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【7巻発売記念SS】ピアののっぴきならない秘密

ピアとルーファス、結婚後の一コマとなります。

「はあ……」

「ピア様、いかがしました?」


 研究室でレポートを作成しながらつい大きなため息をついてしまった私に、マイクがすかさず声をかけてきた。


「う、ううん、ちょっと喉が渇いただけ。お茶を淹れようかな。マイクも飲むでしょう?」

「……先ほどもこの同じやりとりをしましたが?」

「そ、そうだっけ?」


 私ってば、何うかつなことやってるのよっ! 心の中でルーファス様ばりの舌打ちをする。


「……ピア様、何か心配事があるのでは?」


 マイクの声がけにギクッ! と一瞬体がのけぞってしまったけれど、さすがにそこまでは気づかれなかったよね?


「そんなものないわよ〜マイクってば、考えすぎ!」

「そうであればいいのですが……」


 マイクは肩をすくめ、護衛に戻った。どうやら誤魔化しきったようだ。セーフ。


 実はこのところ、私はのっぴきならない問題を抱えている。早く解決せねば、何も手につかないほどに。

 でもルーファス様にバレたら間違いなく、厳しい叱責を受けるだろう……。


 作業に戻ったもののどうしても集中力に欠き、30分ほどでメガネを外して、うーんと伸びをしながら立ち上がり、窓の向こうの遠い山脈を眺める。私の研究室は四階なので、見晴らしがいいのだ。

 少し霞んで見える。春霞ってやつよね? うん、きっとそうよ。ここ数日暖かくなってきたもの。決して私がやらかしたせいでは……。


「ピア様」


 私が眉間を揉んでいると、再びマイクがそっと声をかけてきた。


「……何か心配事があってもなくても? 帰り道、クリス先生のところに立ち寄りませんか? おとといスタン領から戻ったそうです。そろそろ定期健診の時期ですし、犬たちの様子も聞けるかと」


