第四話
伯爵家以上の社交デビュー前の子弟は、小さなお茶会という王宮で行われる社交に年に数回呼び出される。世代に王子や王女がいれば、御学友や将来の側近、まだ決まっていなければ婚約者を見繕うために、その機会はより頻繁になる。
私たちは王太子と同い年。ルーファス様は高位貴族の立場上、生まれたときから王太子の遊び相手→御学友だ。
私が王太子に……というか、予言でキャロラインに傾倒していた人々(ゲームの攻略対象者)と顔を合わせたくないと言うと、ルーファス様はこれまで私が参加しないでいいように取り計らってくれていた。しかし、私たちが14歳になったとき、
「ピア、悪いが今回は参加せざるをえない。散々ピアは病弱だから出られないと言ってきたのに、王太子直直にお前の婚約者に会わせろと命令を使った。このようなことで命令とは……情けない」
これまで参加しなかったことで、かえって興味を持たれてしまったようだ。
「ルーファス様、私のせいで気苦労をおかけして申し訳ありません。私、地味に控えておりますわ」
一言ご挨拶して隅に引っ込んでいればルーファス様の足を引っ張らずに済むだろうか?
「違う。ピアをこれまで社交に出さなかったのは私と侯爵家の総意だ。ピアはもはやスタン家の宝。清らかなピアに汚れた思惑だらけの淀んだ空気など吸わせたくなかったからね。ピア、私の側から決して離れてはいけないよ」
「は?えっと……はい」
ルーファス様が口をへの字にされて苛立っている様子なので、疑問点?を聞くのは憚られ、とりあえず短く返事しておいた。
◇◇◇
記憶が戻って初めて訪れた王宮は、前世の映画のセットのようにキラキラしていて、現実離れしていた。しかし、他の皆はすでに何度も訪ねているわけで場馴れしており、気後れしているのはこの場で私だけだろう。その証拠に14歳前後の参加者によるこの集いにはもう親は付き添わず、使用人を一人つけるだけというルールになっている。
車停めに到着し、私が深いため息をつくと、
「ピア様!気を引き締められませ!」
と、侯爵家でも腕を磨き、ますます貫禄のついた侍女のサラに嗜められた。
「はーい」
所詮来年にはアカデミーで顔を合わせるのだ。私は腹を括ってサラにもう一度身嗜みをチェックしてもらい、深呼吸する。
いざ、戦場へ!と腰を上げると、馬車の扉がトントンと叩かれた。
「どうしました?」
サラが答えると、御者が、
「ルーファス様がお迎えにきてくださいました」
わざわざ車停めまで来てくれたの?嬉しい……でも怖気付いてることを見透かされてるようで情けない……やっぱりありがたい。
サラが私にコクンと頷いて扉を開ける。
「ピア、こんなところまで押しかけてすまないね」
ルーファス様は群青の髪をキッチリ上げて、見るからに新調したスーツを着ていた。もう子供には見えない。ステップを軽やかに上がって我が者顔で馬車に乗り込まれる。
「ルーファス様、私が不安がっていると思われたのでしょう?……ご明察です。実は震えております。お出迎え本当にありがとうございます」
ルーファス様に虚勢を張っても無意味だ。
「私のピアは正直ものだね。でも私以外にはそんな素直に返事しなくてもいいからね。迎えに来たのはもちろん一刻も早くピアを腕のなかへしまい込みたいのもあるけれど、これをピアに身につけて欲しくてね」
そう言うとルーファス様はポケットからおそろしく透明度の高いグリーンの石……エメラルドの一つ石のネックレスを取り出した。そして、手を伸ばしてあっという間に私の首に掛け、胸を飾った。恐る恐る捧げもつ。
「こちらを貸してくださる……と?」
「ん?貸すというか、うちの宝飾品は全てピアのものになるんだけどね。スタン家には私しか子がいないから。ドレスはエンジ色だったか。私の色を身に付けるなどピアには思いも浮かばないと思ったのだ。やはり持ってきてよかった」
「まあ……独占欲丸出しですこと……」
サラがボソリと何か言った。ルーファス様がチラリと視線を送る。
「サラ、文句あるかい?」
「いいえ?うちのピアお嬢様をどうぞよろしくお願いいたします」
「な、何?私準備不足がありましたか?」
「いいや?よく似合ってる。さあ、では行くとしよう」
