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【コミックス④発売記念SS】初王都デートリベンジ!(後)

「ここはね、この数十年干上がった川だったんだ。それをもう一度整備して水が流れるようにした。川というよりも今では運河に近いかな?」


「枯れた川の整備……運河……キャナルカフェ……」


 そう言われて下方を覗き込むと、堆積していたと思われるゴミや泥、枯葉などは一つもなく、適度に土手が整えられサラサラと清らかな水が流れていた。


「キャナルカフェもいいね。どっちがいいかな? この建物は一昔前、船大工の使っていた場所だ。一階が当時の工場で、直接川に降りられる造りのがらんどうの建物だったよ。それを護岸工事をして、建物と川に距離を作って、整えた」


「ええと……カフェのために?」

「うん。カフェのために。あくまで店舗用だね。もし住むとしたらもうちょっと周囲を嵩上げして、建物自体頑丈にしないとね」


「カフェのためにそこまで……お、大掛かりすぎやしませんか?」


 思わず顔を引き攣らせて尋ねる。


「まあ、整備すれば、長期で考えれば元は取れるんだ。物資を運ぶのに水路ほど最適なものはないからね。だから川関係の資金は国の都市整備費を使ったよ」


 公費を使って大丈夫? とチラッと頭をよぎったが、きっときちんと計画書を書いて、所定の手続きを経て、誰からもツッコミどころのない工事を行ったに違いない。だってルーファス様なのだから。


「そもそもピアがフルーツが美味しい店もケーキが美味しい店もすでに経験済みということがハードルが高いんだよ」

「まさかの私のせい!?」


 思わず声が裏返る。


「そう。環境で喜んでもらうしかないと思った結果がこれだ。どう?」

「どうって……何が何やら……」


 私は改めて360度ぐるりと眺め、ちょっと途方にくれた。


「ピア、深く考え必要ない。ここが気に入ったかどうか、教えて?」

「もちろんとーっても素敵です。何度でも来たい! 気に入りました」

「ホント!? あーよかった」


 ルーファス様が、心底ホッとした、という顔をしてゆるりと微笑んだ。

 そこまで私の反応を気にしていたとは……。

 さっき言ったことは紛れもなく本心だけれど、この状況で「ちょっと気に入らないわ」と言える人なんていないと思う。

 まあ、ルーファス様が私の気に入らないことをするわけがないから、結果、意味のない思考なのだけれど。


 それよりも、

「私のために、骨を折ってくれてありがとう、ルーファス様」


 本当は会えるだけで十分嬉しいのだけど、ここまでのことをしてもらう価値が自分にあるとは思えないけれど……そんな思いは胸に留めておく。


「ピアにそう言ってもらえるのが、人生で一番嬉しい」


 その言葉と笑顔にハートを撃ち抜かれモジモジしていると、先程のウエイターがお茶を運んできてくれた。


「いい香り……ふふっ、スタンブレンドですね。あれ? このお茶受け……フルーツの砂糖漬け? これってもしかして?」


 紅茶とともに小皿に載ってきた、分厚い柑橘類の皮は!


「うん、エリンの店のバンペイユの皮で作ってみたよ」


 やっぱり! 手でつまみ、まずはスンッと香りを嗅いでから、口に入れた。

「うん、私が作るよりも断然美味しいです。高級なお砂糖を惜しげもなく使ってあるし」

「え! ピア、料理しちゃったの?」

 ルーファス様が目を大きく広げてショックを受けている。彼は……私の料理の腕を知っているから……。


「剥いて、乾燥させて、砂糖に漬けるくらいならできると思ったんですよ。でもなぜか、私が作ると次の日には緑に変色して……母の作ったものは黄色いままで、冬なら一カ月は美味しく食べられるのに」

「あー……」


 ルーファス様が憐れむような表情で私を見つめ、小さく頷いた。納得されてしまった。


 ダガーたちが私のつまむバンペイユに興味深々なので、あげてもいいか尋ねると、食事もトレーナーが管理しているからとルーファス様に止められる。二匹はすっかり拗ねて床に伏せてしまった。ごめんね。


 しばらくルーファス様と川のせせらぎを聞きながら、たわいのない話を楽しんだけれど、ふと頭にもたげた思いを口にした。


「それにしても、ここまで立派な運河、しばらく通行税を取っても文句は言われないでしょうね」

「……ピアは反発をくわないと思う?」

「荷運びに何台もの馬車に護衛をつけることに比べれば、安くつきそうです。徴収した税の使途を公益性の高いもの……例えば福祉とかにすればますますいいかと」

「なるほどね」


「そして、船を通すだけではもったいない気がします」

「というと?」

「このあたりは広くはありませんがあちこち土地がありますし、農業用水に使うっていうのも手かと」


 前世であれば、水田に水を引いて欲しいところだ。米、この世界でも見つかればいいのに。


「……この王都の真ん中に畑を作るの?」

「地代が多少高くても、地方から農産物を運ぶコストを考えればアリかと。とはいえ王都空き地のほとんどは王家の直轄地ですからね。国の農業試験場なんかが現実的かも」


 ルーファス様は私の次々に浮かぶ思いつきを軽く頷きながら聞いて、小川を見つめながら考えこんだ。

「国営の農業試験場か……それができればお義父上喜ぶと思う?」


 なぜここで父が出てくる? と思ったが、ルーファス様ほど高貴なお方の知り合いの農民 (もどき)なんて、うちの父ぐらいだな、と納得した。


「そりゃ大喜びでしょう。父の勤める農業研究所の畑はけっこう遠くて、結局、手っ取り早く、猫の額ほどのうちの庭で品種改良していますから」


「ふーん。ちなみにここであれば何を作付けしたらいいかな」

「それは研究者しだいですよ。でも国の土地ということで少しは要望を言っても差し支えないでしょうね。例えば、景観も意識して、チェリーやレモンの木なんかも加えてもらうとか」


