第八話
で、最初に戻る。
ホールの中央で、断罪シーンは続いている。
私は相変わらず、壁とルーファス様に挟まれている。肩ごしにステージ?を覗こうとすると、ルーファス様がますます覆い被さり、
「こら、出てくるな!ねえ、どうして今日に限って化粧して着飾ったの?メガネは?人が集まるってわかってるこの場所で」
「え……だってルーファス様がドレスを贈ってくださったから、ルーファス様に恥をかかせてはいけないと思って一応頑張ったのですが……どうやら読み間違えたようですね……メガネは夕べから少し頭痛がして……」
慣れないことをするものじゃない。ルーファス様にとってかなりの違和感なのだろう。ガクッと肩を落とす。
「ピア……儚げに佇むピアにどれだけ人目が集まっていたのかわかっていないのか⁉︎狼の餌食になるとこだったんだぞ!危機感を持て!ってメガネしてないからわからなかったのか!じろじろ見られればピアの尊さが減る!普段から可愛いのにドレスアップして超絶綺麗になった嫁、他の男に見せられるか!私の陰でジッとしてろ!」
「……は?」
よくわからないが、ステージは最高潮に盛り上がってるようなので、とりあえず耳を澄ませる。
どうやら、男性陣の言い募る罪状を婚約者の女性たちが、一つ一つ丁寧にメモ帳片手に論破しているようだ。
「その日はお恥ずかしながら捻挫して、アカデミーに登校しておりません。ですので食堂で紅茶をその人の制服にかけることはかないません。証人は西王都のガルパ医師ですわ」
「……その日は朝から郊外で薬草摘みの実習だったではありませんか!当然階段からつき落とせるわけがないわ!あなたがた、実習サボったの?証人は薬草学の先生です」
「その日は私、朝から晩まで授業が詰まっておりましたので、一女子生徒の教科書を破る暇などありません。算術は随分とお暇なようですね。証人は私の受け持った生徒たちと……学長でどうでしょう?」
「はあ……その日は王宮からのお呼び出しで、大神官様による儀礼作法の指導でしたわ。王太子殿下、最近いらっしゃいませんわね。証人は大神官様と……第二王子殿下です」
ブラボー!!!!
スタンディングオベーションしてもいいかしら?
私はルーファス様を見上げて、
「ルーファス様、皆さまを助けてくれて、ありがとう」
「ピア、安心して。彼女たちも、もう自分の婚約者に見切りをつけて、未来を見据えて婚約解消に向けて動いている。この騒ぎでその動きは加速するだろう。希望があれば新しい婚約者候補を紹介するのもやぶさかではない。ピアは一人だけ幸せになると卑屈になっちゃうからね。ガラにもなく手を回した」
「よかった……」
私はルーファス様のスーツを握りしめて、涙をこらえた。唇を噛むのは怒られるので我慢した。
ルーファス様が、私の頭に何故かキスを落としているようだ。何なのルーファス様の流行りなの?みんなステージに注目してて、きっと誰も気がついていないよね?
と思っていたら、
「ルーファス〜!みんなが私をいじめるの〜!助けて〜!」
甘い砂糖菓子のような女の声が突然、場内を走った。これが……キャロラインの声。
ザッと音がして、こちらに注目が集まるのがわかった。
どうしよう。キャロラインがルーファス様を……
ルーファス様が私を腕の中に抱き込んで、ステージに向けて振り返る。
「……貴様……誰の許しを得て、私の名を呼び捨てにしている」
会場が凍りついた。
キャロラインがルーファス様を……呼び捨てなんて、ありえないありえないありえないよー!あちゃー!
「私のこの可愛い妻すら、私を敬称付きで呼ぶ。ピアならば何と呼んでも構わないのに」
私の頭に再びリップ音が炸裂した!
お願いお願い私を私を巻き込まないで巻き込まないで心臓に悪い心臓に悪い……
「え、えっとルーファス、さん?私はあなたの味方よ!あああ、その人があなたの婚約者?ルーファスさん騙されないで!その女は私を何度もいじめて……」
さすがに顔も名前も知らない女からいじめられていると言うのは無理があると悟ったのか、キャロラインの発言は尻窄みとなった。でも途中まででも十分だよ。
ルーファス様から冷気を伴う覇気が吐き出され……会場が恐怖に包まれる!
「貴様、私だけでなく、我が最愛の妻まで愚弄するか。スタン侯爵家を敵に回すと言うことだな。よくわかった。一族諸共全力で潰してやろう」
……空気読めてないかもしれないけれど、そろそろ聞いていいよね?
「ルーファス様?あの、先ほどから私のこと、『妻』って言ってます?」
「もちろん。ようやくだ。ピア、愛しの我が妻よ!」
「えっと……いつ?結婚しましたっけ?」
「さっき確認しただろう?賭けは私の勝ちでいいな?と」
「はい」
「その瞬間、マイクが届けを出した」
「仕事早っ!」
前世の私、やったよ……18歳で人妻になったよ……。
何となく、会場が拍手で包まれた。
「ちょ、ちょっと、結婚ってどういうこと?アカデミーの学生のうちは結婚できないってレック言ってたし!だからこっちはこのイベントまで我慢したんだよっ!」
キャロラインの怖いもの知らずの発言に、またも会場が静まりかえる。ちなみにレックとは王太子殿下だ。そこも呼び捨て……
「答える義理もないが、私も妻もとっくにアカデミーは卒業している」
「え?ルーファス様もそうなんですか?いつ?」
「……実は一年目で総スキップして卒業した」
「じゃ、じゃあどうして私たち二人してアカデミーに通い続けたのですか?」
アカデミーに通わなければ、キャロラインに会うこともこの断罪に居合わせることもなかったのだ!
「予言は馬鹿にできない。わけがわからぬうちに罠にからめとられ、対処できなくなるよりも、綿密な準備をして迎え撃ったほうがいいと判断した。……反対されたら困るから黙っていた。ゴメンね、ピア。ちゃんと守ったから許して」
またしても、頭にチュッチュとキスを降らせる……夫?
「おい、氷の宰相補佐が……キスしてるぞ……」
「もしやあの腕の中の女性が、宰相補佐が溺愛して、小さなお茶会で倒れて以来決して外に出さないと言われる、幻の令嬢か⁉︎」
「どんな美しい令嬢が粉をかけても、『貴様ごときが私の隣に立てるとでも?身の程を知れ!私の婚約者はお前が千年生きても届かぬ高みの次元に君臨する女だ!』と表情を変えずに言い切ってきたルーファス様……」
「婚約者ではなく……妻ですって?」
「あの女性……どこかで……あ、アカデミー内で三回見かけたらいいことがあるって言われる白衣の妖精?」
「すごい……あのドレスにネックレス、独占欲丸出し……」
なんか、初出し情報が多すぎて、脳が処理できないのですが……。
「もーう!何、私を差し置いてラブラブな雰囲気出してんのよお!レック!ルーファスってば、この私を潰すって言ったよ!懲らしめてよお!」
キャロラインのイラついた声が場内のざわめきを引き裂いた。
「う、うむ、わかった。ルーファス、キャロラインへの無礼、目に余る!よってお前を国外追放にする!」
ま、まさかの王太子殿下によるルーファス様国外追放……場内の全員が目を剥いた。