 私はサッとマイクに振り向いた。

「マイクがそう言うならば仕方がないわね。確かにダガーとブラッドの様子を聞きたい! ……素晴らしい口実だわ……すぐにでも行きましょう!」


「では先に連絡を入れておきますね」

 そう言ってドアの向こうに消えるマイクを見送ると、私はいそいそと帰り支度をはじめた。




 ◇◇◇




 王都のスタン侯爵邸に程近い閑静な住宅街に、クリス先生の自宅兼診療所はある。

 スタン家お抱え医療師なので、基本スタン侯爵家関係の患者しかおらず、当然予約制なので、診療所で誰かとばったり……なんてことはない。


 診察室に入ると、クリス先生がニコニコと待ち構えてくれていた。


「ピア様こんにちは。先日の風邪は治ったようだね。よかったよかった」

「クリス先生もおかわりなく! 今日は定期健診にまいりました」


 私が椅子に座りながらそう言うと、私よりもうんと馴染んだ白衣姿のクリス先生は、チラッとマイクと目を合わせた。


「もうそんな時期か。一年経つのは早いねえ。じゃあ早速はじめよう。えっとマイクは……」

「マイクは待合室で待ってて」


 私はバシッと言い切った。診察はデリケートなことだから、マイクを追い払っても不自然ではないはずだ。


「……わかりました。それではクリス先生……時間をかけて、じっくりお願いします」

「あー、ハイハイ」


 マイクは私たちに一礼して、待合室に戻っていった。



 ◇◇◇



「ふむ、完全に近眼が進んでますな」

「ガーーーーン!」


 クリス先生に視力を測定された私は、ヘナヘナと崩れおちた。


「こらピア様、きちんと椅子にお座りなさい」

「うっうっう……」


 半べそをかく私を立ち上がらせながら、クリス先生は容赦なく言葉を続けた。


「メガネの度数が全くあっとらん。これでは仕事に支障をきたしているのでは?」

「じ、実を言うとそうなんです。きちんと見えていないから、化石の判定も今一つ自信がなくて。でも論文の提出締切は刻々と迫っているし……」


 私は椅子に座りなおし、脱力して白状した。


「度数の合ったメガネでなければ、肩もこるし、そこから頭痛もくる。いいことなど一つもない。ましてピア様はメガネが仕事で必須。我慢してはなりませんのに」


 クリス先生がメッ! と叱る。


「それはわかってました。でもなかなかクリス先生に相談にこれなくて……。研究室の窓から遠くの山を見たり、近場の木々の緑を見てたりしてたんですけど……」

「それはそれは、涙ぐましい努力を……」

「でも、こうなったらしょうがありません。先生、こっそり新しいレンズを作ってくれませんか?」


 するとクリス先生は非情にも言い切った。


「無理ですな」

「即答!? どうして!?」

「ピア様、ピア様のメガネは隣国の特注品です。……ん? ひょっとしてフレームの方が特注と思ってらっしゃいますか? フレームなんて金さえ出せばいかようにもなります。レンズの加工技術が隣国の方が段違いに優れているのです。つまり貴重品。ピア様の視力に合わせたものを隣国に発注することを、こっそりできるわけなどないこと……理解できますね?」


「うわあああん!」


 そんなの権力者じゃなきゃ……ルーファス様を通さなきゃ無理じゃん! 理解できてしまった。


「じゃ、じゃあもうメガネを新調する話はなかったことに。地道に視力アップ訓練を頑張ります。遠くを見てー近くを見てー」


 すると、クリス先生は同情に満ちた顔になった。


「ピア様、いわゆる遠近体操法も有効ではありますが、もうこの診療所に足を運んだ以上、ピア様の視力の低下は隠せないわけでして、レンズを発注するしないは問題ですらありません」


「そ、そんな……」

「クリス、邪魔するよ」


 私が愕然とした瞬間に聞き慣れた声が……ルーファス様がノックと同時にこの診察室に入室した。後ろには頭を下げるマイク……おのれ! 裏切り者め! 

 私は渾身の睨みをマイクに放ったが、マイクはなんの動揺もなく、ニッコリ笑い返した。


「ルーファス様、いらっしゃいませ。それにしても想像以上に速いお着きで」

「まあね、最近ピアが落ち着きないとは思っていたから。今日あたりアクションを起こすだろうなと読んで、急ぎの仕事は午前中に終わらせていた。するとマイクから連絡があった」


 ……完璧に、私の思考回路はルーファス様に掌握されていた。

 ルーファス様は背筋の凍る笑顔を浮かべて私の背後を取り、その手を私の肩に置いた。


 詰んだ……。


「ピア?」

「は、はい」


 背骨の上を、冷たい汗がたらりと流れ落ちた。


「視力落ちちゃったんだ」

「み、みたいです……ね」

「ちゃんと私の言うとおり、研究時間や環境を守れば、こんなことにならないと思うんだけど……何か私に言っていないことある?」


 もう、言い訳は全て逆効果だ。私は観念した(遅いって言わないで!)。


「ルーファス様の出張中に、その……天啓が降ってきて、夜通しベッドの中で書き物をしたことがあります。サラにバレないように、明かりは小さなままで……」


「たった一日で、視力って落ちるかな?」

「え、えっと、数回同じようなことが……いや、数十回かな? ははは……」


 どんどんこの診察室の温度が下がっていく。クリス先生は立ち上がって窓辺に行き、夕焼け空を見つめてこちらに一瞥もしない。


「そっか……。で、今回コソコソとクリスに相談しに来たところを見ると、後ろめたい気持ちはあるってことでいい?」

「は……い……」


 それもあるけれど……と思ったら矢先、ルーファス様のグーの手が、私の両こめかみを襲い、押し込むようにグリグリされた!!


「い、痛いよー! 絶対こんなふうに怒られると思ったー!」

「当たり前だ! 暗闇で書類作業したこともよくないが、目の不調をさっさと報告しなかったのはもっと悪い!」

「ご、ごめんなさいー! クリス先生! マイク! 助けて〜〜〜〜〜!」


 私はこれまで、機会あるごとにマイクとクリス先生には親愛を態度で示してきたつもりだ。なのに、二人とも、ますます目を逸らした。ひどい!