「この店から、花見ができたり、レモンがたわわに実っているのを眺めて収穫できて、この店に付加価値をつけるってことだね」

「はい。収穫の時期は研究の目的を終えたあと、観光農園として解放してもいいかもしれないです」

「そこで儲けが出れば、試験場に還元できると……いいね」


「なんの分野であれ研究にはお金がかかりますしね。一見して利益を産むと感じられない分野には皆様なかなか投資してくれませんし」

「スタンはお義父上の農業研に多額の寄付をしてるけど?」


 ルーファス様が少し眉間にシワを寄せてそう言うので、思わず苦笑した。


「もちろん知ってます。父だけでなく農業研の職員は皆、ルーファス様とスタン侯爵家に感謝しています」


「でも、一般的に、王都の人間が農業を身近に感じられる施設があれば、啓蒙活動になるかもね。農業は国にとって最重要だ。子どものころに収穫を体験させたり……」

「ああ、いいですね。お芋掘りや大根引っこ抜くのは、純粋に楽しいですよ」

 子どものうちに、土は汚いものではない、作物の母なのだと教育できればと思う。特に貴族の子弟に。


「汚れてもいい格好で来るように言わなきゃね」


 そう言ってニヤリと笑うルーファス様を見て……今朝、やはり泥まみれの背中を見られていたのだと知った。


「ルーファス様……」


 私がジト目で見つめると、ルーファス様は歯を見せて笑い、私の肩を引き寄せた。


「今朝のピアを見て、幼い頃、化石の発掘で泥んこになってたピアを思い出した。可愛かったな」

「無様な私は速攻で記憶から消去してください」

「嫌だよ。ピアと積み重ねてきた記憶は全て私の宝物だ」


 そう言って、過去と重ねて私を懐かしそうに見つめるルーファス様は眩しすぎて……私はドキドキしながらダガーを膝の上に持ち上げギュッと抱きしめた。


「くうん???」



 ◇◇◇





 それから一年も経たずに、ルーファス様は私があの時思いつきで話したことを全て実現してしまった。


 周辺に転々と作られた農業試験場での収穫体験からのリバーサイドカフェ(この名前に落ち着いた)で一服……いうルートは、今、王都でちょっとしたはやりのデートコースだ。


「ルーファス様、見て見て、このイチゴとっても大きい」

「本当だ。お義父上の肥料がピッタリあったのかな?」


 他のお客さんに混ざって、私とルーファスも庶民スタイルでその試験場のイチゴ畑でイチゴ狩りを楽しむ。優しく幸せな香りがあたり一面に広がって、皆ニコニコしている。


「はい、あーん」

 私はルーファス様の口に私が見つけた本日最高のイチゴを差し出すと、ルーファス様はイチゴよりも真っ赤になりながら口を開けた。


「おいしいですか?」

「……うん。甘いね、ピア。作ってよかった」


 私もルーファス様とイチゴ狩りができて、嬉しい。

「ピア、イチゴは二、三個ならダガーたちにあげてもいいって」

「やった! じゃあ厳選します」


 私はダガー、ルーファス様はブラッドのおやつ分のイチゴを真剣に選び、入口で行儀良くまっている二匹の元に、手を繋いで向かった。怖くなるくらい幸せだ。


 二匹が美味しそうに食べる姿を見ていると、私たちの最近の心がかりが頭をよぎる。

 早く……殿下はじめ、クッキーを食べた皆様も、このイチゴが食べられるように元気になってほしい……。


「……殿下に、お見舞いに送ろうかな」

 ルーファス様も、手のひらにあるイチゴを見つめて同じ思いに至っていたようだ。


「ルーファス様、お見舞いに最適だと思います。イチゴはビタミンたっぷりで身体にいいんですよ」

 それに、ルーファス様の気持ちに何より喜ばれることだろう。


「じゃあ手伝って、ピア」

「はい」

「「わん!」」



 ◇◇◇



 後日、体調の回復した殿下が「このイチゴのおかげで元気になった」と発言し、この農業試験場の観光農園とリバーサイドカフェは不動の人気スポットとなるのだが、それはもう少し先のお話。




弱気MAX、目次を見ると2020年1月スタートでした。

ちょうど四年経ち、読者の皆様に育てられてここまでまいりました。

今後とも、コミカライズ、小説、Web版全てのピアとルーファスをよろしくお願いします。

日頃の皆様の応援に、感謝を_φ( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
[良い点] 晩白柚が出てくるのが嬉しいです。スタン領は熊本県南部のような温暖なところなのでしょうか? べったり溺愛ものは溺愛描写も敵への報復描写も過激な物が多くて実は少し苦手なのですが、こちらは程よい…
[一言] 更新ありがとうございます!! ニヤニヤが止まらずいつまでも二人がイチャイチャしてる所が見たいw
[一言] しみじみと、完結なのー?と再び読みました。
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