が彼の感覚は高揚させていたのだ。


「なあ、司」


「なに?」


「お前、いつかどっか行くのか?」


「大雑把な質問だなあ」


「この町を出て……。そんなレベルじゃないくらい、お前は広い世界に行くのかもな」


「うん、俺もそんな気がしてる」


「なんつーかお前を見てると……。疲れる」


「帝もさ、一緒にこいよ」


「どこに」


「どっか」


「大雑把すぎんだろ」


「だってさ、生まれたからにはやっときたいだろ?大冒険ってやつをさ」


 そう語る司の瞳は、ここではない遠く、ただ遠くの一点を見つめているようだった。


 そんな司の姿を、帝はただただ現実感から乖離して眺めるしかなかった。


 こいつは、いつか世界を変える人間なのかも知れない。


 俺とは見ている世界が違う。


 なにもかもが違う。


 違うからこそ、面白い。


「はあ……」


「なんだよ、これ見よがしにため息ついて」


「お前の馬鹿さ加減にため息ついたんだよ」


「え!?俺って馬鹿だったの!?」


「今日の行いを冷静に振り返れ。そしてできれば反省して次に活かせ」


「なんか分からんけど、為になるなあ。帝って先生とかに向いてんじゃない?」


「お前みたいな生徒にぶつかるリスクを考えたら嫌になるな」


 ただただ、広大な未来を胸に抱いて。


 それでも、その手前にある狭い世界を手放せなくて。


 今はただ、それでいい。


 いつかこれが青春と呼ばれる日々でも、今はただ、ありのままに生きるだけだ。


「よし、あの太陽に辿り着くまで競走だ!!」


「いつ終わるんだよ、そのレース」


「心頭滅却すれば……。ってやつ」  


「熱中症警戒情報……」


 少しずつ、ゆっくりと夏が暮れていく。


 県市立高等学校、2年B組。


 その大半の生徒が、もうじき命を失うことになる。

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