「クリス、新しいレンズ、このあと注文しておいて。できうる限り急ぐように伝えてくれ。割り増し料金を払うから。他の検査はまた後日ね」

「かしこまりました」

「あっ!」


 私はルーファス様の肩に荷物のように担がれ、強制送還された。



 ◇◇◇



「ピア、目が悪くなって辛いのは自分自身なんだよ? なんでわざわざ体に悪いことするかな?」


 私たちの部屋で、ソファーに座り縮こまる私の前に、仁王立ちするルーファス様。

 めちゃくちゃ怒られるってわかってた。わかってたから悪あがきしてこっそり処理しようとして、結局火に油を注いでしまった。

 だって、怖かったんだもの……。


「あ、でも、近視は遺伝的要素が強いかと……」

 ふと、テレビでそう言っていた前世の記憶を思い出した。


「遺伝だと? お義父上もお義母上も目が悪かったっけ?」

「あ……いえ。二人とも普通によく見えて……ます」


 現世はテレビもスマホもなく、庶民は暗くなったらすぐ眠る生活だから、前世ほど近視率は高くないのだ。


「つまり、ピアの近視はピアの不摂生のためということだ」

「ソウデスネ……」


 私はますます身を小さくした。


「ピア?」


 私は深く頭を下げた。

「自分の体調が悪くなるのも後回しにして、あげくきちんと睡眠も取らず好きな作業を優先し、報告を怠ったばかりか隠蔽しようとしました。誠に申し訳ありません」


「一応自分の罪はわかっているようだね」


 罪……もはや罪人の私……。


「では、罪を償ってもらおう」

「ど、どうすれば?」

「まず、私が納得する字で謝罪文を書くこと。それを私が受け入れるまでは、定時以降の仕事は禁止だ」


「そんなっ!」


 論文の締切までは、残業ありきのスケジュールを組んでいるのに!


「これでも妥協したんだよ。全仕事禁止のほうがよかった?」

「いえいえいえいえ! 滅相もない。誠心誠意、謝罪文書かせていただきます」


 私は早速テーブルに向かい、「反省しています。申し訳ありませんでした」と書いた。

「ルーファス様、はい」

「うーん、字のバランスがあと一つだね。よいしょ」


「ル、ルーファス様!?」


 ルーファス様は私を椅子から抱え上げると、自分が椅子に座り、私を自分の足に座らせた。

 これは……まさかのお膝抱っこ字の練習再び!!


「ルーファス様……さすがにいい歳なので恥ずかしいです」

 思わず顔を両手で覆う。するとルーファス様は私の耳元で囁いた。

「じゃあ早いところ合格するんだね」


 後ろから抱き込まれると、相変わらず柑橘系のいい匂いがする。

 促され、手を添えられて字を書くものの、さっきよりも不恰好な字になった。


「え? どうして。私が手伝ってるのに」

「あ、当たり前じゃないですかっ! 幼い頃とは違います! ルーファス様に抱っこされて平常心で手を動かせるわけがないでしょう?」


 私はルーファス様に振り向いて、しかめっつらをしてみせる。きっと顔は真っ赤だ。


「つまり、私を……これだけ一緒にいるのにまだ意識してくれてるってこと? そんなこと言われたら、怒るに怒れないじゃないか……。ピア、いつまでも健康で化石採掘したいなら、体に悪いことをコソコソしないで」

「はい」

「うん」


 ルーファス様が私の頰に手を添えて……キスをした。怒っていた気持ちが少し残っていたのか、奪うような強引なキスだったけれど、やっぱり最後は甘くて、ふわふわした気持ちになった。



 ◇◇◇




「ピア様、メガネが届きましたよ。巷では二年待ちという噂だったのに一カ月で届くとは! これでジャンジャン化石の分析ができますな。よかったですねえ」


 クリス先生の言葉に、自分の頭上を隣国に向けて大金が羽を生やしてパタパタと飛んでいった様子が見えた。


 新しいメガネを震える手でつかみ、青ざめ下唇を噛みながら、二度とルーファス様との約束は破らない! と、心に誓った。




祭り二日目わっしょい٩( 'ω' )و

4/15、弱気MAX七巻発売しました。

ここまでこれたのも、読者の皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。

今後ともWEB、書籍、コミカライズのピアとルーファスを見守ってください。

今後とも宜しくお願いします_φ(*^▽^*)

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― 新着の感想 ―
アニメ化情報で、作者様の訃報を知りました。早すぎます。もっと作者様の作品を読みたかった。御冥福をお祈りします。
[一言] 小田先生、辛いです。こんなに早く亡くなるなんて思いもしなかったし、きっと先生ご自身も驚いてらっしゃるかと。先生何気ないポストやご返信が物凄く優しくて温かくて、私からすれば先生は特別でも先生ご…
[一言] どの作品も好きで、たまに読み返しに訪れておりました。 作者様のご冥福をお祈りいたします。
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