ルーファス様が先に降りて、私に手を差し伸べてくださる。私はその手を取って馬車からゆっくりと降りる。ルーファス様は優雅に私の手を自身の肘に添えさせ、いつにない厳しい表情で囁いた。
「ここは敵陣だ。気を引き締めてね」
「……はい。邪魔にならぬようにいたします」
私も囁き返し、王宮に入った。
木蓮の間には、すでに若者が大勢集っていた。立って談笑するものもいれば、甘いものが並んでいるテーブル席に腰掛けて、お茶を飲んでいる方々もいる。
ルーファス様の登場に気づいた人々がざわめく。
「ちっ」
ルーファス様がグイッと私の腰を引き、自分の体で興味本位の視線を遮ってくれる。そんなルーファス様を見上げて、
「……今舌打ち?」
「してないよ?ピア。さあとっとと殿下に挨拶して帰ろう」
ルーファス様に促されるままに歩くと、上座にできている短い行列に並ばされた。
「ル、ルーファス様、お久しぶりですね」
「……ああ」
前や後ろのかたから声をかけられるも、ルーファス様は表情を崩さず素っ気ない。私が顔を見上げると、小さく首を横に振る。はいはい、いらんこと言うなってことだよね。
私は一礼後は一言も話さぬまま、耳を傾け、ルーファス様の交友関係を知ろうと顔と名前を少しなりとも覚える。あれは髪色から医療師になられるグルド様かしら?あの背の高い男性がきっと騎士団長の息子……攻略対象者はやはりこの場にいるようだ。
それにしても随分と視線を感じる。
「皆様ルーファス様と話したがっておられます。重要なご相談があるのでは?期待を背負うのも大変ですね」
私が背伸びしてそう耳打ちすると、
「……皆が気になっているのは可憐なピアで……まあいい。ピアは気にしないでいいよ。用件は……そのうち私がしっかり聞いておこう」
ルーファス様は周りをひと睨みしながら、そう言った。
緊張したまま控え目に視線を動かし、周囲を観察していると、ルーファス様の足が止まり、深々と礼をされるので、私も手をドレスに戻してそれに倣う。
「殿下、本日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」
「ルーファス、心にもないことを言うな。さあご令嬢、顔を上げてくれ」
私は静かに体を伸ばす。
「ふーん、あなたがルーファスが隠している婚約者か」
「ピア・パルメザンと申します。よろしくお願い致します」
「どんな魅惑的な女かと思えば……本当に痩せ細って病気なんだな」
「殿下!レディに対して失礼ですわよ!」
隣に立つ女性が場を取りなすように声を上げた。ああ、アメリア・キース侯爵令嬢だ。まだ少し幼く、ゲームで見たようなキツイ表情をしてないので、悪役令嬢らしいぱっちりとしたつり目だけれど、ただただ愛らしい。
「怒るなよアメリア。私は君の方がうんとタイプだと言いたかっただけだ。ルーファスと趣味が被らずよかったよ。ルーファスを敵に回したら勝てる気がしないからね」
「もう、殿下ったら……」
肩をすくめる殿下をポンっと気安く叩き諫めるアメリア様。とても仲睦まじい様子……
記憶がぶり返す。
アカデミーのダンスホールで、アメリア様を睨みつけ糾弾する今よりうんと背の高くなった王太子。
反論することも許されず、ジッと顔を歪め耐えるアメリア様。
こんなに仲睦まじいのに、あと三年で、あんな険悪になるの?
私も?私とルーファス様も?今これほど良好な、戦友のような関係を築けているのに、やはり憎しみをぶつけられるの?…………
「……ア、ピア、ピア!」
ルーファス様に肩を揺すぶられ、我にかえる。
「あ……」
右手を額にあて、目を閉じる。こんなことではダメだ。気を引き締めるよう注意されたのに。いつまでも私は成長しない。弱気なままだ。
「パルメザン伯爵令嬢、顔が真っ青よ?休まれたほうがいいわ」
アメリア様が気にかけてくださる。さすがだ。あなたこそが王妃になるべき人なのに……。
「うん、本当に病弱なのだな。呼び立てて悪かった。ルーファス、休ませてやれ」
王太子が手の甲をこちらに向けて振り、退出を促す。
「……失礼いたします」
ルーファス様とともに何とか頭を下げた。
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