【コミックス④発売記念SS】初王都デートリベンジ!(前)
お久しぶりです。
コミックス④の終わった後、ピアとルーファスの婚約時代の話になります。
エリンはピアの大親友の侯爵令嬢です。ルーファスに先がげてピアと王都デートしてしまいました……。
からりと晴れわたったからこそ、冷え込んでいる冬の朝、私が我が家の前庭……だった場所で、目の前の父が収穫した大根の長さや太さを計測してノートに書き写していると、思いがけない声がした。
「ピア、お義父上、おはようございます!」
「「ルーファス様?」」
驚いて立ち上がった私たち親子は、ルーファス様のいつもどおり完璧ないでたちを一瞬で見定めてギョッとし、悲鳴を上げる。
「「そこから動かないでえええええ!!」」
◇◇◇
「私も収穫を手伝いたかったのに。こう見えても腕力はあるんだよ」
私と父は心の中で声を揃えた。『そうじゃない』と。
ピカピカの革靴が泥まみれになるだけでなく、珍しくカジュアルで、それ故に初下ろしだとわかる冬のベージュのショートコートに土が跳ねて、国一番の貴公子であるルーファス様が肥やしの匂いをプンプンさせていたら……。
ロックウェルは完全にお取り潰しだ。スタン侯爵家が不問に処しても、派閥の皆様が動くだろう。
「お、お気持ちだけで、十分です。ルーファス様、お願いですから応接室でお待ちを。ピア、手伝いありがとう。もう上がりなさい」
「わ、わかった。では今日のデータは書斎に置いておきますね。ルーファス様、私の三歩前を歩いて屋敷に入ってください」
「隣を歩くのもダメなのか!?」
ルーファス様はショックを受けてた顔をしているけれど、私はここぞという時はNOと言える女なのだ。というか、大根引っこ抜いたとき尻もちをついて、背面泥まみれの私を見ないでお願い……。
◇◇◇
私はルーファス様が持参した、暖かなウールでできた優しい萌葱色のワンピースにコートを羽織って、言われるままスタン家お忍びモードの馬車に乗せられた。中には仲良しの護衛犬、ダガーとブラッドがいて、ワン! と可愛く出迎えてくれた。
「行き先はカフェ、ですか?」
「うん、エリンとの王都の初デートにはしゃぐピアを見て、ちょっと悔しくてね」
「えええ? 私とルーファス様はその、いつも、デートみたいな時間を過ごしているじゃないですか」
双方の親から信用がある私たち(主にルーファス様)は、まだ婚約者だけれど、危険のない場所ならば案外二人きりにしてもらえるのだ。
「そうだけど、王都の街中をそぞろ歩いたことはなかっただろう? エリンに先を越されるなんて、一生の不覚だよ。死ぬまで後悔するだろうね」
「それほどですか!?」
冗談かと思ったが、ルーファス様の顔はどこまでも真剣だった。
「でも正直いって、街中を散歩しながら目についた店に入るっていうのは、防犯面から私たちには案外ハードルが高いんだ」
ですよね。
「ならば、無理しなくても。私は侯爵邸のお義母様のお庭が大好きですし、街歩きはスタン領の領都ですればいいでしょう?」
スタン領の領都は、お義父様とルーファス様が威信をかけて保安しているので、子どもだった私たちだけで出歩いても安心だった。
「それはそれだよ。私はピアの『初めて』は全て共有したいんだ」
「でも、エリンとのデートだって、ルーファス様のお誕生日プレゼントを買うためだったんですよ?」
「だからこそ、こうしてギリギリ八つ当たりするのを我慢しているだろう?」
「はあ」
ルーファス様の熱意にちょっとついていけない。もちろん口には出さないが。
「え、えっと、ということは、安全な街中カフェが見つかった、ということですか?」
「いや、見つからなかった」
「……私たち、どこに向かってるんですっけ?」
馬車も、会話も。
「私たちのカフェだよ」
「私たちのカフェ???」
意味がわからず復唱してしまう。まあ、二人の思い出の場所を「私たちの〇〇」と言うことはあるよね。でもまだ行ってもいないカフェを私たちのって、どういう……。
そんなことを考えていると、馬車は王都のメイン通りから数本外れた路地に入り停車した。ルーファス様にエスコートされて馬車を下りると、大きな建物のそっけないグレーの壁と、小さな出入り口。
「……いわゆる裏道ですね」
「うん。ここは表からは入れないんだ」
謎かけだろうか? 私が眉間にシワを寄せていると、ルーファス様はクスクスと笑って、親指でその皺を伸ばす。
「さあ、私が一緒だから大丈夫だよ。行こう」
そりゃそうだろう。ルーファス様が私を危険なところに連れて行くわけがない。ルーファス様は私と手をぎゅっと繋ぐと、建物のドアを開けた。
室内に入ると、目の前にはついたてがあり、先を見通すことはできなかった。でもかちゃかちゃ、トントンと聞き慣れた音がして、何より甘いいい匂いが漂っている。
「ここは厨房かしら?」
「そう。一階はバックヤードだ。我々は二階に上がるよ」
ルーファス様に促されて壁沿いにある階段をよいしょと登る。ダガーは弾むように駆け上がり、ブラッドはルーファス様の後ろからのんびりついてくる。
「けっこう急な階段ですね。ドレスではなくて、ワンピースを準備していただいた意味がわかりました……わあっ!」
そこは大きな窓から燦々と陽が入る、開放感溢れる空間だった。座り心地の良さそうなソファーがゆったりしたスペースでで並べられ、大きめのストーブが二台、赤々と燃えている。
「ピア、おいで」
手を引かれて窓に近づくと、眼下には小川が流れている。
「これは……『リバーサイドカフェ』!」
「……へえ、良いネーミングだ。さすがピア。それもらっていい?」
いいも何も、前世では一般的な呼称だったんだけど……と思いながらも頷くと、ニッコリ笑ったルーファス様が奥にあった扉を開けた。
テラスに繋がる扉だった。頰に冷たい北風が当たる。
そこには室内のものと同じソファーとテーブルが二組置かれていて、促されるままに床が外に張り出したほうのセットに腰掛ける。
青空と王都の街並みが一望できて、小川のせせらぎがなんとも心地よい。川の上とあってもちろん寒いのだけれど、ここにも足元に赤々と燃えるストーブがあり、十分に屋外でも楽しめる程度だ。
ダガーとブラッドはテラスをひとしきりブラブラしたあと、私の足元に落ち着いた。テラス席はこうしてペット(うちの二匹は護衛だけれど)も一緒に楽しめるのもいい。
隣に座ったルーファス様が、私たちの後ろからついてきたウエイターに「ひとまずね」と紅茶を頼んでくれた。
ウエイターは室内に繋がる扉を開いたまま立ち去った。
「王都にこんな場所があるなんて。川沿いの木々は花が見事な種類ですよね。春先は綺麗でしょう」
この木は前世の桜によく似た花が枝いっぱいに咲くのだ。それも薄桃色なだけでなく、白や黄色い花もつける。
「この素敵なカフェ、一体どなたに教えていただいたのですか? そもそもこんな場所に小川が通っていることすら気がつきませんでした」
仕事柄、王都の地理は頭に入っていたはずなのに。
「ピアが驚いてくれて嬉しいよ。ここ、最近私が作ったんだ。だからピアが知らなかったのは当然」
「へ?」
作った? ルーファス様が? カフェを?
おかげさまで、本日弱気MAXコミカライズ四巻が発売になりました!
ということで、今日明日は久々の祭りですよわっしょい٩( 'ω' )و
ニコニコしていただけますように。




